ノスタルジック・クリスマス 〜Another Eteruno〜  前編




12月入り教会前の広場でクリスマスの足音を聞くと、丸いリースに四本のキャンドルが立てられたアドヴェントクランツに最初の炎が灯される。そしてリビングの一番目につく棚に飾られるのが、ドイツ語でのクリスマスを待ち望むためのアドヴェントカレンダーだ。一枚のボードに1から25まで順に番号が書かれた小窓がついている日めくりカレンダーで、毎日一枚ずつめくり、24と書かれた数字に辿り着けばクリスマスイブ。甘い物が大好きな香穂子が飾っているのは、小窓の中にチョコレートやキャンディーが入っているアドヴェントカレンダーだ。


雪景色の小さな村にサンタクロースがそりに乗って来る絵で、村の家やプレゼント、森の動物たちにそれぞれ番号がついている。数字の小窓を開けると中からは、楽しい絵やチョコレートが出てくる仕組みになっており、香穂子は毎朝おはようとカレンダーに声をかけて、違う絵やチョコレートの形を楽しんでいた。何が出てくるのかと神妙な顔つきが、驚きと喜びに変わる瞬間や、美味しいねとチョコレートを口に含む姿が見たくて・・・。毎日見守るうちに、今ではすっかり二人のセレモニーになってしまったな。


クリスマスが大きな意味を持つヨーロッパでは、いろいろな意味でこのカレンダーが役に立つ。俺はクリスマスのコンサートを控え予定を立てたり、香穂子へ贈るプレゼントを考えたり。香穂子もヴァイオリニストとしてコンサートに参加をする合間を縫って、来客に備えドイツの伝統に添ったケーキやクッキーを焼いたり、キャンドルや花を飾ったり・・・俺よりも慌ただしく駆け回っているのではないだろうか。日本の年賀状の役目を果たすのがヨーロッパではクリスマスカードだから、贈る相手をリストアップして、今年一年を振り返る文面やカードも用意もしなくてはいけないし。ただ楽しむだけではなく自分でカレンダーを捲る事により、アドヴェントに向けて何をしなくてはいけないかを、互いに気にかける事が出来るからありがたい。


カレンダーの脇には、煌めくパウダースノウが舞降るスノードームが置かれていて、軽く振れば星揺る夜の雪景色。静寂と神聖な空気に包まれた透き通る白い雪が降る静けさの中、綺麗だねと頬を綻ばせる香穂子の無邪気な笑顔は、出会った少女の頃も今も変わることはない。ドームある家を照らす灯りのように、窓の光の数だけ幸せなひとときがある・・・俺たちの窓辺にも幸せが灯るように祈りを込めて見つめよう。


「おはよう〜カレンダーさん。今日のチョコレートはどんな形かな?」
「昨日はサンタクロースでその前が天使の形だったな、俺も楽しみだ。窓の中にある一粒が香穂子の笑顔をもたらし、君の笑顔が俺に元気をくれる。香穂子の隣で一緒にカレンダーに向かい合いうのは、俺にとっても欠かせない日課だから」
「あ!見てみて、今日は雪だるまだのチョコだよ。雪降るスノードームにぴったりだね」
「スノードームか、懐かしいな。子供の頃、海外へ演奏旅行に出かけた母がクリスマスマーケットの土産で買ってきてくれたのを思い出す。これは先日、香穂子とクリスマスマーケットを散策したときに買い求めたものだろう?」
「そうなの、今年は雪が少ないみたいだから、ホワイトクリスマスになりますようにお願いしたくて。蓮と一緒にカレンダーの小窓を開ける、私たちのセレモニーにも雪を降らせてみたの。じっとドームの中を見つめると、雪の積もった景色に自分も溶け込んじゃうんだよね。ふふっ、可愛い蓮を私も見たかったな」


あと幾つ寝るとクリスマスだと心待ちにするのは、子供だけではなく大人も同じなんだな。出てくる菓子を毎朝一粒摘むのが楽しみなのか、それともクリスマスが近付くのが嬉しいのか・・・おそらく両方なんだろう。今日はキャンディーだった、雪だるまのチョコだったと嬉しそうに俺へ披露する君は、無垢で清らかな光を纏う雪の結晶。朝日よりも眩しい笑顔を受け止める俺にも、キャンドルの炎がぽっと優しく灯ったような、温かな微笑みが宿るんだ。


「ん〜でも、毎日一粒だけしかチョコレートを食べられないのは寂しいよ。一粒だけじゃ蓮と分けられないし。食べたり無いから、明日の分まで先に開けちゃ駄目かな。せめて小窓の中に二つのお菓子が入っていたらいいのにね」
「明日の物まで開けたら、次の楽しみが無くなってしまうだろう? 明日もある、そう思えるから今日一日を頑張れるんだと俺は思う。だが・・・そうだな、俺も香穂子がくれる甘い菓子なら一粒と言わずたくさん食べたい」
「チョコよりも甘いのは蓮のキスだから、私ももう一粒食べたいな」
「香穂子はチョコレートで笑顔になり、俺は君の笑顔とキスで元気をもらう・・・。こんな甘いカレンダーなら一年中あっても良いな、たった一粒だけでは俺も物足りない」


俺にも甘い菓子を一粒くれないか? 小窓から取り出したチョコレートを美味しそうに食べる香穂子を、緩めた眼差しで見つめれば、小さくはにかんで瞳を閉じてくれる。少し上を向いて差し出された、艶めく赤い唇へそっと重ねた朝のキスは、ほんのり甘いミルクチョコレートの味。毎朝開く小さなカレンダーの窓は、俺たちの心の窓も開けてくれると思う。明日の小窓を開けたい気持を堪えながら唇をすぼめる香穂子に、菓子の変わりに俺からもう一粒のキスを贈ろう。クリスマスだけなのはもったいない、毎日欲しいと思う気持ちは俺も同じだから。



* * *


ヴァイオリンケースを背中に背負い、愛用の手提げ鞄を肩にかけた香穂子を玄関先で見送ると、笑顔で背伸びをして俺の頬に触れる温もりは、彼女くれる行ってきますのキス。いつもは俺が見送られることが多いが、すぐ戻ると分かっていても見送るのは切なさに胸が軋む。

危ないところにより道をしないように、何かあったらすぐに連絡するようにと真摯に告げる俺を君は心配性だと言うけれど。異国の地であっても変わらない無邪気さと愛らしさを持つ君は、多くの男性から注目を集めているから、俺は心配で溜まらないんだ。


「じゃぁ行ってきます、お留守番よろしくね。今日はヴァイオリンのレッスンの後にお料理を教わるの。だから帰りが少し遅くなるかも・・・キッチンの棚にサンドイッチを作っておいたから、お腹が減ったら食べてね」
「ありがとう香穂子、では後で頂こう。遅くなるようだったら迎えに行くから、必ず連絡してくれ」
「昨日蓮に見てもらった練習の成果を、しっかり出してくるね」
「寄り道はせずに、真っ直ぐ学長先生のお宅へ行くんだぞ。治安が良い街だが、人気のない場所や裏通りには一人で行かないように。声をかけられても、うかつに笑顔で返事をしないこと・・・」
「もう、蓮ってば心配性なんだから。大丈夫だよ、ね?だからほら・・・眉間の皺を寄せちゃ駄目。笑って?」


眉を寄せる俺に困った微笑みを浮かべる香穂子が、唇にくれた甘いキスを離さず、そのまま抱き締め深くキスを重ねるいつもの光景。キスの深さはおそらく俺が出かけるよりも、見送るときの方が深いのではないだろうか。ほうっと桃色の吐息を零しながら潤む瞳で見上げ、赤く染まった頬を手で押さえつつ拗ねる君に、もう一度俺からも軽いキスを贈ろう。

一緒に街を散策しても、俺がふと目を離した隙に声をかけられるのだから、本当は一緒について行き見送りたい。だがこれから香穂子が出かける先は、毎週通っているヴァイオリンのレッスン。自宅から数駅離れた近くだとはいえ、今では実家のように慕っている俺が留学中からお世話になっている先生の元へ行くのだから、先生夫妻にも心配性だと言われてしまいそうだな。





俺の留学先だった音楽大学の学長だった先生の元へ、ヴァイオリンのレッスンに通っている香穂子は、レッスンの傍ら婦人から、この国伝統のアドヴェント料理や飾り付けなどを教わっている。香穂子にとっては大学の学長ではなく個人的なヴァイオリンの師匠だが、俺や友人達が親しみを込めてそう読んでいるのが移ってしまったらしい。アドヴェントカレンダーを飾るように教わったのも、学長先生夫妻からなのだそうだ。日本と違い家という単位で祝い、親から子へと受け継がれてゆくヨーロッパのアドヴェント。今では異国での親子のように、彼女や俺の力になってくれる温かい存在だ。

帰宅を待ちながらヴァイオリンを練習していると、今日は料理を作ったから一緒にお茶をしようと連絡があり、自宅から数駅先にある学長先生の家まで彼女を迎えに行くことになった。


通い慣れた道を辿り着いた玄関扉には、永遠の命を表すグリーンに、キリストの血を表す赤い早やリボンが飾られた王道のリース。香穂子によると婦人の手作りらしく、見応えのある大きな輪に見とれ、しばしチャイムを押す手が止まってしまう。チャイムを鳴らして暫くすると、重い扉がゆっくり開き白髪を束ねた穏やかな婦人と元気な香穂子が「おかえりなさい」と俺を出迎えてくれた。この家は、家族と同じく親しい人たちを「おかえりなさい」と出迎えてくれる・・・その温かさにほっと緩む心が、訪れる誰もに自然と笑みをもたらしてくれるのだろう。

玄関扉の花飾りだけでなく、家の中やリビングに至るまで、北欧をイメージしたというどこか懐かしく優しい装いは、まるで温かい毛布のようだ。目を見張り周囲を見わたす俺に、ね?すごいでしょうと自慢げに瞳を輝かす香穂子が手を引いて、あれもこれも見て欲しいのだと忙しなく案内してくれた。


白いレースのカーテンで覆われたキッチンの窓辺には、赤い花やクリスマスの小物が飾られ、階段の手すりにも松かさとリボンの付いたアレンジメントが飾られている。そこからリビングに行けば、ダークオークに艶めくアンティークの棚を彩るリースや、リビングの食器棚を飾る白い花飾りの付いた緑のガーランド。食器棚に姿勢良くちょこんと腰掛ける、サンタクロースやトナカイたちも嬉しそうだ。クリスマスの国を旅する気分だと、喜びを隠せない香穂子は、この中で奏でると音色も楽しげに弾むのだと頬を綻ばせてヴァイオリンを弾く真似をしてくれる。それはぜひ、君のヴァイオリンを俺にも聞かせてくれないか?

香穂子が動き回ると飼い犬である二頭のチワワも一緒になって動くから、くるくると俺たちの足元を楽しげにまとわりついてダンスをする。この空間で楽しみが押さえきれないのは、彼らも一緒らしいな。それとも俺が彼女を独占しているから、焼き餅を焼いてしまったのか。ワルツと伴侶であるチワワの元にしゃがみ込んだ香穂子は、愛しそうに瞳を緩めると、一匹を抱き上げ俺に託し、もう一匹を自分で抱き上げ俺の顔に寄せてくる。蓮にご挨拶しようねと語りかけている、そんな姿を遠くで見守る学長先生夫妻が、楽しげに皺に刻まれた瞳を緩ませていた。


『ほらほらカホコ、迎えに来たばかりのレンを引っ張り回してはいかんぞい。手料理で寛いでもらうのだろう? せっかく作った料理や菓子が冷めてしまうぞ。ほれワルツも、嬉しくてじゃれたいのは分かるが少し大人しくしていなさい』
『あ、ごめんなさい学長先生。はい、ご挨拶終わったらワルツたちは下に降りて・・・と。私たちが食事する間、二人だけで遊んでてね〜』


食事の用意が調ったダイニングテーブルから声をかけた学長先生に、早くこちらへ来なさいと急かされ、抱き上げていた犬を下ろすと足早に向かう。どうぞと示された席に座る間、キッチンに消えた香穂子は、婦人と共に料理の支度をしているのだろう。使い込まれた歴史が味を出す深い木目のダイニングテーブルには、生活に欠かせないキャンドルもアドヴェントしようで花のドレスを纏っておめかしだ。家族やゲストが囲むテーブルやリビングだけでなく、リビングスペースにあるグランドピアノの上にもサンタクロースやアレンジメントが飾られていた。


厳しい寒さと暗い冬は、懐かしい故郷を恋しく想う季節。新しいのに懐かしい・・・記憶に埋もれた子供の頃が蘇るような、優しい色合いは、忙しさの波にもまれる毎日の中で、どこかに置き忘れてしまった大切な気持を思い出させてくれるようだ。周囲に目を奪われながらすごいですねと感想を述べた俺に、微笑みを浮かべた学長先生は、テーブルに飾られたセントニコラスの置物にも似ていて。かつてコンサートや演奏旅行で世界中を旅しながら、クリスマスの時期に長年買い求めた宝物たちだと、懐かしそうに語りながら遠く記憶の先を見つめている。

コレクションしていたとは意外だったが、おそらく家で待つ婦人や子供達への贈り物でもあったのだろう。同じ演奏家として、長く家を空けることの多い俺も、心に宿る気持が分かる気がした。だからこそこうして一緒に過ごす時間を大切にしたい、分かち合いたい想いが生まれるし、大切な人の笑顔の為に何かがしたいと想うんだ。


『お待たせしました、今日は私が腕によりをかけて作ったの。奥様に教えてもらいながら初めて作ったレシピだけど、合格点をもらったから味は保証済みですよ。お肉料理とスープと、あとシュトレンも焼いたの』
『美味しそうだのう、料理の香りにお腹の虫が大合唱をしていたわい。毎日カホコの手料理が食べられるレンが羨ましい』
『じゃぁ今度学長先生たちを私たちの家にご招待しますね。ねぇ蓮、いいでしょう?』
『あぁ、それは良い考えだな。俺たち二人で精一杯おもてなしをしよう』
『お料理とヴァイオリンで演奏会もして、ホームパーティーだよ。ふふっ、楽しみだね。そうだ! 今日はこの他にもいろいろ新しい料理を覚えたから、家に帰ったら蓮に作ってあげるね』


盛りつけた肉料理の皿とスープを運んできてくれた香穂子に、君の手料理が楽しみだと笑顔を向ければ、見つめ合う一瞬だけ二人の世界になってしまい、向かい側の学長先生と隣に座る婦人から温かい眼差しが降り注ぐ。我に返り熱が集まる顔のまま小さく咳払いをして姿勢を正すと、仲が良いわねと微笑む婦人がカップに紅茶を注いでくれる熱が、更に身体へ込み上げた。

同じように真っ赤に顔を染めて照れる香穂子がくるりとスカート花を咲かせ、足取り軽く駆け出す姿は、まるでクリスマスの街に戯れる妖精。俺の向かい側・・・学長先生の隣に座ると、からかわないで下さいとそう言って頬を膨らませているのも、また可愛らしいのだと気付いているだろうか。


「ねぇ蓮、家にあるクリスマスグッズが学長先生のコレクションだって聞いた?」
「あぁ、香穂子たちがキッチンにいる間話を聞かせてもらった。演奏旅行でヨーロッパやアメリカの各地を訪ねたときに買ったそうだな」
「それだけじゃないの。このリビングにあるクリスマスの飾り付けは、全部学長先生が一人でやったんだって。中には手作りもあるんだよ、すごいよね。温かくて優しくて・・・ほっとするの。子供の頃に家族で過ごしたクリスマスを思いだして、懐かしくなっちゃった」
「学長先生の手作りか・・・それは確かにすごいな。手先が不器用な俺には、とてもじゃないが真似は出来ない」
『レンもカホコも、二人とも何を話しているんだね?』


俺たちが交わしていた日本語での会話へ不思議そうに耳を傾けていた学長先生に、今話していたことをドイツ語に通訳して伝えた。寝真に聴き入りながらふむふむと頷くと、紅茶を一口すすり、にやりと悪戯な笑みを浮かべた。音大に留学時代から、楽しい企み事が大好きだっただけに、何か嫌な予感がするのは気のせいだろうか?


『学長先生は何でも手作りしたり、修理しちゃいますよね。うぅん、近所のおじさん達もそうだし、この街や国の人みんな職人さんみたいだって思う。良く行く公園の焼きソーセージやのおじさんは、壊れた水道を直したって言ってましたよ』
『なに、夜が長いから家の中で必然と手作業する時間が増えただけじゃよ。それに子供の頃に感じたアドヴェントを待ち望む高鳴る気持や楽しさ、空気や香りを、いつまでも感じていたいからのう。音楽を生み出すのと同じく、飾り付けも旋律と副旋律や伴奏などの組み合わせがあってな、小さなアンサンブルなんじゃよ』
『でも学長先生がこれ全部をお一人で? 奥様と一緒にはなさらないのですか?』
『クリスマスツリーは24日なったら一緒に飾り付けするぞい。だがリビングの飾り付けをするのは、ドイツや近隣のドイツ語圏では一家の父親の役目なんじゃよ。子供のいる家はその間リビングに入れず、飾りが終わるまで外で待つんじゃ。クリスマスイブに飾るところも多いが、我が家では待ちきれなくてアドヴェントの初日に、ワシが張り切って飾るのが習わしじゃよ』


腕を組みながら口元に自慢げな笑みを浮かべる学長先生に、香穂子は瞳をキラキラと輝かせ、すごいですねと一心に見つめていた。こんな素敵な飾り付けを自分もしたいのだと、感嘆の吐息を零して再びきょろきょろとリビングを見渡している。だがその間も学長先生の視線が俺から逸れる事が無いのは何故だろう・・・。まさか、俺も同じように一人でリビングを飾ってみろと言いたいのだろうか? あり得るな。

高校時代からそうだったが、美術にははっきり言って自信がない。香穂子と二人一緒では駄目なのだろうかという切なる願いは、いともたやすくかき消されてしまいそうだ。音楽関係の課題を出されることは度々あったが、いつになく笑顔に隠されたプレッシャーに、背中に冷たい汗が伝う。


『カホコ、君たちの家はアドヴェントに向けてどんな飾りをしているんだね? 何か当日に向けての計画はあるのかな?』
『クリスマスツリーは、イブの日に一緒に飾ろうねって約束してます。他はう〜ん、まだリースも飾ってないし、毎日アドヴェントカレンダーを開けてチョコを楽しみにするくらいかな。クッキー焼いたりカードの準備もしますけど、私たちの日本ではクリスマスってそんなに前から張り切ってお祝いしなかったんですよ』
『それはいかん! クリスマスの発祥であるドイツでは、家の飾りは欠かせないぞ。窓辺の飾りやガーランド、リースなど・・・中はもちろん外から見えるように飾らないと、あの家はどうしたんじゃねと周囲で大騒ぎになってしまう。それくらい大切なんじゃ』
『うわ〜大変! ねぇ蓮、急いで飾り付けの準備しなくちゃ!』
『そこでじゃ、今年はレンが家の飾り付けを担当するのはどうかな? カホコは料理で忙しいじゃろう? せめてリビングだけでもこの国の風習に則り自分で飾り付け、一家の主の威厳を見せたらどうかね』
『え! いや・・・俺は・・・』


なぜ、悪い予感ほど的中するのだろう。予想通りな答えに頭痛を覚えて溜息が零れてくる。久しぶりに来た無理難題に、驚を隠せずにいると、助けを求めたい香穂子までもが、俺の飾り付けが楽しみだと喜びの笑みを浮かべてしまう。学長先生はご存じないかも知れないが、香穂子は俺が不器用なことを知っているだろう? 必死に心へ呼びかける声はテーブルを向かい合っているせいか伝わらず、頑張ろうねと真っ直ぐな瞳で見つめられたら・・・俺はもう覚悟を決めるしか無さそうだ。

クリスマスイブは香穂子と二人だけ、きっと学長先生も婦人と過ごされるのだろう。そこさえ凌げればと必死に思いを巡らす俺に追い打ちをかけるように、25日になったら二人で遊びに行くからと、来客の予約まで済まされる始末だ。小さく零れる溜息を堪えながら、苦笑混じりに笑みを浮かべ紅茶のカップを手に取った。


だが大切な人が・・・香穂子が喜んでくれるのならば、それも良いかも知れないな。これから忙しくなりそうだ。
私は料理を頑張るねと意欲を示す君の手料理を、リビングを飾り付けたのご褒美にするとしようか。
香穂子が子供の頃に憧れを抱いたと話してくれた、ヨーロッパの温かい家庭のクリスマスシーン。
絵本や映画で見た彼女の心の中にある景色や俺たちの未来を、ヴァイオリンを奏でるようにこの手で生み出し、君への贈り物にしよう。たとえ不器用でも、精一杯心を込めて・・・。