The Furies

第1章 運命の輪

嚆矢-3

三人の騎士に導かれ、無事サニレの森を抜けた一行は、首都アドレアの城下町に入ろうとしていた。さすが首都だけあって、街道の手前には大きな検問所があり、目に入るのはどこまでも続く高い石造りの城壁だけである。城壁の周りはぐるりと深い水堀が取り囲み、吊橋を渡らねば町には入れない。雇い主の男爵夫人の執事が町の手前の検問所で証明書を見せ、身分を明らかにしている間に、騎士が先程の野党の一件を報告していた。

「最近サニレの森は物騒になってきたようだ。辺りの警護を増やし、巡回経路を見直して強化するように」

厳しく言いつけているのはあの金髪の騎士で、応対する検問官の態度から、彼が相当身分や権力があるように思われた。

「ああ、ようやく手続きが終わったようですね。それでは参りましょう」

サヴァニ男爵夫人の乗る馬車に向かって声を掛けると、一行が城下町に入る吊橋を渡ろうとするので、ユンは慌てて声を掛けた。

「無事に警護も終わりましたので、こちらで失礼させて頂きます。お迎えに上がるのは明日の昼ということでよろしいでしょうか?」

すると、金髪の騎士がさっとユンに近付いてきた。

「どちらに行かれるのでしょう。もしよろしければ、貴殿も我が邸にお招きしたいのだが」

と思いがけない申し出をされ、一瞬、ユンは声も出せずに固まった。

「…私のような下賎の者が、何故高貴な方のお住まいに参れましょう?誠に有難いお申し出なれど、お断りさせて頂きとう存じます」

俯きながら、やんわりと辞退すると、相手はしばらく沈黙している様子。ユンは不審を感じて顔を上げた。驚いたことに、騎士は刺すような目つきでユンを見つめていた。

「いや、ぜひお招きしたいと思う。来られよ」

最後のひと言は有無を言わせない威圧感に満ちた声音で、とてもユンの立場で断れそうもなかった。背中を汗が伝って落ちる。

(どうしよう)

ユンは内心の動揺を押し隠し、無表情に頭を下げた。どうやらここで言葉を重ねて断っても、どうしようもないらしい。

(隙を見て逃げるか… でもそうしたら報酬が)

唇を噛む。思い切り暴れたのがいけなかったと後悔するが、もはや今さらどうすることもできない。重い石の塊を飲まされたような気持ちで、ユンはしぶしぶ馬車の後ろについた。


◇ ◇ ◇


噴水のある大きな広場を抜けると、市場に入った。活気溢れる喧騒に満ち、歩道は身動きできない程の人出で賑わっている。ぎっしりと売り物を並べた左右の露店からは、ひとつでも多く何か物を売ろうと競い合う派手な売り子の声が上がっていた。久々に触れる都会の雰囲気に、ユンは胸を弾ませながら馬を進めた。

(この明るさ。やはりユリウス王は賢君と讃えられるだけあるわ)

先の王、レアレス王が崩御した三年前、ユリウスは若干二十三の若さであった。レアレス王はたとえ王族であっても、民の文化や思想を直接肌で感じることが大切だと、王子を民間に交えて教育を受けさせた。王子は父の願いを真摯に受け止め、学問に励み、ゼナス国最高学府のアカデメイアをトップの成績で卒業した。未来が期待された第一王子ではあったが、体は皇后に似て弱く、それだけがゼナス国の国民達が憂慮するところであった。

若くして王位に就いたため、現在元老五家のうちレイノール公爵家が暫定的な後見人に指名され、王子の相談役として補佐を行っていた。そんな、ゼナス国の最有力とも言える権力者の邸に今、ユンは向かっているのである。


◇ ◇ ◇


一度町の中心部へ入り、東に抜けたところにレイノール公爵邸はあった。巨大な白亜の表門を抜けても、邸が見えるまで時間がかかる大豪邸である。美しい緑や花々に彩られた庭を眺めながら玄関に着くと、先導してきた金髪の騎士が馬を降り、馬車の扉を開けて優雅に男爵夫人の手を取った。

「さぞかしお疲れになられたでしょう。すでに早駆けさせた者がご到着をお伝えしておりますので、すぐにおもてなしをさせます。どうか中でごゆるりとお寛ぎ下さい」

男爵夫人は満足そうに頷き、お付きの者を従えて邸の中に入っていく。そのうち数人の下男が出てきて、荷物などを下ろし始めたが、ユンは馬を降りたところでそのままどうしようかと立ち尽くしていた。ふと背後に気配を感じて振り向くと、執事らしき男が静かに立っていた。

「オルフェリウス様からお伺いしております。こちらへどうぞ」

戸惑いを隠せないユンを、落ち着いた様子で邸の裏へと案内していく。奴隷姿で、目も当てられない様子のユンを、やはりいきなり邸に入れることはできないのだろう。横手にある細い小道は、両側に植えられた高い木々に遮られて周りの様子があまり掴めない。そのまましばらく歩いていくと突然視界が開け、こじんまりした質素な建物が現れた。どうやら使用人棟らしい。執事が扉を開けてくれたので中に入ると、まっすぐに続く廊下はひんやりとした静寂に満たされていた。

「貴女様にはまず、湯浴みの用意をさせて頂いております。衣類も当家でご用意させて頂きましたので、お召し替えを願います」

そう言いながら執事が案内したのは、言葉通り浴場で、中から薄物を纏った女がひとり出てきた。

「この者がお世話を致します」

そう言うと執事は立ち去った。

(どうしよー!)

内心パニックに陥っていたが、「動揺を表に見せない」訓練をイヤというほど積んでいるユンは、またもや無表情で浴場への扉をくぐった。

(どうしようもないよね…)

妙に悟った気持ちになり、気持ちを切り替えて好意に甘えることにする。何せ、久々の風呂である。楽しまなければ損というものだ。追い詰められると開き直る性格故、ユンは鼻歌でも歌いだしそうな顔で脱衣場に入っていった。




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