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「仙腸関節は可動関節か?」という議論が、いまだにあるようだ。 日本の解剖学の授業ではまだ、「仙腸関節は不動関節もしくは半関節」として 教えられているようである。 つまり、公には仙腸関節は動かない関節である、という事になっている。 それでも「動かない」から「殆んど動かない」といった微妙な変化はあるようだ。 しかし臨床の場ではかなりの変化が見られ、最近では「仙腸関節は動く」と考えている 整形外科医も、もはや少数派ではないようだ。 近年では仙腸関節由来の疼痛に対して「関節ブロック」や「骨盤ベルトの装着」といった 保存療法のみではなく、「外科的に仙腸関節を固定する方法」も、一部では選択肢の一つに 挙げられるようになってきている。 私が柔整の専門学校に在学していた頃に比べると、仙腸関節に対する考え方には 隔世の感がある。 「仙腸関節が原因」等と主張するのはカイロを始めとした一部の手技療法家だけで、 医師の間では、それ自体が批判の対象となっていた時代がある。 しかし今や、医師やPTたちもようやくその重要性に気付き始めたようである。 ところが残念なことに、これまで仙腸関節の重要性を長年に渡り主張し続け、 仙腸関節に関する考察も徒手的なアプローチに関しても一日の長があるはずの カイロプラクター達が、近頃仙腸関節の重要性をあまり意識しなくなってきた。 もちろん「重要な関節である」という認識に変わりは無いのだが、 仙腸関節をそれほど特別な関節だとは思わなくなってきているように感じる。 以前なら仙腸関節が可動関節であるという事を疑うカイロプラクターは皆無だったが、 最近は「仙腸関節は動かないのでは?」と考えるカイロプラクターもいるようだ。 確かに仙腸関節の解析は困難で、簡単にはその動きを見出す事は出来ない。 「動く」とは言ってもそれはほんの僅かで、他の関節のように「眼に見えるような動き」、 とは少し違う。 それ故「仙腸関節は不動関節」といった解釈が、事実として受け入れられてきたのだろう。 しかし国内外共にもう幾つも仙腸関節の動きを分析した論文は出ているし、 何よりも、実際に動きを感じ取る事が出来る。 しかし残念ながら「骨盤矯正」を前面に押し出し盛んに“営業”しているのは、 カイロプラクティックよりも、むしろ何も分かっていないような胡散臭い整体のほうが 多いようにも思える。それはそれで複雑な気持ちになる。 「仙腸関節は動かない」と主張する人たちにも当然言い分があり、 単に感情的に否定しているわけではないだろう。 しかし演繹的に見れば、仙腸関節が動かないとするのは、少々無理があるように思う。 仙腸関節には多くの靭帯が張り巡らされ、かなり強固に(靭帯で)固定されている。 実際の解剖では仙腸関節を分離するのはかなり困難な作業で、 手の力ではびくともしないほど強く結合されてはいるが、 確実に関節面を露出させる事は可能だ。 つまり、仙腸関節が骨性に癒合してはいない事が証明される。 もし仙腸関節がはなから可動性を求められていない関節であるなら、 関節は早期に癒合すべきである。 動きを求められない関節が癒合しないという点に付いての合理的な説明は困難だろう。 現に仙腸関節を形成する仙椎は20年前後で1つに癒合し、仙骨となる。 もし仙腸関節が非可動であるなら、仙椎と同時に関節面は癒合するだろう。 そもそも、動かない関節が靭帯で強固に固定される必要があるだろうか? 動きが無いところに靭帯など不要なのではないだろうか? それだけ多くの靭帯が仙腸関節に存在している意義は動きを抑制する為であり、 動きを抑制する為に靭帯が在る、と言えるのなら、そこは“動く”という事になる。 さらに言えば、それだけ強固に結合されている事自体が、 この関節の重要性を表しているようにも思えるのである。 その他、恥骨結合の可動性が確認されている事を考え合わせても、 仙腸関節が不動関節と考える事には、まるで合理性が無い。 最も私も仙腸関節の動きはこれまで言われてきたようなものではない、と考えていて、 自分自身の仮説に基づく理論に立脚している。 その点では、今多くの人が支持している理論に対しては批判的な立場を取る側の人間である。 ただ、仙腸関節に対する思い入れは多くのカイロプラクターよりも強いと思っている。 今ではカイロも多様化し、数多い考えの中から各々が選択し、それぞれの判断に基づいて 矯正は行われる。 故に、「関節矯正が目的ではない」とする立場をとるカイロプラクターも多数存在する。 それはそれで問題はないし、私自身も関節矯正には固執しているわけではない (というより、殆んど一般的にイメージされるような関節矯正はしていない)。 しかしそれでも「仙腸関節は動く」という事実は重要であると思っているし、従来と変わらず、 カイロプラクターにとっては一際特別な関節であるとの認識を持つべきであると考える。 今や仙腸関節に対する関心は、医学会のほうが高まっているという印象すらある。 それに対して私のような一カイロプラクター(自称)がとやかく言うような問題では ないのかもしれないが、カイロ団体はそれでも良いのだろうか? これまで仙腸関節の矯正に特別の拘りを持ってきたカイロプラクターが、 また医学会からの借り物の理論で、自説を再評価せねばならなくなるのでないかという危惧が 私にはある。 まだ結論が出ていないこの関節の解析が今後結論に達したとき、 カイロプラクターのこれまでの主張が認められるという保証はどこにもない。 むしろ否定される可能性もあるということを、もっと認識すべきではないだろうか。 我ながら少々ムキになっているようにも思うので、ここで話の向きを変えてみようと思う。 仙腸関節の矯正が著効を示す症例は数多い。 それは腰痛に限らず、体幹・上肢・下肢問わず、仙腸関節のみに対するアプローチで、 即時的に改善してしまう例も少なくない。 これはもちろん、「仙腸関節は動く」ということを前提としたものである。 中には全く関連性を見出せないものまで改善してしまうので、術者本人が驚く事も多い。 果たしてこのような効果を日常的に経験している施術者が、世の中にどれだけいるだろうか? 仙腸関節に懐疑的な人が手技療法を実践している者の中にいるとすれば、 それはおそらく、仙腸関節矯正による劇的な改善例を目の当りにした事の無い方達だろうと予想する。 何度も言うが、仙腸関節のみにアプローチするだけで改善する症例は多い。 少し改善、という例を含めれば、何らかの関連を示唆する症例は相当数に上る。 それをたまたまではなく日常的に経験しているのとしていないのとでは、 仙腸関節に対する認識に雲泥の差が生じるのも当然である。 これはなにも仙腸関節の矯正に限ったものではなく、全ての手技理論に共通して言える事だが。 以前、「関節運動学的アプローチ」(以下AKA)の第一人者であり、整形外科医でありながら 徒手療法を実践されている住田憲是先生とお話をする機会があった。 AKAでは、扱うべき全ての症状に対して仙腸関節が第一選択部位である、とされるほど、 仙腸関節を重要視している。 立場は違えど、私が仙腸関節に高い関心がある事が伝わったのか、 非常に真摯な対応で多くのことをご教授いただけた。 この時住田先生が「手技をマスターするのがとにかく大変なので、なかなか一般の医師には 分かってもらえない」と、残念そうに話しておられたのが印象に残っている。 住田先生のこの心情を、私はとても良く理解する事が出来る。 仙腸関節の重要性を忘れたカイロプラクターを見るたびに私は、 仙腸関節矯正の有効性が「何故伝わらないのか?」と、疑問に思う。 しかし、効果を実感した事のないカイロプラクターにいくら力説しても、 それは「絵に描いた餅」でしかない。 基本的に医療は、誰が誰に対して行っても一定の効果が得られるものでなければ スタンダードにはなれない。 カイロがいまだに日本で認められないのは、この効果の評価が定まらないからというのが一因でもある。 つまり、施術者によって効果にばらつきがあるのだ。 これはカイロに限らず、手技療法自体にそのような側面がある。 技術はさることながら、施術者の感性が施術効果を左右する事が多いので、 施術者間での技量と感性が同じレベルに達していないと、話さえ伝わらない事がままあるのである。 そして残念な事に、同様のレベルに達する事が出来ず効果を実感出来ない施術者は、 その理論を否定する側にまわる事が多い。 AKAにも同じ事が言えるのだろう。 医師がその効果に目を向けたとしても、実際に自身が体感できるまで訓練を積もうと努力する人は 現状では極めて少ないだろう。 何故なら、症状を隠してしまう方法が医師には多様にあるし、手技の対象となる患者の殆んどは 命に別状はない疾患だからである。 しかし最近は、そんな状況にも変化が見られる。 多くの医師が徒手療法に目を向け始め、これまであまり積極的な治療がされてこなかった「腰痛」などに 真面目に向き合い始めているのである。 おそらく今後、AKAに対する関心はますます高まっていく事が予想される。 憶測だが、多くの医師がAKAを習得し、その効果を実感する事出来れば、 それは腰痛だけではなく多くの症状に対しても有効であるという事が証明されるだろう。 そしてそれは仙腸関節に対するさらなる関心へと発展するだろう。 もしこれが想像ではなく現実のものとなったら、我々カイロプラクターは、 仙腸関節に関して簡単にリードされてしまう可能性がある。 私はこれまで仙腸関節に関する多くの文献に目を通してきたが、既存のもので 納得の出来る理論に出会った事はない。 仙腸関節に関心を持つ人が同じ事をすれば、誰もが同じ感想を持つはずだと思う。 私の理論も、当然仮説の域を出るものではないが、 カイロの理論に至っては、「纏まりすらない」といっても過言ではない。 それ以上に、もはや「仙腸関節」に固執した考え方は、「古い」とさえ言われかねない雰囲気すらある。 しかし、もう一度よく考えて欲しい。「仙腸関節のことはまだ分かっていないのだ」という事を。 動くか動かないかの議論をしている現状を見れば分かるように、そんな事でさえも誰もが共通の認識を 持てないほど解析の遅れた関節なのである。 しかしいずれは、仙腸関節の全容が科学的に解明される日が来るだろう。 それもそう遠くはないのではないかという予感が、私にはある。 そしてそれは、カイロプラクターの手によってなされる事はないような気がしている。 果たしてその時に、これまで行われてきたカイロテクニックの正当性は証明されるだろうか? カイロプラクターはどのような立場で、そこに位置付けられるのだろうか? 仙腸関節の解析が、カイロにとって追い風になるとは限らない。 私の仮説も完全に否定されるかもしれない。 しかし、それは人類にとって大きな前進となることは間違いないと私は確信している。 そう、仙腸関節に関する議論は、まだスタートラインにさえ立っていないのである。 |
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