The Furies

第1章 運命の輪

嚆矢-2

翌日、約束の刻限に現れたユンを連れて、貴族の一行は首都アドレアに向けて出発した。 アドレアに住んでいる別の貴族への訪問のために、馬車には高価な贈答品が積んである。 雇い主は相当高い身分に思えたが、こちらがこんなに贈り物を用意するところを見ると、 相手はさらに身分の高い貴族に違いない。

実を言うと、ユンはアドレア行きに乗り気ではなかった。しかし最近金の工面がつかなかったし、 久々に剣を持てるという誘惑に勝てず、この仕事を受けてしまったのだ。 幼い時からいつも身近にあった愛用の剣は今、傍らで静かな存在感を放っている。 無意識にその柄を撫でながら

(ま、あんな大都会で知り合いに会うことなんて滅多にないでしょ)

とユンは一抹の不安を振り払った。


◇ ◇ ◇


もうすぐアドレアに入るという手前に広がるサニレの森で、どうやら待ち伏せをされていたらしい。 見るからに性質の悪そうな、旅人狙いの野党の一団に囲まれた。

「おい、大人しく金目のものを出しやがれっ!」

粗野で下品な声が響き、わぁっと盗賊たちが馬車に目掛けて群がった。 それまで平穏無事に過ごして少々気が抜けていたユンは、襲ってきた野党たちに向かって、 少女が浮かべるには似つかわしくない凄みのある笑みを浮かべた。

(ようやくひと暴れ出来そうね)

すらりと鞘を払って剣を取ると、その刀身は水を含んだように濡れ光り、暗い森の中で木漏れ日を受けて美しい輝きを放った。盗賊たちを蹴散らすように馬車に馬を寄せ、

「大人しくなさって下さい。絶対に馬車の扉を開けないように!」

と中にいる雇い主に声を掛け、足元に群がる男に鋭い一閃を浴びせた。

大男が声も上げずに地面に倒れ伏した。


ひとり、またひとり…


馬を操る少女は、まるで舞を舞っているかのごとく華麗な動きで大の男を切り伏せていく。

確実に急所を狙っているらしく、全てのものが一太刀で動きを止めた。 少女とは別に、数人の護衛が雇われていたのだが、少女のあまりに鮮やかな手際に手を出す隙のないまま、 この襲撃はあっという間に抑えられてしまった。


「よ…よくやってくれたわ…」

息も絶え絶え、といった様子の貴婦人に馬をおりて頭を下げたユンは、呼吸の乱れもない。 ふと、馬の蹄の音に気付き、ユンは新手の敵かと肩を緊張させた。

「驚かせたかな、申し訳ない」

低くよく通る声が聞こえ、三騎の馬が近付いていた。

「我々はレイノール公爵の使いのもの。サヴァニ男爵夫人のお出迎えに参りました」

馬上の人影は礼儀正しく口上を述べたが、ユンは顔色が変わるくらい驚いた。

レイノール公爵!?ではこれからレイノール公爵家に行くのか、この雇い主は!

契約は「旅路の警護」であって、行き先がどこだとは聞かなかった。 興味もないし、自分には全く関係ないと思っていたからである。しかしどうやら関係大アリだ…

息を呑み、ユンは静かに馬車の陰に隠れるよう移動した。が、どうやら使者は 先程の戦闘の様子を見ていたらしかった。

「遠目から襲撃の様子を拝見して、もしや手遅れかと心配しましたが、どうやら上手く切り抜けられたようで安心致しました。 で、そちらの女性は一体…」

急に強い視線を送られて、ユンは思わず馬上にある相手の顔をまじまじと仰ぎ見た。 金色のくせのある前髪からのぞく、深い琥珀色の目。人を奥まで見透かすようなまっすぐな眼差しを見つめ返しながら、 凛々しく引き締まった男らしい顔立ちに、この人はさぞかし都の女性にもてるだろう、とユンは結論付けた。

「首都までの道行きが不安だったので雇った奴隷ですわ。女ながら剣の腕が立つと噂を聞いたので」

貴婦人が答えている。

「剣の腕が立つ奴隷、ですか。警護の仕事をする奴隷も、最近では珍しくありませんが… それにしても…」

何を言いたいのか語尾を濁し、まだユンを眺めている。 そっと視線を逸らして俯くと、ようやくその使者は馬首を返した。

「お迎えが遅くなって申し訳ありません。これより邸までわたくし達がご案内致します」

一行の先頭に立つ騎士に従い、ユンも黙って馬に跨り後に続く。どうせアドレアに入れば雇い主とは別行動だ。 レイノール邸に行くこともなければ、レイノール公爵に会うこともない。 しかし、気を付けねば…とユンはぐっと気を引き締めた。




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