「おいっ!」 開け放たれた倉庫の入り口に立ち、薄暗い室内へと声を掛ける。 内部は整然としており、静かでどこか寒気すらも感じられた。 そこに居るだろう人物からの返事はなく、 ただ奥の方に黄色とも橙ともとれる色合いの灯りが、 荷物の隙間からか細く揺れているのが分かった。 「ハクっ!」 荷物と荷物の間にできた細い通路を歩き、 その灯りを目指して中へ中へと踏み込んでいく。 途中、何だかよくわからない置物や小箱に躓き、足を取られつつ奥へと向かうと、 蝋燭の弱々しい灯火の中、青年の後姿が現れた。 「ハクっ!いるなら返事しろよっ」 苛立ちながら眉根を引き絞り、その背に向かって悪態づいた。 「リン、仕事はどうした」 振り返らず荷物と帳簿とを見比べて、手にした筆で何かを書き込みながら 冷たく言い放つ。 それくらいの口調に怖気づくことなく、リンは険しい顔のまま、もう一歩踏み込んだ。 「んなことより……、センが来てるぜ。会ってやれよ」 仕事のサボりを「そんなこと」で片付けてしまうあたりがリンらしい。 それだけ、千尋への比重が大きいのだろう。 少女の来訪を告げても、青年の答えはない。 様子を窺うように彼女も黙ったまま、 しかし瞳には強く鋭い光を宿して、灯火を反射する美しい黒髪を見つめた。 「……知っている」 抑揚の無い声で答えてきたのは、どれくらいの時間がたってからだっただろうか。 薄暗い闇の中では、時間の感覚が麻痺し、あやふやになる。 リンは思わず絶句した。 数秒の空白の後、血液が逆流して、かあっと頭に血が上る。 それがもたらした勢いに任せて、ダンっと大きな音で床を踏み鳴らした。 「知ってるなら!!何で会ってやらねぇんだよ!!!! センはお前に会いたがってるんだぜ?なのに、なのによぉ……」 どんなに怒鳴り散らしても、悠然と帳簿になにやら記している青年に、 リンは益々怒りを駆り立てられる。 悩みながら、落胆しながら、それでも一生懸命仕事に励む少女の姿が脳裏に浮かび、 なんともいたたまれない気持ちが胸中を占めた。 「何とか言えよ!!センはなぁ!!!!!……」 言いかけたとき、今までろくにこちらを気にする素振りを見せなかったハクが、 ゆっくりとした動作で振り返った。妖艶な笑みを浮かべ、 三日月に似た瞳がリンを捉える。 蝋燭の灯りの演出もあり、その笑みは暗闇の中で美しく映え、 リンは知らず知らずのうちに、唾と言葉を飲んでしまった。 「焦らせば焦らすほど、会ったときの喜びは大きくなる」 美しい唇から漏れる声は、 その顔のつくりと同じように、この世のものではないような響きを持つ。 冷たい手で心臓を鷲掴みにされるような、そんなぞっとしたものを 感じさせる、不思議な声の調子。 「私はそうやって、 私の為に焦れて悩む千尋を見ているのが楽しい」 どこかうっとりとして言うハク。 しかしすぐに普段通りの冷たい表情に戻り、帳簿へと視線を落とした。 「なんて奴だ……」 呆れるとも、怒りとも言える口調で、リンは呟く。 「……鬼め」 苦いものを吐き出すようにして、辛うじて紡いだ言葉。 嫌悪の表情がありありと浮かんだ。 「そうかもしれない」 ハクは冷たい瞳のまま、くすりと笑った。 そして筆を矢立の中にしまい、帳簿を閉じる。 燭台を手にすると何も言わず、リンの横をすり抜けていった。 「やっぱりお前なんか嫌いだ」 光が遠のいて行くことに焦りを感じつつ、 彼の後を追いかけていく。 「別に。千尋にだけ好かれていれば、私はそれでいい」 倉庫から出ると、ふっと蝋燭の火を消し、悠然と言い放った。 「センはぜってぇ、渡さないかんな!!!!!!!!!!」 その余裕な態度と、いけしゃぁしゃぁと言ってのける彼に、 怒りは最高潮に達する。 すでに当初の目的はすっかり頭から飛び、 義憤に駆られたリンは、高々と宣言をして竜の青年の前から駆け出した。 |