未来への鍵・19




着替えのために衣装室へ戻った頃には、明るい日差しがすっかりオレンジ色の夕暮れ空に変わっていた。開放感溢れる衣装室の窓から長く差し込むのは、昼の青から夕暮れ色・・・そして煌めく星を纏った藍色の夜空へ変わる繊細なグラデーション。窓へ吸い寄せられるように数歩進んだ香穂子が、綺麗だねと感嘆の吐息で語り、天井まである大きな窓に魅入る・・・。君は左へ俺は右側のフィッティングルームへ行かなければならないのに、衣装室にある全ての白いドレスが空色に染まる不思議な景色に息を呑み、しばらく動くことが出来なかった。

綺麗だなと呟く俺を嬉しそうに振り仰ぎ、夕日に溶け込む君の頬も純白のドレスも、オレンジ色の光に溶けてゆく。香穂子のヴァイオリンが聞きたくて・・・君に会いたくて、この場所を訪れたのは数時間前なのに、ずい分長い時間を過ごした気がする。過ぎ去る時間が早く感じるのは、それだけ充実していたからだろうな。

ほっと緩む安堵感が運ぶ心地良い疲れを、この広い空が癒してくれる・・・そんな気がする。


「全てを終えて衣装室へ戻った二人を出迎える最後のサプライズは、自然がくれるこの景色かも知れないな。様々な色が織りなす空色は、心に満ちた音色や想いのように優しく温かい」
「ここは海が近いから、街中でも空がとっても広いんだよ。でもお楽しみはまだあるの、もう少ししたら、もっと綺麗な宝物が見られるから楽しみにしててね」
「宝物? 暗闇に包まれたガーデンで、今度は何が始まるんだ?」
「ふふっ、内緒! さっ蓮くんも早く早く、始まっちゃうから急いで着替えなくちゃ」


悪戯心を秘めた香穂子がふわりと背中に張り付き、くすくすと楽しそうな笑い声と共に、ポンポンと軽く押しながら急かしてくる。肩越しに振り返れば、広い裾を苦戦しながら持ち上げた香穂子が駆けだしたところで、声をかける間もなく無邪気な背中が、足取り軽く反対側のフィッティングルームへ消えてゆく。

香穂子がどんな景色を見せたいのか、昼間の庭も綺麗だったがもっと素敵なものとは何だろう? 気になる想いに急かされるまま、手早く着替えを済ませフィッティングルームを出れば、入れ替わるように夜を運ぶ穏やかな藍色の帳が舞い降りて。そして日の暮れたガーデンに煌めく、無数の星たち。先ほどまでガーデンは多くの人が行き交っていたのに、いつの間に置かれたのだろうか。芝生の上に置かれたキャンドルライトが庭を埋め尽くし、静けさの中で揺れる灯火は、昼間とは違う穏やかさに満ち溢れていた。一番星のように煌めいた君の瞳は、このライトアップを伝えたかったんだな。


招かれた窓辺にあるソファーへ腰を下ろすと、お疲れ様でしたと労うスタッフが、小さな夕日の欠片を運んでくれる。礼を述べて手に取ったカップから漂う香りを吸い込めば、夜空に消えた太陽の名残がほっと心を解いてくれた。温かさが残るこの感覚は、香穂子の微笑みと同じだな。そう想いながらカップに口を付けると、ソファーの隣へポスンと感じる軽やかな重み。振り向かなくても誰だか分かる心地良い空気に、緩めたままの瞳で視線を向ければ、この衣装室を訪れた時と同じ青いドレスに身を包んだ香穂子が座っていた。

蓮くんお待たせと、弾む心のまま満面の笑みを浮かべると、彼女にも運ばれた紅茶のカップを手に取り一口啜る。ようやく落ち着いたのか、ふぅっと吐息を零すと微笑みが一層柔らかく穏やかに緩む。見つめ合い重なる俺の頬も、同じように・・・。


「お疲れ様、香穂子。君のウエディングドレス姿を、もう見ることが出来ないのが残念だが・・・もう演奏の仕事は終わりなんだろう? また青いドレスに着替えたのか?」
「蓮くんが控え室に使っていた二階のゲストルームへ会いに行って、そのままこの衣装室に来たから、私服は楽屋にあるの。は〜やっぱりドレスでも、いつも着るヴァイオリン演奏用の方が落ち着くよ。でも、とっても素敵だった蓮くんの盛装を、もっと見ていたかったな。後でヴィルさんに写真を焼き増ししてもらわなくちゃ。あれ、そういえばヴィルさんは?」
「館内の写真を撮るのだと言っていた、その後は一人で先に戻るそうだ。日本を発つ前に写真を渡すから楽しみにしてくれと、伝言を預かっている。香穂子、もしこの後用事がなければ一緒に帰らないか? 家まで送らせてくれ」 
「うん! 蓮くんと一緒に帰るなんて久しぶりだね、留学する前に星奏学院の高校生だった頃を思い出すよね。そうだ、少し寄り道もしていこうよ。後で着替えたら荷物を持って、二階のお部屋へ迎えに行くね」


ソファーの隣に広がるキャンドルライトを、うっとり眺める香穂子の眼差しが俺を真っ直ぐ捕らえ、眼差しが照れ臭そうにはにかんだものに変わる。この景色を俺と一緒に見たかったのだと・・・そう頬を染める君を、今すぐ抱き締めたい衝動に駆られる俺は、一体どうしたら良いのだろう。夜にパーティーをすると、点灯する瞬間がコンサバトリーから見えるのだと、身振り手振りで興奮気味に語る・・・そんな君の瞳が一番輝いていると俺は思う。


「緑に溶け込む夕日もこのライトアップも、自慢の宝物なのよ。ね、日野さん?」


もう一つの声に気付けば、向かい側の一人用ソファーに座る黒いスーツを来た女性が、窓の外へ視線を注ぎながら自慢げに胸を張っている。演奏用の黒いドレスから仕事用のスーツに着替えたチーフに、ね?と視線を送られた香穂子は嬉しそうに頷き返し、二階の部屋からガーデンを見るともっと素敵なのだと、声を潜めとっておきの秘密を教えてくれた。ガーデンからは確か、俺たちが先程演奏したハート型の芝生があったはずだが・・・。香穂子の話を聞きたかったが、にこにこと見守る人の前では照れ臭いから、二人きりになるまで我慢しよう。


「二人ともお疲れ様、今日は本当にありがとう。とっても素敵な演奏会とパーティーだったわ。あの後反響がものすごく大きくてね、ブライダルフェアに見学に来たカップルから、さっそく問い合わせやご成約が増えてプランナー達がびっくりしているのよ。幸せが運ぶ幸せ・・・人の心を動かすのは同じ人の心、そして音楽なのよね。私の予想通りよ、やっぱり二人に頼んで良かったわ」
「俺たちこそ、思い出に残る幸せなひとときが過ごせました。同じステージに立ってヴァイオリンを奏でるだけでなく、描いていた未来も確かな形にすることが出来た。最初は戸惑いましたが、いつの間にか、心の底から楽しんでいた・・・香穂子も同じ気持ちだと思います。新たな道標に向かって進みたい、輝きを手に入れる為に進んでゆけそうです」
「れ、蓮くん・・・。とっても嬉しいけど、同じくらい恥ずかしいよ」
「今日の事が二人を繋ぐ絆と頑張る力になれたのなら、こんなに嬉しいことはないわ。そうそう、模擬挙式のモデル役をしてくれたお礼に、私たちスタッフから贈り物があるのよ」


足元に置いていた持っていたショッピングバックから取り出された、小さな二つの箱は一つは俺に、もう一つは香穂子の前に差し出された。開けてみてねと言われ箱を開くと、隣に座る香穂子があっと驚きの声を上げて、喜びはしゃぐ声が心を震わせる。中に入っていたのはリボンのように細工されたホイップクリームに、振りかけられた銀色の粒が煌めく、ハートの形をした二つのケーキ。甘い物が大好きな香穂子は、可愛いハートだと目を輝かせ、小さな箱へ潜ってしまうのではというくらい身を乗り出し、興奮気味に見つめている。

箱を持った手の平に伝わる感触と、二つのケーキから漂う香りが甘く温かい。作りたてだよと興奮気味に腕を揺すられ、示された手の平サイズの表面に目を凝らすと、小さく文字が刻まれていた。苺のリボンを付けた白いハートにはKahoko 、黒い方にはLenと俺の名前が・・・ひょっとしてこのハートの形をしたケーキは、俺たちなのだろうか?


「二人のために、シェフパテシエが手間をかけて作った自信作だそうよ。さっき焼き上がったばかりなの、間に合って良かったわ。ドイツのバウムクーヘンがお祝いの菓子なのを知ってる? あれみたく、二人が重ねる年月に見立てて何層も重ねたクレープ生地を、ハート型のスポンジでサンドしたんですって。引き出物にも出していない、幸せのケーキね」
「白いハートは生クリームで、ビターな方はチョコレートかな。ドレスみたいな可愛いデコレーションがとっても素敵!」
「気に入ってもらえて嬉しいわ。白いクリームで覆われた方が、花嫁のドレスをイメージしたレモンクリームで、ブラックココアを使った黒いハートは新郎のタキシードなのよ。チョコにはオレンジのピールとリキュールが入っているそうよ。月森くんと日野さん、あなたたち二人の音色や重ねる想いが、このハートのクレープケーキのように、この先幾重にも積み重なるように願っているわ」
「・・・今日はチーフにびっくりさせられっ放しですよ。言葉にしなくても、ちゃんと伝わりました・・・クリームが溶けちゃうくらいに心がポカポカなんです。頑張れってエールが嬉しくて、涙を堪えるのに必死なんですからね」


大きな瞳に潤む涙を零さないように、精一杯見開いた目尻に溜まる滴を指先で拭い、ほんのり染まりかけた鼻をくすんとすする。花嫁さんが泣いたら駄目よと悪戯に瞳を煌めかせ、同時にポケットを探ったが、隣にいる俺の方が僅かに早かったようだ。良い仲間に恵まれたな、そう緩めた眼差しで微笑めば、受け止めた想いごとハンカチを胸に抱き締め芽吹きの笑顔でコクン頷いた。俺が知らない香穂子をたくさん知っている、このゲストハウスの演奏家やスタッフ達が、少しだけ羨ましいけれど、ありがとうと思うのは俺も同じだ。


「夢見ることは誰にでも出来る、それは大切な事よ。でも夢だけで終わらせて欲しくない、諦めずに信じて叶えて欲しいと思うわ・・・だって人にはその力があるんですもの。叶って欲しいと願うのは私だけでなく、頑張る日野さんを応援する、スタッフみんなの願いなのよ」
「チーフ・・・。その、反響が大きかったのは私たちじゃなくて、チーフの思いつき直進型な企画力だと思うんです」
「ふふっ、嬉しい事を言ってくれるわね。今までになく大好評だったのは演出だけじゃなくて、奏でる音色に込められたあなたたちの強さや想い合う温かさが、彼らの心の扉を開けたんだと思うの」
「俺たちが・・・ですか?」
「留学のために海を越えていても、お互いを認めて高め合い、少し先を二人で見つめる・・・言葉で言うのは簡単だけどなかなか出来ることじゃないわ。だからこそ、これから未来を共に歩む多くの人たちに感じて欲しかったの。会えないときでも相手を信頼し、自分に自信を持つ恋はこんなにも輝いて、喜びと幸せのオーラを発しているんだって事をね。音色は嘘をつかない、そうでしょう?」


驚きに目を見開き、香穂子と視線で語り合うと頬に熱が込み上げ、見つめる君の頬も赤く染まってゆく。
ヴァイオリンの二重奏をしていたときには、奏でながら香穂子だけしか見ていなくて、心と音色が溶け合う心地良さに浸っていた。思い返せば皆が見守る中で、見えない言葉の愛を語り合ったのだから、照れ臭さを通り越して熱さが込み上げてくるんだ。

だが心に感じた温かさを、音色に乗せて届けられた・・・拍手や眼差しで返る想いを受け止め、また音楽で返して。君と俺、そして俺たちと聴衆で繰り返される、笑顔と音楽が運ぶ想いの連鎖。

一人では生み出すことの出来ない心地良と一体感は、どんなホールにも負けないくらい大きく膨らんだのは、この身体と心で体感できた。もう一度香穂子と奏でたい・・・同じステージに立ちたいと、心の奥に灯る炎が、夕焼けのように静かな熱さを秘めている。


心を通わせあった大切な相手でも、常に一緒に行動して愛を確認出来る訳ではない。一人で過ごす時の寂しさや孤独、嫉妬に心を消耗させる事もあるし、時には自分を見失いかける事もあるかも知れない。でも会えない間にも愛を育てられる・・・離れていても愛情を持って過ごせたら更に恋は輝くと、自信溢れる眼差しが強い光を灯していた。

今の俺たちに向けられた言葉は、水を欲する土のようにすっと染み込み潤いに変わる。上辺だけでない確かな重みを感じるのは、彼女自身が経験して得た言葉だからだろうか。かつて国際コンクールのガラコンサートやプロの第一戦で活躍していた時よりも、今の方が音色に深みと色彩が生まれたと、ヴィルヘルムが言っていた。この音色をあのときから奏でていたら、未来は変わっていたかも知れないと。

いや、どんな未来が待っていてもきっと彼女は今と同じ道を歩んだと思う。かけがえのない大切な人と共にあり、自分らしい音楽を奏でる未来を。想いが変えた音色・・・俺も香穂子によって変わったから分かる。この先も更に高みを求め変わり続けるだろう、深まる愛しさと絆の証として。


「結婚生活の先輩としてアドバイスよ、一人の時間を楽しんで有効に使いなさい。一人の時間を楽しめない人は、二人や大勢になっても楽しく過ごすことが出来ないわ。大好きな人と離れていると寂しくて、誰でも落ち込むわよね。今の自分に足りないことを並べたり、周りが見えないくらい必死になる事もあると思うの。そこでどう過ごすかはその人次第だけど、自分磨きのために伝えるのは凄く贅沢だなって思わない?」
「自分のやりたい事を頑張り、世界を広げられる人は心も中身も深い。俺は香穂子に出会う度に、新鮮な驚きを覚えるんです。だから惹かれずにはいられない、俺も頑張ろうと思うんです」
「そうやって、お互いに良い影響や刺激を与え合うのが、あなたたちなのよね。一人一人が重なったときに、世界はもっと大きく広がるの。どこまでも高く羽ばたけるのよ、心の翼で海も越えられるわ」
「離れていても蓮くんが元気ないときには、心の糸電話が教えてくれるんです。私も笑顔でいなくちゃ心配させちゃう・・・元気になりたいのに、どうしても寂しくて恋しくなったりなったり、元気が出ない時はどうしたらいいですか?」
「香穂子・・・・・」


思い詰めたように身を乗り出し、真っ直ぐ正面のチーフを射貫く切実な眼差しが、ふいにくしゃりと歪むみ力なく俯いてしまう。零れた髪が表情を覆うけれど、膝の上で両手を握り締めながら唇を噛みしめ、自分の中に抱えるもどかしさと必死に戦っているのが分かった。みんなが思う程強くないんです・・・と、小さく呟く言葉が胸に痛みを走らせる。この痛みを真摯に受け止めなくては、俺が彼女に与えてしまった寂しさなのだから。

弱いだけの人間がいないように、強い人もいない。メールや手紙、電話でも消して弱さを見せない香穂子が、人知れず涙を堪えていることは知っていた、どんなに隠していても君は嘘をつけないから分かるんだ。

笑顔でいて欲しいと遠くから望んでも、空へ伸ばした腕は君に届かず抱き締めることも出来ない辛さに、何度拳を握り締めただろうか。辛いのは自分だけじゃない、この冬を越えた向こうに春があると信じ励まし合いながらここまで来たけれど。一人を楽しむなんて考えもしなかったから、元気が出る方法があったら俺も知りたい。


「そうね・・・朝ご飯は心と身体に欠かせない大切な栄養だから、お気に入りの食材を使った美味しい朝食を用意するのはどうかしら。好きな紅茶やコーヒーを飲むと心が安らぐでしょう? 自分なりに元気になれる小さな事にたくさんこだわるのも良いわよね。好きな色や香りを身に着けたり、これがあると元気や勇気が沸くものを身に着けるの」
「好きな香りならあります! 蓮くんが留学先で買ってくれた香水が、とっても素敵な香りなんですよ。蓮くんは私のイメージだって言うんですけど、私は蓮くんの香りがするから、くんくん香りを嗅ぐと元気になれるんですよ」
「か、香穂子っ・・・!」
「あら、じゃぁ最近日野さんが欠かさず付けている、甘く爽やかな香りは、月森くんの贈り物だったのね。なるほど、納得だわ〜。トップからラストまで、実に日野さんらしくて、魅力を高める香りなんですもの。さすがよく見ているなって思ったの。香水だけで楽しむのも良いけれど、肌の体温で変わる香りの方がもっと素敵よね。ねぇ月森くん?」
「・・・からかうのは、止めて下さい」


香りに想いを託したい、愛しい人をそばに感じたいのだと、純粋な想いから贈ったはずなのに。大好きな香りを大切な人に贈るのは、指輪と同じよねと悪戯に笑みを浮かべる一言に、心の奥に潜んだ独占欲の深さを指摘されたようだった。いつも欠かさず身に着けていれば自然と彼女の香りになるわけで、まるで俺のものだと印を付けている、そう言いたいのだろう・・・まぁ、本当だから反論できないが。俺が自分で香りを楽しむ為の小瓶を持っていることまでなぜ分かったのかと問い正せば、本当だったのか逆に驚かれてしまった。しまった、罠にはまったらしい。


「ふふっ、ごめんなさいね、これも私の幸せ集めなのよ。身近に幸せそうな人がいたら観察すると、学ぶところがたくさんあるの。後は・・・溜め込んだ想いが心の器から溢れてしまう前に、思いっきり泣くのも必要よね。雨上がりの空みたいに透き通るの。だけど、もし日野さんを一人で泣かせるようなことをしたら、私が承知しないわよ」
「彼女を悲しませる事はしないと、肝に銘じておきます。想う人の笑顔が俺にとっては、何よりもの元気の素ですから」
「本当の幸せは、すぐそばにあるけと目に見えないの。小さな幸せの欠片を見つけるには心の目が必要なのよ、それをどれだけ多く集めたかで、音楽も変わってくるわ。一緒にいられる今が幸せだと・・・お互いに耐え抜いた冬の季節が無駄ではなかったと、温もりを心の底から感じる時がきっとくる。だから諦めては駄目よ、信じるままに進みなさい。このハートのケーキみたいにたくさん想いを重ねたそのときは、今度は私たちに美味しいウエディングケーキをご馳走してね」


え!?と驚きに声を上げたのは、俺も香穂子もほぼ同時。互いに視線を見合わせれば、照れ臭さに募る熱が込み上げ、どちらともなくふいと逸らしてしまう。頬を苺色に染めた香穂子が、まだ先のことだと強く反発しているが、既に未来の決定事項だと宣言しているのだと気付いていないらしいな。嬉しさと恥ずかしさが絶妙に混ざる、困った赤い顔を隠すべく口元を手で覆えば、もう一つの贈り物だと俺たちの目の前に差し出されたのは、淡いピンク色の封筒。


このゲストハウスの資料やパンフレットが入っているそうだが、香穂子は自分の写真が見られるのが恥ずかしいと慌てだし、俺も既に受付で同じものをもらっていたからと丁寧に断った。だが自信溢れる笑みで再び手元に押し返されてしまう、いつか近い将来必ず必要になる・・・中身は俺たち専用なのだと。このゲストハウスでブライダルフェアーの新郎新婦役のモデルをすると、近い将来本物になれるジンクスがあるらしい。

まさか偶然だろうと眉を寄せたが、隣に座る香穂子が真っ赤な茹で蛸に染まっている所をみると、どうやらかなりの確率で当たる伝承らしい。という事は俺たちも? すごく有名なんだよと、組んだ手をもじもじ弄りながらコクンと頷く香穂子の熱が、じんわりと俺を焦がしてゆく。だから俺たちにぴったりだと、言っていたのか・・・敵わないな。

本当の贈り物は未来の扉を開く鍵。
だけど開けるのはもう少し先だな、君と俺が同じ道に辿り着き、二人揃って心と手を重ね合わせたときだから。