青い空と緑の木々、季節の花が彩る庭に生える真っ白なガーデンテントの下で、香穂子はヴァイオリンを奏でていた。テントを支える黒い支柱には白バラが巻かれていて、音色とともに甘く爽やかな香りを放っている。
庭では挙式を終えてチャペルから出てきた新郎新婦を囲みながら、シャンパンを片手に皆がデザートブッフェの演出と、ヴァイオリンが包む音色で寛いでいた。

ブッフェ台に並んだ色とりどりの小さなケーキを、新郎新婦がゲストの皿へサーブしながら会話を楽しんでいる。挙式が終って緊張が解れたのか、幸せそうな笑みを浮かべて互いに寄り添い視線で語り合う姿に、目を細めずにはいられない。


いいな〜とっても幸せそう・・・・。


一曲奏で終り静かに楽器を下ろすとヴァイオリンを持ったまま、日差しを避け白いテントの下で楽しげに集う新郎新婦たちの様子をを眺めていた。すぐ目の前にある賑やかさなのに、眼差しはどこか遠くを見るように。



「・・・・・さん、日野さん!」
「へっ?」


突然呼びかけられて我に返ると、黒テントの隅で一生懸命私を呼んでいた。いけない・・・ついボーッとしちゃった、私はヴァイオリンを弾くんだったよ。ごめんなさいと慌てて頭を下げて白いテントの中から芝生へ進み出れば、太陽の光がスポットライトとなり、励ますように元気を与えてくれる。ヴァイオリンを構えて弓を乗せると、緩やかにボウイングが空を切り、生まれる伸びやかな音色が翼を持って羽ばたき出す。柔らかな日差しと爽やかな世夜風が降り注ぐ庭は、新郎新婦の二人たけでなく私にとっても最高のステージになっていた。



パーティーのBGMだから雰囲気に合わせてでしゃばらず控え目に奏でていたけれども、気付けば浮き立つ心が弾み、音色に乗って宙へと舞い上がっていた。音は抑えきれない気持を正直に現してくれるから。
音色に心を浸して閉じていた瞳を開ければ、いつの間にか庭に散らばっていた筈の参列者たちが、私を囲むように集っている。

食事の手や語らいを辞め、ただ音色に聞入ってくれるのが分かる・・・なんだかそれが嬉しくて、もっと聞いて欲しくて。囲む笑顔にいつしか控えめな曲調は変わり、自由に空を羽ばたく翼のように心まま奏でていた。

そう・・・いつも私が演奏するとBGMだったのに、結局最後にはミニコンサートになってしまうの。

私のすぐ側に佇む新郎新婦へと身体を向き、二人へ届くようにと想いを込めながら重心を傾け音色に乗せた。言葉の代わりにゆっくりと穏やかに空を切るボウイングと微笑で「おめでとう」と語りかえれば、二人の頬にもはにかむような笑顔が浮かんだ。



弓が空を切りゆっくりと弧を描いて降ろされると、同時にわっと沸き起こる拍手と歓声。
歓声の大きさにたじろぎ一歩圧されながらも、肩から降ろしたヴァイオリンを握り締め、ありがとうございますと深くお礼を述べた。心に湧く熱さが頬にも込み上げ、何だかとっても照れ臭い。



「えっと・・・じゃぁ、もう一曲弾いてもいいですか?」


周りを伺うように見渡せば再び湧き上がる大きな拍手に包まれ、それを受けて視線を交し互いに頷きあう新郎新婦が、私へお願いしますと伝えてくれる。
ここは段取りにはないけれど、臨機応変って事でいいよね? 
向けられる温かい視線は誰もが笑顔で楽しそうで、私こそありがとう・・・そう心で伝えたくなったから。

ちらりと肩越しに振り返りテントの隅にいるチーフを見れば、腕時計を見て眉を潜めながらも時間的に平気だと判断したのか、やがて嬉しそうにOKサインを出してくれた。
せっかくみんなも私も楽しくなったんだもの、やっぱりそう来なくっちゃ!


構えたヴァイオリンに弓を乗せて奏でるアンコールは、楽しげなワルツの音色。
弾む心のまま、ステップを踏んで躍りだしたくなるように・・・。
今は私一人だけど、蓮くんのところへ行った時にパーティーで一緒に演奏した曲を奏でるの。
ワルツのステップのように、新たに踏み出す一歩がいつまでも二人一緒であるようにと祈りと想いを乗せて。


手を繋ぎ音色に乗って一緒に歌うように肩を揺らす二人に、視線で庭の先を促すように誘う。一緒に踊りましょう・・・と、意図を察して瞬く間に顔を赤く染め出し困ったように語り合いだした彼らを、焦らせずゆっくり待ちながら。笑顔と音色で導けばやがてはにかんだ微笑を浮かべながら手を取り合い、祝福に包まれる輪の中へ。



「・・・・・・・!」


何か聞こえた・・・一瞬掠めた音にそう思って心の耳を済ませれば、ほら・・・。
風に乗って心に届く優しく甘い音色がふわりと寄り添うように重なってくる・・・これはもしかして蓮くんのヴァイオリンの音色? そうだ蓮くんだよ、絶対に聞き間違うはずが無いもの。


許して・・・くれるの?
私の声が・・・届いたの?


近くて遠いあなたへ問いかける答えは心に灯る温かさとなって私を内側から包み、二重奏となって寄り添う彼の音色が私へと語りかける声となって直接響いてくる。
二つの波動が一つに重なった時に、想いは多きな光りのうねりとなって、祝福溢れる庭へと振り注いだ。





いつか私も-----------。


どんなささやかでもいい、理想を持とう。
眩しい緑の中をくるくると回る白い花たちは、踊り方が分からないながらも手を取り互いに気遣い合い、ぎこちなく、でも楽しく幸せそうに。そんな彼らが暗闇の中にいる私へ目指すべき光りをくれる。描いた夢が私たちの心を幸せへと導いてくれるから。


見上げる空は青空だけど、私の空は灰色の曇り空だ。でも灰色も楽しめたらいいよね、だって青空になる前の空の色だから。雨が止んで雲が晴れたら、私の心があなたの青でいっぱいに染まりますように・・・。


そうだ、こっそり蓮くんの所へ行っちゃおうかな。一ヶ月も先延ばしなんて待てないよ。
せっかく学長先生もヴァイオリンを見てくれるし、ごめんねって謝るのなら一刻も早く直接顔を見て謝りたい。
このまますれ違って会えなくなったらという不安に押しつぶされながら過ごすのには耐えられないんだもの。
謝りたくても謝れないもどかしさに、私ごと潰されてしまいそう。
私のせいで、きっと蓮くんにも悲しく辛い思いをさせている筈だから。


もしかしたら突然来た私に怒って、会ってくれないかもしれない・・・。
でも浮かれた分だけいつか落ち込む事になったとしても、やっぱりわくわくが多い人生がいいもの。
先の事をあれこれ考えて、嬉しさを台無しにしてしまうのなんて勿体無いじゃない。
私がドイツで頼れる人は限られているけど、なんとかなるよね。迷った時こそ、心のまま真っ直ぐに歩こう。


待っていてくれと言ってたけど気になって・・・ごめんね、やっぱりうずうずして待てないみたい。











光りと影の狭間で・3