カノープス通信

  2002年11月号-1

  ──今月の詩──
   『落下する十一月』

けやきの散る音に怯えて目覚める。
十一月の 木枯らしの夜半である。
襲いかかるように 窓打つ 木枯らしよ。

目覚めて冷たい夜半の床の闇の中で
けやきの葉の落ちるさまを思い描く。
けやきの葉は 時に 思いがけない虚空からも落ちてくる。
きまぐれに渦巻く風に はるかななかぞらへと巻き上げられ
突然 風に放されて
たった今 梢を離れたという様子で
まっすぐ下へ ゆっくりと 時間のように落下するのである。

静かに ちらちらと翻りながら
私を脅かす 失われたものの訪れに似た音を立てて。

眠っていても 心の中に入り込むのである。
風にけやきの散る音は
あのなつかしい訪れの音に あまりに似ているので。
忘れていた 心の底の ふるえる想いに触れて
私の安定を 脅かすのである。
ふるふると ふりしきり。

空いちめん覆ってふるえながら降るけやきの葉を
じっと見上げて立っていると

自分が なかぞらに立つ気がする。
そして 自分のまわりを 世界が落下してゆくのを感じる。
降りしきるけやきの葉と 秋の光の中
ふいに私は 慄然として 立ちすくむ。

――ああ ひとは こんなにも無防備に
  ただひとり 縋るものもなく
  こんなにも大きな 重く 底知れぬ 落下の力にさらされているものか!――

まばゆい日差しも 何ひとつ 救わない。
十一月には 光も 闇への傾斜を孕んでいる。


そして今も 私の見ていない窓の外の闇の中
ひそやかに落下が続いている。
私にとめようもない 巨大な落下が続いている。

夜通し 落下するのである。
果てしない時を
ひとしれず 落下するのである。
窓の外の闇の中 すべてが落ちてゆく。
私にとめようもない
劫初からこの時のために定められていたかのような
巨大な落下である。

十一月が落下する。
冬へ 夜へ 闇へ 孤独へと 止めようもなく落下するのである。
私の心の中にも 巨大な夜の 冬の 闇の破片が
落ち葉のように 時間のように降り積もり
二度とない訪れを待ちわびて耳を澄まし風におののく古い激情を
深く 暗い 堆積の底に埋(うず)めて 耳を塞ごうとするのである。
あるいはおそらく 私の心が 風にふるえる枯れ葉のように
何も見ず 何も聞かず 何も想わない
冬の 夜の 眠りの底の闇の国へと
落下し 降り積もり 朽ちようとするのである。

――アア コノ 落下 ノ 底 ノ 冷タイ 虚ロナ 闇 ノ 中 ニモ
  ヤハリ木枯ラシガ 吹キスサンデイルノダロウカ――

呟きながら 十一月を落下するのである。







解説(……というか、例によって、言い訳というか……)

私が今、公開している詩は、ほとんどが過去の作品ですが、これもまた、けっこう古い作品のひとつで,、たぶん20年近く前のものです。
当時、私は詩をどこかに発表するということが、ほとんどなく、書いたものは、みんな、誰にも見せずにしまいこんでいました。私が詩を書いているということを知っている人さえ、ほとんどいなかったのです。

そういうわけで、この詩も、ごくわずかの親しい人にしか見せないままで、長年、机の中にしまいこんであったのですが、そうするうちに、あるとき、『落下する夕方』という本が出て、やられた!と思いました(^_^;)

まねしたわけじゃないんです〜(^_^;) この詩は、その本が出る十年も前から、こういうタイトルだったんです〜!(そのことを知ってる人は、ほとんどいないけど^_^;)

内容を読んでいただければ、このタイトルが、とってつけたようなものではなく、この詩にはこのタイトルしか無いと言うくらい、まさに詩の内容にふさわしいものであることはわかっていただけると思います。
だから、あえてタイトルは変えていません。

他に似てるタイトルがあろうとなかろうと、そんなこととは関係なく、この詩は、20年近く前から、こういうタイトルなのですから。(他人が知ろうと知るまいと^_^;)


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