自家製ケーキの木原洋菓子店あらためパティスリー・キハラは、商店街ではなく住宅街の片隅に、昔から、ひっそりとあります。洋菓子店になる前は和菓子屋だったらしいですが、わたしがここに来た頃には、すでに洋菓子店でした。今では商店街に大手チェーンのケーキ屋もできていますが、昔は、このあたりの子供にとって、クリスマスや誕生日のケーキといえば木原洋菓子店で買ってもらうもので、木原洋菓子店は、子供たちの憧れの店でした。洋菓子店と名乗っていますが、もともと和菓子屋だった名残か、どら焼きなどの和菓子も主に贈答用にいろいろと扱っていて、よそのお宅を訪ねる時の手土産も、入院した時のお見舞いも、各種の内祝いも、この辺ではみな、何かといえば木原洋菓子店なのです。 そんな、昔からの馴染みのお店ではありますが、そういえば、わたしはそこで何かを買ったことが、あまりありません。いえ、もしかすると一度もなかったかもしれません。祖母が手作り派だったからでしょうか。お誕生ケーキも、いつも祖母が焼いてくれていましたし。それはもちろんとても嬉しかったのですが、子供心に、友達のお誕生会で出てくる木原洋菓子店の華やかなケーキが、ひそかに少しだけ羨ましかったりもしたものです。今にして思えば、祖母があんなに手間ひまかけてケーキを焼いてくれていたというのに、子供って恩知らずですね。 それでも、お友達のお誕生会でも町内会のクリスマス会でも木原洋菓子店のケーキ、家に来るお客様の手土産も木原洋菓子店のマドレーヌやどら焼きと相場が決まっていたので、木原洋菓子店のお菓子の味はお馴染みでしたが、やっぱり、店内に入った記憶がありません……。 祖母亡き後も、仕事帰りに、お洒落に改装されたこの店の前を通りかかって、ふと、そういえばたまにはコンビニスイーツではないちゃんとしたケーキ屋さんのケーキを食べたいな、などと思ったことも一度ならずありましたが、わたし一人ではケーキも一つしか買えないので、たった一つというのも申し訳なくて買い難い気がして、結局、毎回、店の前を素通りしていました。 そんな、子供時代の憧れのお店に、わたしは、反田さんと二人で、初めて足を踏み入れました。数年前に改装されていますから、店内の様子も、当時とは変わっているのでしょうが。 明るく清潔な店内に、ぴかぴかのショーケース、色とりどりの洒落たケーキ、可愛いカゴに盛られたバラ売りの焼き菓子……。ケーキ屋さんって、足を踏み入れるだけでわくわくしますね。 レジカウンターの端っこには、愛らしいテディ・ベアがちょこんと座っています。インテリアはスイートなパステルカラーであふれていて、本当に夢の国のようです。そして、レジの向こうには……店内のメルヘンチックな雰囲気には思いっきり似合わない、どう見ても『学生時代はラグビーをやってました』みたいな、縦にも横にも大きな、熊みたいな男性が。 ……いえ、ある意味、似合わなくはないですね、大きなテディ・ベアだと思えば。 この方が、店主の木原さんでしょうか。 その、推定木原さんは、反田さんに「おお、タンテイ」とほがらかな声をかけ、続いて入ってきたわたしを見て、「お? おおっ?」と、ちょっと目を見張り、そつなく「いらっしゃいませ」と言いながらも、わたしと反田さんを交互に見比べました。わたしと反田さんが一緒にいるのって、そんなに変でしょうか……。 そんな店主さんに、反田さんは、何の説明もなくいきなり切り出しました。 「よお、木原。あのさ、最近、ここで誰がケーキ買ったか教えてくんない? ケーキだけじゃなく、箱入りの菓子買ったやつも」 「はぁ? 何だって?」 木原さんは、思いっきり不審そうな声を出しました。それはそうですよね、いきなりそんなこと言われても……。 「『誰が』って……。ここ、ケーキ屋だからさ。みんなケーキとか菓子とか買ってくよ。店に来た人、ほとんど全員だよ。そんなのいちいち憶えてねえよ。俺だってずっとここに立ってるわけじゃねえしさ」 ごもっともです。 「じゃあさ、お前がいる時に店に来た客の中に、怪しげなヤツ、いなかったか? 陰気な感じの若い男とか。たとえば、ヒョロくて生っ白くて目つきが陰険で、わけもなくキョドってて、いかにも悪いことしそうな危ない雰囲気の……」 反田さん……。それは、反田さんの勝手な想像の中の、架空のストーカーさんなのでは……? 案の定、木原さんもぽかんとしています。 「はぁ? 来ねえよ、そんなヤツ。誰だよ、それ……。知り合い?」 しかたなく、横から、 「あの……反田さん、最初から事情をお話したほうが……」と、提案してみました。 反田さんの説明を聞いた木原さんは、難しい顔で、うーん、と、腕を組みました。 「うちの店のリボンって……。こないだ作った新しいヤツだよな? 店名入りの。……それさあ、まだ、使ってないんだよ」 使ってないって、どういうことでしょう……。わたしたちは首を傾げて顔を見合わせました。 「あのさ、それ、おととい納品されたばかりなんだけど、店にはまだ古いリボンの使いかけのロールが残っててさ。それを使い終わったら新しいのを出そうってことになって。だから、今日もまだ、ほら、そこのあれ」と、木原さんはレジの背後の吊り棚を肩越しに指し示しました。どこにでもある、赤やピンクのありふれたナイロンリボンの、残り少なくなったロールが、棚の下に並べてぶら下げてあります。「あの、古いほうを使ってるんだ。新しいのは、納品された時に開けて検品して、それから、嫁さんがこの――」と、カウンターのテディ・ベアを指さして「熊の首につけただけでさ」 たしかに、テディ・ベアの首に、花束についていたのと同じシックなリボンが巻かれています。まあ、あれは奥様が付けたのですか。きっと、このお店の可愛い飾り付けも、奥様のお仕事なのですね。 木原さんは、お店にテディ・ベアが飾ってあることが照れくさいのでしょうか、誰も尋ねていないのに言い訳してくれました。 「この熊、嫁がここに置いたんだよ。なんでも、うちの店のマスコットキャラだとか言って。なんでケーキ屋に熊なんだよ、熊なんかケーキと関係ないじゃん、ねえ? ハチミツ屋だったらわかるけどさあ」 えっと、それは、たぶん、ご主人が熊さんに似ているからだと思います……。たぶん、奥様もそう思っているんだと……。でも、失礼だから黙っていましょう。 「じゃあ、お客様に売ったものに、まだ一度もこのリボンはかけていないんですね?」 念のため確認してみると、木原さんは首をかしげました。 「そうなんだよ。それがなんでお宅の庭にあったのか……」 「このリボンは、どこに保管してたんですか? お店に入ってきた人が勝手に取れるような場所には置いてないですよね?」 「取れないと思うよ。ここの」と、ご自分の足元を指さして、「カウンターの裏の棚に置いてあるから、こんなとこ、お客さんは入ってこれないでしょ? 営業中はカウンターに俺たち立ってるんだから。夜中とかに盗みに入れば別だけど、夜はちゃんとシャッター下ろして鍵もかけてるし、だいたい、金目の物ならともかく、リボンの数十センチなんて、わざわざ盗みに入るヤツはいないよねえ……」 「じゃあ、このリボンを使った可能性があるのは、ご家族か従業員の方だけということになりますね」 「うん、別に鍵のあるとこにしまったりしないで、ただレジ下棚に置いてあるだけだから、うちの人間なら、だれでも好きに使えますね。残りのメートル数を測ったりもしてないから、誰かが使って、ちょっと減っててもわからないね」 そこまで聞いた反田さんが、突然、木原さんに指を突きつけて叫びました。 「じゃあ、お前がストーカーか!?」 「はぁ!?」 わたしと木原さんと、同時に間の抜けた声を上げてしまいました。 「おい、木原! いくら司書子さんが可愛いからってな、お前には妻も子もいるんだぞ! なのに司書子さんに告白だなんて、ありえねえだろ!」 反田さんの頭の中で、ジギタリスの花束の意味は、また、警告または嫌がらせから『愛の告白』説に戻ったようです。でも、反田さんの頭の中のストーカーさんは、痩せ型でひ弱そうな若い男性じゃなかったですっけ? 木原さんは全く逆のタイプなんですけど……。 「はぁ? んな訳ねーだろ! 俺、その人のことなんか、今まで知りもしなかったんだから。今日、初めて会ったんだもんよ」 「だって、そのリボンに触ることができたのはお前と家族だけなんだろ? で、シホコさんやミカちゃんが司書子さんのストーカーなわけないだろ? だったら、お前しかいないじゃん!」 シホコさんやミカちゃんというのは、きっと、奥様と娘さんのお名前ですね。 「バカ言うなよ……」 呆れている木原さんに、反田さんが一方的に詰め寄ります。 「司書子さんに手ェ出すなよ!」 「出さねえよ! お前の彼女だろ?」 木原さん、何か勘違いしていらっしゃるようですが、それはまあ、この際置いておくとして。二人が言い争いだしたので、反田さんの背中を後ろからつんつんとつついてみました。 「あの……反田さん? もしかしたら、誰かご家族の方が、おとといから今朝の間に、お友達へのプレゼントとかご近所へのお裾分けの何かを包むのに、このリボンをちょっともらって使ったのかもしれませんよ? で、それをもらった人か、そのご家族がリボンを取っておいて、今朝、お墓参りに行く時に花を束ねたとかでは……?」 「ああ……なるほど」 反田さんがうなずいてくれました。良かった。 「そうだよ。俺、お袋や美香に店のリボンを使うなって、別に言ってないもん」と木原さん。 「そっか……。悪かったよ。じゃあ、家族の人に聞いといてよ。誰かこのリボン使わなかったかって。使ったなら、どこの家に持ってったかって」 「いいけどさあ……。お袋や美香の知り合いの家族がストーカーなんてことはないと思うよ」 「ああ、まあ、そうだろうけどさ。でも、そこからさらに誰かの手に渡ってってこともあるかもしれないじゃん」 「あるかぁ? そんなこと。しかも一日のうちに……?」 木原さんは思いっきり疑わしそうにしています。が、反田さんは引き下がりません。 「いいから、とにかくいちおう聞いてみてよ。わかったら、俺の携帯に連絡して」 「おう。んで、タンテイ、お前、なんでそのお嬢さん――シショコさん?――の家にいたわけ?」 「たまたまだよ! 借りてた本を返しに行ったんだよ!」 「へええ……。本の貸し借りなんてしてんだ? いいねえ。青春だねえ!」 木原さんがニヤニヤしました。 「あのさ、お嬢さん――シショコさん? こいつ、こんな顔して『タラシの反田』って呼ばれてるから。お嬢さんもタラされないように気をつけてねー」 「なっ、なんてこと言うんだよ! 誤解を招くだろうが! 勝手にヘンなあだ名つけんなよ、絞めっぞコラぁ!」 反田さんはカウンター越しに乗り出して木原さんの首を締めようとしました。反田さんはあんまり大きくないので、カウンターの向こうにいる大きな木原さんの首に手を届かせるのに、がんばって伸び上がっています。木原さんは笑いながら身体を反らせて、反田さんが伸ばした手から、ひょいっと逃げました。 反田さんは、木原さんに手を伸ばしてぴょんぴょん跳びながら、振り返って叫びました。 「司書子さん、そんなの嘘ですからね! 俺、そんなこと言われてませんから! そんなの、こいつが今、勝手につけたあだ名ですから!」 木原さんは、相変わらずニヤニヤしながらひょいひょいと逃げ回っています。……おふたりとも、楽しそうですね。 そんなこんなで、わたしたちはパティスリー・キハラを後にしました。わたし、せっかくだからケーキを買って帰りたかったんですけど、反田さんたちがジャレてるから言い出せませんでした……。 そういえば、もうお昼時をすぎています。反田さんは午後からお店に入らないといけなかったんじゃ……? と、思ったら、反田さん、いつの間にかお家に電話して、お家の方になんとか出かける時間を遅らせてもらい、しばらく時間をもらっていたそうなのです。わたしのために、ご家族にご迷惑をお掛けして、申し訳ないことをしました。 でも、そろそろ本当に、どうしても店に戻らなければならないとのこと。 夕方にはもう一度、うちに来てくださるとのことですが、その間、わたしを一人にするのが心配だからとおっしゃって、なぜか、かわりに光也君を呼んでくれることになりました。そんなに心配することもないと思うのですが、反田さんがどうしてもとおっしゃるし、携帯で呼び出された光也君も、今日は塾もプールもないから構わないと言ってくれて……。 というわけで、遅いお昼をとりに一緒に入ったファミレスで光也君と合流し、わたしと反田さんはランチを食べ、光也君は反田さんのおごりでパフェを食べて、反田さんは反田洋品店に、わたしと光也君はわたしの家に……という、思いもかけない不思議ななりゆきで、光也君が、うちに遊びに来ています。 反田さんいわく、『悪漢に狙われている美女の身辺警護という、少年探偵団の重大任務』だそうですが、光也君、反田さんの探偵団ごっこに、子供の遊びに付き合ってあげる気分で付き合ってくれてるんじゃないかしら……。 まあ、警護が必要かどうかは別として、光也君はうちで夏休みの宿題をやると言っているので、それだったら、どこでやっても同じでしょうから、うちでやってもらっても、別に構わないでしょう。座敷にはクーラーがないので申し訳ないのですが……。 それにしても、男子小学生なんて、わたしにとって、一番縁遠い存在です。わたしだって小学生だったことはあるけれど、男の子だったことは、一度もありませんから……。家に来てもらっても、どうしていいのかよくわかりませんが、本人が夏休みの宿題をすると言っているなら、宿題をしてもらえばいいでしょう。あとは、おやつでも出せば……。とりあえず、おやつの出し甲斐はありそうです。さっきファミレスで遠慮無く頼んだ巨大なプリンパフェを食べていましたが、なんといっても育ちざかりなんですから、きっとまた、いっぱい食べてくれるでしょう。ちょっとはりきってしまいます。 我が家にやってきた光也君は、あれこれ珍しがって家や庭を眺め回し、「写メ撮っていい?」と訊いてきました。我が家は戦後に建てられたものですが、昔ながらの木造日本家屋なので、今の子供たちには珍しいのでしょう。光也君、写真を撮るのにちゃんと許可を乞うところが偉いですね。 「いいけど、外からだけよ」と許可すると、「琴里ちゃんに写メ送って見せてあげようと思って」ですって。反田さんも言っていましたが、ときどき琴里ちゃんとメールのやりとりをしているらしいです。 「どんなメールするの?」と、好奇心で尋いてみましたが、ニヤニヤしながら「教えなーい」と言われてしまいました。メールを打ちながらも、ずっとニヤニヤしています。本当に、どんなやりとりをしているのかしら。青春ですねえ。 光也君が持ってきた宿題の一つは、例の、お千代伝説についての自由研究でした。構想を聞かせてもらいましたが、着眼点がひと味違って、おもしろいのです。ただ伝説を紹介したり、ゆかりの場所の写真を撮ったりするだけでなく、苑明寺のお千代伝説が御狩原南小学校の子供たちの間で『かんざしババア』という都市伝説に変化した、その過程を追いたいということで、親や反田さんに紹介してもらったいろんな年代の卒業生からの聞きとり調査を計画し、すでに何人かに話を聞いているとのこと……。それは、かなり斬新な切り口なのではないでしょうか。すごいです。もしかして、学校で賞をもらったりするのでは? この着眼点を示唆したのは反田さんだそうで、反田さん、ほんとに侮れません……。 しかも、この自由研究、その過程で、いろんな年代の地域の大人の方と知己を得られるというおまけもあるのですよね。もしかすると、反田さん、そこまで考えて光也君に聞き取り調査を勧めたのかも……と、そこまで深読みするのは、さすがに買いかぶりすぎでしょうか。でも、そうとも言い切れない気がするのが、反田さんの底知れないところです。 と、光也君の携帯が鳴りました。お友達からのお誘いの電話のようです。今の子は遊びの誘いも携帯なんですね。 光也君は、ひとことふたことお友達と話すと、わたしを振り向きました。 「ねえ、司書子さん、友達が一緒に宿題やろうって言うんだけど、ここに呼んで一緒に宿題してもいい?」 まさかの展開ですが、光也君には、こちらの都合でここに来てもらっているのですから、そのせいで、貴重な夏休みの一日に、お友達と遊べなくなっては申し訳ないので、迷わず了承しました。この座敷は無駄に広いですし、一人も二人も同じです。――そういえば、わたし、いつの間にか光也君にも『司書子さん』って呼ばれてますね。 光也君は、電話でお友達に我が家の場所を説明しています。 「うん、だから司書子さんちで宿題やろーぜ。えっと、パンダ公園とこをまっすぐ行って、おせんべい屋さんの角を右にまがったとこの、花がいっぱい咲いてる家。そうそう、白い犬がいるとこ。今日は、犬、いないけど。え? あ、図書館の児童室のお姉さんだよ。うん、そう。そうそう。オレ、友達になったの」 そっか、わたしたち、友達になっていたんですね……。なんだか、くすぐったいような気持ちで、胸の奥が温かくなりました。 電話の時点では一人増えるだけの予定だった光也君のお友達は、うちに来た時には、三人に増えていました。途中でたまたま会った友達も一緒についてきたらしいです。別に構わないのですが、おやつについては、ちょっと考えないといけませんね。子供が合計四人、わたしを入れて五人です。何が出せるでしょうか……。 子供たちは、物珍しそうに我が家を見回しています。 「わー、田舎のおばあちゃんちみたい」 「すげえ! 畳だ! 障子もある! かっけー! 忍者が住んでそう!」 「こういう家、アニメとかゲームに出てくるよね」 『田舎のおばあちゃんち』と言った子は、たまたまそういう『おばあちゃんち』を持っているんでしょうけど、他の子にとっては、障子や畳ですら珍しいのでしょうか。今の子供たちにとって、こういう日本家屋って、アニメやゲームの中のものなんですね……。 男の子が四人も集まって、どんなにうるさいかと思ったけれど、みんな、おしゃべりしながらも、お行儀よく一緒に宿題をやり、飽きると、それぞれ持ってきた携帯型ゲーム機で遊び始めました。静かなものです。でも、見ていると、ちゃんとお互いに対戦したり通信したりで、これはこれで一緒に遊んでいるんですね。 おやつは、いいことを思いつきました。氷白玉です。 うちには手動のかき氷機がありますし、そういえば、ちょうど先日、みぞれの氷みつを一瓶、買ったところなのです。一人暮らしだし、そもそもかき氷なんて滅多に作らない――というか、思えばもう何年も作ったことがないんだから、シロップ一瓶なんて絶対使い切れないとわかっていたのですが、その日はあまりにも暑くて、そういえば最近出番がなくて天袋に仕舞いっぱなしだったかき氷機のことをふと思い出したら、もう、矢も盾もたまらなくなって、つい、衝動買いを……。 そして、案の定、それ以来、かき氷機さえ仕舞ったままで、シロップも、まだ開封していないのです。このままでは、結局一度も使わないまま夏が終わってしまっていた可能性も……。 これは、そのシロップを消費する好機です! 氷も、一人暮らしではそんなに使わないのに、ついつい、気がつくたびに製氷皿を空けて次を作るから、冷凍庫のストッカーに大量に溜まっているのです。うまい具合にたまたま白玉粉もありますし、あずきの缶詰は常備しています。手動のかき氷機で氷をたくさん削るのは大変ですが、それぞれに自分の分を自分で削ってもらえばいいでしょう。長年忘れ去られて天袋の奥で眠っていたかき氷機も、久しぶりに活躍の場を得て、きっと喜ぶことでしょう。 そうだ、白玉を茹でるのも、手伝ってもらいましょう。わたし、子供の頃、祖母が白玉を茹でる時に手伝わせてもらうのが、とても楽しみだったのです。練った粉を丸めたり、それを平たく潰して真ん中に指でくぼみをつけたり、茹だったのが浮き上がってくるはしから網で掬って氷水のボウルに入れたり……。粘土細工みたいで楽しかったのです。わたしが作った白玉は、大きさや形が綺麗に揃った祖母のと違って、少し形がいびつだったり、大きさが不揃いだったりしましたが、それでも、自分で作ったものはなんだか特別な気がして、わざわざいびつなのを選び取って食べましたっけ。子供の頃の楽しい思い出のひとつです。 ああ、嬉しい。ひさしぶりに、家で作った氷白玉が食べられるなんて! というわけで、みんなでわいわいと作った氷白玉を、縁側に腰掛けて食べました。親切な光也君が張り切ってわたしの分の氷も削ってくれたので、楽ちんでした、手動のかき氷器って、けっこう腕が疲れるんですよね。 夏の午後の日射しがじりじりと照りつけて、セミが鳴いていて、ふうりんがチリンと鳴って……。そういう中で、真っ白な雪みたいなさくさくの氷の山に銀のスプーンをさくっと突っ込んで、一口食べて、次に、氷の山にスプーンを突き立ててちょっと崩して、シロップが混ざってみぞれ状になったところを端からシャクシャクと混ぜて……。ああ、幸せです。やっぱり、かき氷は、冷房の効いた喫茶店とかファミレスで食べるのではダメなのです。こうやって、暑い縁側で食べなければ! みんな、しばらく無言で、夢中でかき氷を食べました。早く食べないと溶けてしまいますものね。氷がシャクシャクいう音と、ガラス器にスプーンが当たってカチカチいう小さな音だけが、明るい縁側に響いています。 夏休みの子供たちと一緒にこうしていると、なんだか、わたしも、一緒に夏休みの気分です。実際には、ただの、普通の週休の一日なのに。まるで子供の頃の夏休みにタイムスリップしたみたい。薄暗い座敷の奥から、今にもお祖母ちゃんが声をかけてくれそうな……。 いけない、今は泣いてはいけませんね。子供たちがびっくりしてしまいます。 それにしても、不思議な状況です。わたしが、四人の男子小学生と一緒に、うちの縁側でかき氷……。まさかこんなことがあるなんて、想像もしていませんでした。 反田さんと知り合ってから、わたしの休日は、ときどき少し不思議な日になるようです。 そうそう、荻原動物病院に電話したところ、スノーウィは、もう大丈夫だそうです。一時はどうなるかと思ったけど、本当に良かった。荻原先生、お年なのでモウロクしてるとかヤブだとか言う方もいるし、本来は馬が専門で犬猫のことはよくわからないらしいという噂も聞きましたが、やっぱり頼りになります。なにしろ、スノーウィのことは、子犬の頃から面倒見てくださっているのです。スノーウィの前、わたしが小さい頃に飼っていた犬のエスだって、ずっと荻原先生に診ていただいて、ずいぶん長生きしたのです。 |
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