〜『里菜と竜兄ちゃん』シリーズ おまけ小話〜 『ビ○ーと竜兄ちゃん』 |
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本作は異世界ファンタジー『イルファーラン物語』の後日譚『里菜と竜兄ちゃん』シリーズの、さらに後日譚です。
『里菜と竜兄ちゃん』シリーズを読んでいれば、『イルファーラン物語』は未読でも読めます。
おふざけ&時事ネタ、ご容赦ください。
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従妹の美紀から、いきなり妙なDVDを送り付けられた。 竜兄ちゃんはきっとこれにハマるに違いないから見てみろ、と、言うのだが……。 今、世間で流行っているというエクササイズ教材、『ビニーズ・ブートキャンプ』である。 ビニー氏なるインストラクターによる軍隊風の指導が爆発的な人気を得ているらしいということは、俺も、一応は知っていた。 知ってはいたが、特に自分がやってみようという気は無かった。 何かのスポーツを専門的に極めるつもりならコーチによる指導も必要だろうが、俺の場合、日常生活における健康維持のための運動くらい、高価な教材に頼るまでもない。俺は自分で自分に最適なプログラムを組めるし、やろうと思えばそれを確実に実行できる。自分の身体にどんな運動が必要かは、自分が一番良く分かっている。 もちろん、それはあくまで俺の場合であって、ああした教材の存在意義を否定するわけではなく、それで効果を上げる人もいるだろうとは思うが、とにかく、俺には必要の無いものだ。 美紀はなぜ、俺がこれにハマるに違いないなどと、あそこまで確信を持って断言するのだろう。 美紀は良い娘なのだが、ちょっと思い込みが激しく、強引で押し付けがましいところがある。困ったものだ。 でも、せっかくくれたのだから、一応、見るだけ見てみよう。 実は、少し、興味はあったのだ。 そんなに流行っている指導法とは、いったいどのように優れたプログラムなのか。なぜそれがそんなに広く世間に受け入れられているのか。また、このように多くの人の心を虜にしているらしいビニー氏のカリスマ的な指導力とはいかようなものなのか。 そのような観点からこの教材を見てみれば、何かしら学ぶもの、得るところがあるのではないだろうか。 というわけで、DVDを再生してみた。 画面の中では、筋骨たくましい黒人男性が跳び回っている。なるほど、見事な体格だ。彼は51歳だそうだが、このDVDを収録した当時は40代だったとしても、その年齢であの体形とあの動きを維持しているとは、素晴らしい。俺も見習いたいものだ。 ビニー氏は、噂に違わず、盛んに熱っぽい激励を飛ばしている。なるほど、この時代錯誤的な暑苦しさが、長らく『がんばらない』ことばかりがもてはやされて来た今の日本では、かえって新鮮なのかもしれない。 さらに良く見てゆくと、彼は大声を張り上げてはいるが、決して怒鳴ってはいないことが分かる。どんなに声を張り上げるときでも、その声のトーンは、実は決して激しておらず、常に一定して、強くはあるが穏やかだ。なるほど、信頼される指導者、安心してついてゆきたくなる指導者とは、こういうものだろう。 また、翻訳の字幕も成功していると思う。ビニー氏の口調が、乱暴過ぎず堅苦し過ぎず、親しみが持てる良い匙加減だ。 たとえば、彼が視聴者に呼びかけるときの言葉に、『あなた』でもなければ『おまえ』とか『貴様』でもなく、『きみ』を選んだのは、良い選択だと思う。もし彼の呼びかけを『あなた』とか『貴様』と訳していたら、この教材にこれほどの人気が出たかどうか。字幕翻訳者は、良い仕事をした。 それにしても、彼の声かけのタイミングは、噂に違わず絶妙だ。これは見習うべきものがある。軍隊式というから、何かもっと『鬼軍曹のシゴキ』的なものを想像していたが、はやり、基本は褒めと励ましなのだ。実に参考になる。 温和な笑顔で飴と鞭を使い分け、力強く士気を鼓舞する、彼の人心掌握術。むぅ、たいしたものだ。……これは、もしかすると、師と仰ぐに足る男なのではないだろうか? それにしても、みなが運動しているのを見ていると、はやり自分も身体を動かしたくなってくる。あの運動は、確かに効きそうだ。 妻の里菜は、隣で、 「あはは〜、あの動き、変! やだぁ、ほんとに飛行機ブーンだぁ! あれが噂の『糸巻き巻き』ね?」などと、笑いこけながら見ている。 いや、まあ、確かに見た目は少々ヘンなものもあるが、あれはなかなか良く出来たトレーニングだと思うぞ。 画面の中のビニー氏たちの動きと音楽がスローテンポになった。片手を高く上げ、片足に体重をかけて片方の腰をくねっと上げる、ちょっと不思議な動きだ。 それを見て、里菜がまた大笑いしている。 「なにあれ、あのポーズ、ヘン〜!! あっ、何かに似てると思ったら、分かった! サタデーナイト・フィーバーのポーズだぁ! 知ってる? ほら、ジョン・ ……いや、それは『トラボルタ』だろう。 しかしあれは、確かに見かけは少々奇妙かもしれないが、なるほど、効くだろう。 やはり、俺もちょっと、やってみたい。 実は、近頃ちょっと運動不足気味で、ストレスというほどでもないが、自分の身体が鈍り始めたことを感じて、身体を動かしたいという欲求がひそかに昂じていたのだ。 結婚前は、健康を保つ程度の筋トレを毎日の習慣にしていたのだが、結婚して、妻が同居するようになってから、なんとなく遠慮して、運動しづらくなっていた。 狭い部屋の中、大きな身体の俺が床面積を占拠してどたばたするのも迷惑だろうし、俺と違って繊細な妻がせっかくちんまりくつろいで本を読んだりしている横で、こんなむさくるしい武骨ものが一人で大汗をかくなど、彼女の小奇麗で慎ましい世界をぶち壊すようで、なんとなくはばかられる。 が、身体は、動かしていないと鈍るものだ。 俺は、自分の身体が鈍るのは我慢できない。自分の身体は常に自分で完璧にメンテナンスし、最適なコンディションを整えておかなければ気がすまないのだ。自堕落な生活や不摂生によって体力が衰えたり体形が緩んだりするなどという怠慢を、自分に許す気は無い。 自分の身体ひとつ適切に管理できないものが、犬たちに責任を負えるだろうか。犬たちやその飼い主たちに信頼される価値があるだろうか。 そして、大切な妻を、家庭を、守れるだろうか。 そうだ、一家の大黒柱として、家庭を守るためにも、健康は大切だ。いかなる不測の事態にも身体を張って立ち向かえるよう、体力増強・健康増進に努めておくべきだ! ……で、このゴム紐はどうやって装着するんだ? 「里菜、悪いが、ちょっとそちらに寄って、この場所を空けてくれないか?」 「ええーっ、竜、やるのぉ!?」 「……」 「竜はもうそれ以上、筋肉つけなくていいよぉ……」 「……いや、健康維持のためだ」 「えー……」 里菜はしぶしぶ部屋の隅に移動して、場所を明け渡してくれた。 すまない。いつかもっと広い家に住めるように、俺は頑張るから。 だから、そのためにも、すべての元手となる基礎体力を蓄えるため、身体は鍛えておかねば! * ……それから半月。 七日間で『ビニーズ・ブートキャンプ』の全過程を修了した俺は、その後の長期継続用コース、『ビニーズ・ブートキャンプ・エリート』を購入し、日々、トレーニングに励んでいる。 やはり、身体は動かすべきだ。全身これ、すこぶる快調だ。 里菜はなぜ運動が嫌いなのだろう。彼女こそ、健康のために少しは身体を鍛えたほうがいいだろうに。 里菜は、ただ、俺が運動している後ろで、たまにDVD画面に目をやっては、笑うばかりだ。 なにしろ、この『エリート』には、前作以上に、里菜の笑いのツボにはまるようなヘンなポーズや動作が多いのだ。 「あはは〜、やだぁ、ゴリラみたい! みんなそろって、おサルのポーズ! ウッキー!! あはは〜、みんなで駄々こねてる! 『ヤダヤダ』のポーズ! やだぁ、内股 で『ぶりっこ』のポーズ!? みんな、可愛い〜! プッ……」 笑わば笑え。はたで見ているだけのものには滑稽かもしれないが、これはみな、非常にきつい運動なんだぞ。やってみれば分かるだろう。 いや、でも、彼女にこれは無理だな。あまりにも筋力が無さ過ぎる。彼女に運動をさせるなら、もっと初歩的なレベルから、無理なく徐々にレベルアップ出来るようなプログラムを組まなければならないだろう。なんとかして彼女に運動を始めさせることは出来ないだろうか。一緒に運動が出来たら楽しいと思うんだが。 ……などと考えながら、次々とメニューをこなしていると、里菜がまた、ぷっと吹き出した。 「……やだぁ、竜、その運動って、なんかちょっとイヤンな感じだよ?」 いや、まあ、確かに、この運動は、見た目はちょっとヘンかもしれない。上体と足元は固定したまま、腰だけを前上方にくいっと押し出す動作なんだが……、確かに、見ようによっては、人前でやるには少々不適切な、体裁の悪い動作のように見えなくもないだろう。 ……が。 笑わば笑え。このミッションを完遂するためには、俺は、これをやらねばならないのだ! 体裁なんて知ったことか。俺はやるぞ、ビクトリー目指して! 一日のトレーニングの最後は、中腰で腕を上げた姿勢をキープしながら、数分間、ビニー氏の精神訓話を聞くことだ。 いや、直輸入盤で字幕が付いていないので、何を言っているかは実は良く分からないのだが、たぶん精神訓話なのだろう。 ビニー氏が画面の中で何やら長々と説教している間、、こっちは一見ただじっとしているだけに見えるだろうが、この姿勢をじっと動かずに保つのは、かなり辛いものだ。はたで見ているものには分からないだろうが。 じっと堪えているだけで、汗が床にぼたぼたと滴り落ちる。すまない、里菜。後でちゃんと拭いておくから。 そうやって、辛い姿勢に耐えながらも、頭と口はヒマなので、さっきからずっと考えていたことを、里菜に話しかけてみた。 「里菜、君も、俺と一緒に、少し運動をしてみないか? 君は、健康のために、少しは身体を動かしたほうがいい。ブートキャンプは無理でも、もしやってみる気があれば、俺が君の体力に合わせた無理の無いトレーニングプログラムを組んでやろう。将来の骨粗しょう症の予防にもなるぞ」 案の定、里菜は困ったような顔をした。 「ええーっ……」 その反応は予想通りだったが、次の言葉は予想外だった。 「えっとね……。あたし、今は、あんまり激しい運動しちゃいけないんだ……」 「なぜだ?」 ……まさか具合でも悪いのか? 「さっきから言おう言おうと思ってたんだけど……。あのね、赤ちゃんが出来たの」 ……ちょっと待て。今、なんて言った? 「今日の昼間、お医者さんにいってきたんだけど、竜が帰ってくるなりビ二ーに夢中だったから、言いそびれてたの」 「り、里菜!」 俺はトレーニングを放り出して里菜に向き合った。 こんなとき、なんと言ったらいいんだろう。『おめでとう』というのも他人ごとみたいだし、『ありがとう』というのもなんだか一方的な気がするし、『よくやった』というのも何か違う気がする。この感動を、感慨を、どう伝えたらいいんだろう。 結局、数瞬間まじまじと里菜を見つめた挙句に口から出てきたのは、なんということはない、こんな言葉だった。 「……今、何ヶ月だ?」 「三ヶ月だって」 ……ということは、正味約二ヵ月半だな。 俺はすばやく日付を逆算し、記憶を検索した。 うん、たぶん、あの晩だ。 グッジョブ、俺! 「えへへ……」 照れくさそうに、でも得意そうに微笑む里菜。 ああ、なんて可愛いんだ。なんて愛しいんだ! 胸いっぱいに湧き上がる愛おしさ。 けれど、この愛しさを伝える言葉を、俺は持たない。 だから、言葉の代わりに、黙って里菜を抱きすくめた。しっかりと、けれど注意深く、そっと。 抱きしめてしまってから、今の自分が汗びっしょりだったこを思いだしたが、抱きしめてしまってから気づいても、もう遅い。どうせもう遅いんだから、なに、かまうものか。だって俺は、どうしても、今すぐ里菜を抱きしめたかったんだ。 「里菜……」 我ながら、俺は、名前を呼ぶしか能が無いのか。 そう思いながらも、やっぱり他には何も言えなくて、ただ黙って、腕の中にますます深く里菜を抱えこんだ。 ああ、なんて小さいんだ。こんなに小さいのに、その胎内に俺の子を宿してくれているなんて……、なんて健気なんだ! 里菜、大変だろうが、頑張ってくれ。俺も頑張るから。俺は、君と、君の中の小さな命を守るために、この先、何があっても、絶対に頑張るから。君と子供に害をなすものすべて、虎が来たって熊が来たって素手で倒せる俺になってみせるから!! ……いや、さすがに、素手で虎は、ちょっと無理か。 背後の画面の中では、いつのまにかビニー氏のお説教タイムが終わっていた。 弾ける歓声。 『イェ〜イ、ビクトリー!』 画面の中のみんなの歓声とビニー氏の満面の笑顔が、まるで俺たちを祝福しているような気がした。 口に出しては言えないが、里菜、君を妻に得たことは、俺の人生最大のビクトリーだ! ……終…… 【謝辞】 アイディアを下さったKさん、ありがとう! |
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