ノスタルジック・クリスマス 〜Another Eteruno〜 中編
冬は夕方四時頃にもなれば夜闇に覆われてしまう。長い夜に包まれるからこそ、人々に喜びをもたらしてくれるのがアドヴェント。ドイツ語にはクリスマスという言葉はなく、その意味を示すのがアドヴェント。冬が長くて厳しいヨーロッパに暮らす人々にとっては、無くてはならない大切な行事だ。透き通る真っ白い雪のドレスを着た街が、鈴の音色が凛と響く静寂に包まれる。キャンドルの灯火に似た、夜闇に浮かぶ窓の数だけ、それぞれの家に聖夜と幸せなひとときがある。だがどの灯火よりも明るく心地良いのは、俺たちの家に違いない。君がいるだけで込み上げる喜びと温もりは、暖炉の火のように照らしてくれるから。
ドイツや隣国オーストリアでのイブは、まず午前中のうちにシャワーを浴び、昼から特別に着替えてドレスアップ。この国では一家の主である父親が家の飾り付けを担当するそうで、子供達はリビングには入れず外で待つそうだ。夕方になり、準備が出来たら父親が家族を呼び、ようやくみんながリビングに揃って祝うらしい。本当かと留学していた音大時代の友人に尋ねたところ、間違いないと返事があったからそうなのだろうな。薄暗い部屋の中には大きなクリスマスツリーが飾られ、開け放たれた窓が必ずあるのだろういう。窓を開けないと贈り物を持った天使がやってこれないんだと、拳を握り締めながら真剣に語っていたのを思い出す。
煙突からサンタクロースがやってくるのではなく、この国では開けた窓から透き通る鈴の音と共に天使がやってくる・・・そう信じているそうだ。ならば俺たちの家の窓も、大きく開けなくてはいけないな。夜空の中でも煌めく目印になるように、綺麗な窓でお迎えしようねと・・・無邪気に頬を綻ばす香穂子と一緒に掃除をしたガラス窓も、星のように一点の曇りもない。前を俺にとっての金色の天使は、輝くヴァイオリンの音色を持つ香穂子だが、君の心に優しい天使が贈り物を届けてくれるようにと祈りを込めよう。
「・・・香穂子、今度はどうしたんだ?」
「あのね、お腹空かない? この間お土産で美味しいマカロンをもらったから、差し入れに来たの。デザインにあれこれ頭を使った時は、甘い栄養が脳にも必要だよね。蓮はマカロン好きでしょう?」
「ありがとう、では頂こう」
「飾り付けは順調? 手が空いたから私も手伝おうか。何かあんまりはかどっていないように思えるのは、気のせいかな」
「・・・・・・」
俺がリビングの飾り付けを終えるまで、部屋に入れない香穂子は飾り付けが気になるらしく、手を変え品を変えて俺の様子を伺いに来ていた。いや、不器用な俺を心配している方が正解だろうな。ついさっきは紅茶のおかわり、その前は焼いたクッキーの味見や何が食べたいかという質問まで・・・次は何が来るだろうか。そう想いを馳せていたらリビングのドアがノックされ、香穂子の訪れを知らせてくれた。
きっと今頃ドアの前ではそわそわと落ち着かずにいるのだろう、そっと開いたドアの隙間から顔を出せば・・・ほら。君は身を屈めたり背伸びをしたり、薄く開いたドアの隙間から中を伺おうと必死だ。まぁ、香穂子の言うとおりまだ何も飾れていないから、リビングの中を覗かれても良いけれど。飾り付けがさっぱり進まない事に気づき、わくわくと瞳を輝かせる楽しさが、次第に心配そうな曇り空へ変わってゆくのはさすがに心が痛い。香穂子の笑顔が見たいのに、心配させては意味がないじゃないか。
「大丈夫だから、こちらは俺に任せてくれ。学長先生たちがお見えになる前までには、飾り付けを終わらせるから。俺が一人でやるかこそ意味があるんだと思う。香穂子も、料理の準備があるんだろう? 本当は俺が君を手伝えれば良いんだが・・・余計に心配させてしまいそうだ」
「でも・・・あっ! ちょっと蓮ってば、まだ話は終わってないのに〜」
カラフルなマカロンの盛られた白い小皿を受け取ると、ドアから身を乗り出す香穂子をそっと下がらせ、微笑みながら静かに扉を閉めた。扉にを預けて溜息を吐けば、俺の名前を呼びながらドアを叩く振動と声が、預けた背中越しに伝わってくる。教えてもらった晩餐の料理を披露する・・・宿題を出されたのは君だって同じなのに。
気持が大切だと分かっていても、お二人から合格点をもらえるかどうか・・・つまり俺たちのもてなしを喜んでもらえるか、出されたヴァイオリンの課題曲を披露する時と同じくらい緊張する。いつもは夜遅くまでやっているクリスマスマーケットも、皆が家族で過ごしたり教会のミサに行くため、夕方には店が閉まってしまう。材料を買い出しに行くなら早い方が良いな。もう何度見たか分からない壁の時計は俺を待ってはくれず、ただ時間が過ぎ去るばかり。
やがて扉を叩く音が聞こえなくなったのを見計らい預けた背を起こし、薄くドアを開けて廊下を伺うと、いつの間にか香穂子の姿は消えていた。ポケットの中へ咄嗟に隠した一枚の紙を取り出し広げると、見渡すリビングと比べながらゆっくりと一歩を踏み出そう。香穂子ならここに何を飾るだろうかと、リビングの中を歩き回りながら想いを馳せるのは楽しくて、ふと窓に映った自分の顔が微笑んでいるのが何とも言えず照れ臭い。
あれもこれもと思い浮かびすぎて止まらなくなり、重ねた想いの数だけたくさん溢れてしまうんだ。どんな飾りつけをしたら良いか思い浮かばない俺に、考え事は紙に書き出すとイメージが沸きやすいと、香穂子がアドバイスしてくれた通りに書き出してみたんだが、余計に混乱した気がする・・・。いや、俺の絵が分かりにくいんだと思う。
「ねぇ蓮、紙の隅っこに描いてある、緑色のふわふわたちはなぁに? カラフルな水玉たちも飾りなの?キャンドルやお花?」
「ふわふわじゃない、リースやガーランドだ。丸印は棚に花や小物を置くのも良いだろうかと思って、場所を選んでみたんだ」
「学長先生の可愛いリビングみたいになるのかな、すごく楽しみ。じゃぁ真ん中に描いてある、くしゃみをした四角形はリビングのソファーやテーブルだよね。そこにある、大きくて茶色い豚さんはなぁに?」
「・・・これは豚じゃなくて、熊の縫いぐるみなんだが・・・っか、香穂子! いつの間に隣へいたんだ? 勝手に覗かないでくれ」
「リビングのドアをノックしたし、遠くからそっと声をかけたけど、気付かないみたいだったから入ったの。クリスマスイブに蓮がこのお部屋に、どんな飾り付けをしてくれるのか楽しみで待ちきれないんだもの」
甘頬に降りかかる甘く蕩ける吐息と、すぐそばにある温もりに横を向けば、鼻先が触れ合う近さに香穂子がいた。飾り付け終わるまで部屋に入らないよう伝えていたのに、一生懸命背伸びをして俺の手元を覗き込もうとしている瞳が、嬉しそうな満面の笑みを浮かべている。堅く張り詰めていた空気が優しく穏やかに緩んでいたのは、そっと忍び込んだ香穂子が隣にいたからなのか。
気付かず普通に質問に答えていた自分にも呆れてしまうが、我に返れば火が噴き出し、頬に感じるのは焼け付く熱さ。驚く俺に悪戯が成功した笑みを浮かべ、無邪気に戯れながら手元の紙切れを奪おうと腕を伸ばす手を避ければ、くるくると踊るワルツになる。慌てて折りたたむとポケットへ強引にねじ込むと、もっと見たかったのにと君は残念そうだが、これ以上は勘弁してくれ。考え込む横顔をじっと見つめられていたことよりも、笑顔が注がれた先が俺の絵だから気恥ずかしいんだ。
赤くなっているだろう顔を見られたくなくて、ふいと顔を背け、腕を組みながらリビングの中央に佇む。少し下がって全体を見渡し棚のある窓辺に歩み寄る・・・が、隣にぴったり付いてくるくすくすとすと楽しそうな笑み。片側の頬に感じる蕩けそうな熱さに振り向けば、大きな瞳を煌めかせた香穂子が、後ろ手にじっと俺の横顔を振り仰いでいた。好きにしてくれと、溜息をこぼしながらそう言えば、元気良くうん!と頷きご機嫌だ。駄目と言っても君は俺のそばにいるだろう、それが嬉しいのも本当の気持ちなのも、君はきっと気付いているのかも知れないな。
俺が動けば香穂子も一緒に動き、立ち止まれば同じようにぴたりと止まる。愛らしく小首を傾げて遊びましょうと誘いながらも、ふいに振り向けば何でもないよと知らない振りを装うんだ。何も言わず嬉しさを押さえきれない様子で、にこにこと見つめるだけ・・・俺と君の鬼ごっこのように。
「さっきの紙、もうしまっちゃうなんて残念だなぁ。ねぇその絵後で私にちょうだい? クリスマスの宝物にしたいの。蓮の絵って可愛いよね、ふわっと微笑みが浮かぶような温かい気持ちになるんだ、私大好きだな」
「子供みたいな絵だと、そう言いたいのだろう。俺の絵をもらってどうするんだ。それに香穂子だって当日までは料理のメニューは俺に秘密なんだろう? 俺が飾り付けの中身を教えるなら、香穂子の秘密も知りたい」
「ごめんね、怒らないで・・・ね? 蓮が私の好きな物をたくさん飾ってくれる気持が、すごく嬉しかったのは本当だよ。待ちきれなくて、何か手伝いできたらいいなと思ったから声をかけに来たの。そうしたら熱心にだったからつい見とれちゃった。音楽もだけど、何かに熱中している蓮の姿が大好きだな。美味しいと喜んでくれるご馳走を作るように、私も頑張らなくちゃって思うの」
「ありがとう、香穂子。気持は嬉しいし俺も君と一緒に飾り付けできたら楽しいと思うが、これは俺がやるべき事だから。あとでもみの木を部屋に入れるから、ツリーのオーナメントは一緒に飾ろう」
そう微笑めば、心を映す純粋な煌めきを湛えた瞳と、春風のような優しい笑顔が、溢れかけた灰色の溜息をパステルカラーの甘い吐息に変えてくれる。キッチンで夕食の仕込みをしていたけど、自分も息抜きに来たのだと、そう言って桃色に染めた頬ではみかみ、照れ臭そうに小さく赤い舌を覗かせた。窓の外を見れば短い午後の日も傾き始め、もうすぐオレンジ色の夕日が広がる頃だろう。一番星が煌めき、藍色の夜空に太陽が沈むまで、あともうすぐ。教会前の広場では、クリスマスマーケットが賑やかさを増す頃だろうか。これからは寒さが募る時間帯だが、光の海を散策するのも悪くはないな。
「もし良ければ外へお散歩に出かけない? 街に溢れる飾りや花を眺めれば、イメージも膨らむと思うの」
「それは良いな、俺も少し気分転換がしたいと思っていたところだ。日が沈めば街もイルミネーションが綺麗だろうし、クリスマスマーケットも昼間よりは夜の方が数倍も楽しさが増す。いつもなら暗くなった後の外出は控えるが、アドヴェントの時期だけは特別だ」
「ふふっ、やった〜蓮と星空デートだね。ロマンチックな光の中を腕を組みながら歩けば、夫婦から恋人同士に戻った気分で思いっきり蓮に甘えちゃおうかな。でも学長先生たちが来るのは今日の夜からだから、それまでには戻らなくちゃ。そうそう、お出かけにはヴァイオリンも持って行こうね」
「ヴァイオリン? どこか街角で演奏をするのか?」
不思議に思って眉を寄せた俺を真っ直ぐ振り仰ぐ香穂子は、両手をぽんと叩き、笑顔とひらめきの星を生み出した。手を伸ばせば抱き締められる近さで懐に飛び込むと、俺の両手を握り締め胸の前に掲げながら包み込んでくれる。とっておきの秘密を俺だけに教えてくれる内緒話のように、興奮する声を潜める君が楽しさの予感を教えてくれるから、身を屈め耳を寄せよう。
「実はね、良く行くお花屋さんに店先でヴァイオリンを弾いて欲しいって頼まれたの。店頭ミニコンサートだよ、ホットワインやシュトレンとかもお客さんに配るだって。演奏してくれたお礼にね、お店にある好きな花やリースを、どれでももらえるなんて素敵だよね。とっても素敵なお花屋さんだから、蓮が気に入るリースや飾りもきっとあると思うの」
「そういえば忙しさに紛れて、花屋にリースを注文するのを忘れていたな。手作りをするには遅すぎるし、店で作られた作品の中から選ぼうか。この時期はどの店も腕を競っているから、リースの展示会が賑やかだな。俺もう協力させてくれ」
「ありがとう、蓮! 本当は蓮と一緒に演奏したかったんだけど、学長先生に宿題出されたから声をかけようか迷っていたの。音楽を聴くと花も優しく育つと聞いたことがあるの。私がお気に入りな花屋に咲く可愛い花たちも、きっと喜んでくれるよね」
11月の中ごろから街中にある花屋は忙しくなり、華やかさを増す。リースやグリーンの飾りは花屋で注文するのが一般的だから、より多くの人を御集めるためにと、各店が腕を競ってリースの展示会を開くんだ。シャンパンやホットワインを提供したり、手作りのクッキーやケーキを振る舞い、コンサートもあったりしてちょっとしたパーティー会場に近い。アドヴェントの時期に街の花屋を巡るのが楽しいとはしゃぐ香穂子は、綺麗な花を眺められるだけでなく、美味しい菓子も食べられるとご機嫌だ。
いつも元気をくれる花の為に何かお礼がしたいと、コンサートを引き受けた彼女らしさに、頬が緩んでしまう。俺もぜひ協力させてくれ、君の力になりたいんだ。キャンドルの火が灯ったような温かさに満ちるのは、演奏後に好きな花を選べるというお礼が他でもなく、飾り付けに悩む俺のためにと心を配ってくれたから。
いろいろな楽しいことを用意して、いつも俺を誘い出してくれる香穂子は、俺に新しい世界を見せてくれる。きゅっと握り締める力と温もりから伝わるのは、言葉では伝えきれないたくさんの想い。君の瞳と手は、心を色鮮やかに染め上げる不思議な力があるんだな。入っては駄目だと分かっていたけど、こっそり入ってきたのは、これから出かけると伝えに来たのだと。一緒に出かけようと、誘いたかったのだと・・・すまなそうに寄せた瞳を潤ませる愛しさが、胸を甘く締め付けられる恋の痺れに変わるんだ。
「蓮が飾り付ける日もあれば私が飾る日もあったりして、毎日がクリスマスならいいのに。念のためにご近所にも聞いたら、やっぱり学長先生と同じ事を言ってたよ。思いつきな悪戯な宿題じゃなかったんだね。でもどうしよう・・・飾り付け終わる前に部屋へ入っちゃったけど、まだ飾る前だから大丈夫かな」
「俺も留学していた音大時代の友人や事務所のスタッフに聞いたら、皆同じ事を言っていた。最後の仕上げは窓を開けて金色の天使を迎えるのだと・・・俺たちの窓にも天使が来ると良いな。音楽の為にこの国で暮らす以上は、土地の風習も大切にしたい。だが夕食までに飾り終わるかどうか・・・いや君が喜びに驚く笑顔が、俺にとっての贈り物だから頑張ろう。学長先生も難しい宿題を出されるな。香穂子と結婚すると報告したときに出された、難曲以上だ」
「私ね、心の中がすごくポカポカして、誰かに優しくなれる気持なの。私の家もね、クリスマスになるとお父さんが、家の中やリビングの飾り付けをしてくれたんだよ。高い場所にも手が届くしね。だから懐かしくて嬉しくて、家族って良いなって思って・・・。不器用だけど真っ直ぐに想いを届けてくれる蓮や、そっと道を照らしてくれる学長先生たちに、ありがとうっていいたいな」
俺たちの家だから少しでも一緒に飾り付けの手伝いがしたい彼女の気持と、俺を応援してくれる優しい強さを、確かにこの胸に受け止めよう。小さな頃にあこがれを抱いたという、素朴で温かなヨーロッパのクリスマス。窓の外にある寒さを眺めながら飲んだ、温かいココアの味・・・俺たちが過ごした二人のひとときや、家族で過ごした思い出まで。アルバムを捲るように語る香穂子のクリスマスキャロルが、握り締める手を通して俺の心にも消えない想いの火を灯した。
見つめ合う瞳がミルクに浮かぶホットチョコのように蕩ければ、引き寄せ合う唇が一つに重なる。君は少しだけ背伸びをして俺は身を屈めて、甘いキスの後にじゃれ合う子猫のように額をすり合わせれば、どちらともなく頬笑みが浮かぶんだ。
クリスマス当日のヨーロッパはどの国も殆どの店が閉まっており、全てが家族単位で動くから、異国からの留学生には静けさと孤独を一年で一番感じる日と言えるだろう。全ての音が吸い込まれる空間に、俺も何度潰されそうになっただろうか。だが海を越えて贈られてきた香穂子からのクリスマスカードと、電話越しに奏でてくれたヴァイオリンでのクリスマスソングが、どれだけ心の支えになったか・・・とても一言では言い尽くせない。
暗く厳しい冬は、懐かしい故郷が恋しくなる季節。
吹き抜ける北風にコートの襟をかき合わせ、マフラーに顔を埋めれば心まで堅く凍り付いてしまう。
香穂子にとっては今まで家族と共に祝ってきたクリスマスだが、生涯を誓い合った今年からは二人で祝う事になる。しかも住み慣れた日本ではなく親元を離れ、音楽と生活の拠点を移したヨーロッパで初めて迎えるクリスマス。教会前広場のクリスマス市場や街の様子に目を輝かせつつも、すれ違う楽しそうな親子連れを見つめる眼差しは、どこか遠い眼差しをしていた。心の奥に眠る温かい思い出のアルバムを、懐かしさに浸りながらページを捲っているも知れない・・・。異国で寂しさに潰されそうになる気持ちは分かる、クリスマスのヨーロッパでは特に家族が恋しくなることも。だから今度は俺が、君を支える番だ。
君は一人ではない、俺がいる。生涯を約束した伴侶であり、今では異国で支え合う家族なのだから、心からの笑顔が灯るように力になりたいと思う。つい先日、学長先生の家でヴァイオリンのレッスンをする香穂子を迎えに行ったとき、誘われた食事の席で交わされた会話の流れで、ご夫妻をイブが明けた日に招くことになった。しかもこの国の風習だからと、何故かリビングの飾り付けまで、俺が担当することになってしまったのには戸惑うけれど、家族と過ごすべきこの日に一緒にすごそうと声をかけてくれたのは、ヴァイオリンの弟子である香穂子を・・・いや俺たちは、家族だと認められたようで嬉しくも照れ臭い。
太陽の復活を望み、祈りを捧げる聖なる夜。ひっそりとささやかに祝う二人だけのクリスマスも大事だが、ヨーロッパの伝統である家族の温もりを大切ににして欲しいと、そう言いたかったのだと思う。元気そうに見えるが、ふとした瞬間に寂しそうな顔を浮かべる香穂子に、学長先生たちも気付いていたのだろうな。寒さや暗闇が長く続く冬は、夏に比べてホームシックにかかりやすいから、クリスマスの光景に遠く家族や日本を懐かしがる香穂子を、励ましたい気持は誰もが同じなんだな。
香穂子が喜ぶ顔がみたい、どんな飾り付けにしようか・・・彼女が好きそうな、可愛らしい飾りや花を揃えようか。料理は香穂子が担当し俺が飾り付けを、そして訪ねてくる学長先生夫妻も何か素敵な贈り物を携えてくるに違いない。帰る間際に二人とも視線を合わせて楽しそうに笑みを浮かべていたから、きっと秘密の企みごとがあるのだろう。
「家族・・・か、俺たちもたった二人の家族だろう? 香穂子の為に・・・いや、このリビングを俺たち二人の色に染めようと思う」
「ふふっ、どんな色と模様になるんだろうな〜ワクワク考えるのが楽しいの。賑やかで華やかじゃなくていい、綺麗な飾りじゃじゃなくても良いの。蓮が心の在りかを形にしてくれたらそこが、私たちにとって世界で一番温かい場所になるんだよ。頑張って飾り付けしてくれる間に、私は奥様から教わったお料理作って待ってるね。それに・・・」
「・・・? どうした、香穂子?」
「あの・・・ね。いずれ蓮が一家のパパになるのなら、今から頑張って飾り付けの練習しなくちゃ。もしかしたら・・・ほら、来年のクリスマスには、家族が増えるかも知れないでしょう・・・」
「俺たち二人のクリスマスも大事だが、これからは家族のクリスマスを大切にしよう・・・学長先生もそう言いたかったんだろうな。香穂子が懐かしく感じる想いを、優しく包み込みながら」
瞳を緩めて微笑めば、じっと真摯に見上げる香穂子の瞳が、あっと声を上げて驚きに見開かれた。見る間に真っ赤に染まる顔を隠すように抱きつき、俺の胸に顔を埋めてしがみつく香穂子の背をそっと抱き締め、片方の手で髪を撫で梳きながら頭をを包み込んだ。無防備な心に恋の爆弾を投げ込んだ、自分の言葉を反芻するうちに、改めて照れ臭さが込み上げたのだろう。そして、人知れず日本の家族を恋しがっていたことを、大切な人たちがちゃんとお見通しだったことも。
君は一人じゃない、ほら・・・君の熱が移った俺も、火を噴き出す熱さが顔や耳にに集まっているんだ。ちょうど俺たちが佇む少し先にある、リビングテーブルの上にある、アドヴェントクランツのキャンドルの赤や、リースに飾られた赤いバラのように、鮮やかな花になった君と俺。懐かしくて新しい、それでいてどこかで見たような温かさを大切に紡ぎ、記憶の扉をゆっくり開こう。
見つけた花でどんな色に染めようか。二人の心を溶け合わせたら、優しいヴァイオリンが響かせる余韻のように、穏やかなパステルカラーになるだろう。ふんわり包み込む柔らかなヴェールのような、温かいペールカラーの花色も良いな。心の目を開けば、俺たちが奏でるヴァイオリン声に応え、花や飾りたちが呼びかけてくれる・・・そんな気がするんだ。
花屋の店先で奏でる音色は、俺たちから音楽の贈り物。幸せを届けにやってくる金色の天使の、鈴の音色になれたらいいと思う。さぁ光と星の海で出かけよう、ヴァイオリンを持って。