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「仙腸関節と私」 変なタイトルですね。少しふざけています・・・。 さて、このサイトが「仙腸関節」に関する論文を公開するために 開設したものであることは、すでに説明しました。 ここでは、その「仙腸関節」についての簡単な説明を行うとともに、 筆者である「私」と「仙腸関節」との間柄などに付いて、 少し触れておこうと思います。 「仙腸関節」と言われても、特定の方を除いては、 知らない方のほうが多いのではないかと思います。 肩関節や膝関節などに比べると、あまり馴染みのない 地味な関節と言えるかもしれません。 しかしこの関節は、人体にとってとても重要な関節であるばかりでは無く、 実に「不思議」で「興味深い」関節でもあるのです。 その関節は骨盤の中に左右2つあり、脊柱を支える土台となる「仙骨」と それを両側から挟み込む左右の「腸骨」とを繋ぎ合わせる、 面積僅か15cm²弱の小さな関節です。 しかも、体重を支えながら動く、という関節であるにもかかわらず、 関節面が垂直に近い状態で骨盤内に位置しているのです。
あなたの体重を、上に示したこの小さな面が垂直に近い状態で支えている、 ということを、ちょっと想像してみてください。 そして、想像しながら片脚立ちで飛び跳ねてみてください。 今、あなたの体重の数倍の重さを、この小さな面が支えています (しかも縦ですよ、縦!)。 少し興味がわきませんか? 荷重を受けながら動く、という関節は人体の至る所にあります。 例えば、膝関節、股関節、脊柱の椎体間関節等々、 ヒトが重力下で、重力に逆らいながら生活をしている以上、 可動部位(不安定)である関節面で身体を支える(安定)、 という矛盾した状況を避ける事は不可能です。 また、そのような相反する機能があるからこそ、 ヒトは自由に動く事が出来る、とも言えるのです。 当然ですが、それらの殆んどは、荷重を水平面で受けます (掌〈てのひら〉を上へ向けて物を持つ時のように)。 しかし前述したように、仙腸関節は垂直面に近いのです。 余程の力持ちでも、掌を縦にした状態で数十キロの物を 持ち上げることは不可能でしょう。 ですが、仙腸関節はそれをやってのけます。 しかも、測定が困難なほど僅かな可動域ではあるものの、 仙腸関節は、関節内に滑膜組織を有するれっきとした可動関節なのです。 国際的にも評価の高い「グレイ解剖書」も、 「仙腸関節は可動関節である」と認めています。 ただし、日本では相変わらず、「半関節」や「不動関節」という表記が 一般的なようです(つまり「動かない」事になっている)。 私の所属する「パシフィックアジア・カイロプラクティック協会(PAAC)」では、 毎年ハワイ大学で、実際にメスを使った解剖実習を実施しています。 その、「実際に御遺体を解剖させて頂く」という貴重な経験の中で、 仙腸関節の分離を試みると、それはヒトの力ではびくともしないほど 強固な結合力を持つ関節である事が実感できます。 その、決して分離することが出来ない程の強靭な支持性を目の当たりにすると、 「この関節は動かないかもしれない」と本気で思えるほどです。 しかし逆に言えば、ヒトの腕力のみで簡単に分離してしまうようでは、 時には数百キロにも及ぶ加重に耐えることは出来ないのです。 少なくともその動きの中では、数十キロの加重が常に加わリ続けるのですから。 そんな仙腸関節の事を書き始めると、紙面がいくらあっても足りないほどなので、 ここでは要点だけを簡単に紹介します。 仙腸関節の重要な機能は、「身体を支持しながら動く」ことに加えて、 1. 仙骨の動きを調節することで、荷重を左右下肢へと伝搬する。 2. 同じく仙骨の調整により、下肢の筋力を脊柱へと伝達する。 3. 脳脊髄液の循環動態に深く関与する。 と、大きな役割は上の3つだと考えられます。 これらが身体運動とヒトの健康に深く関わる重要な役割を担っています。 また、その構造と機能との関係性は、シンプルでありながら実に精巧です。 仙腸関節の重要性については、 このサイト内の至る所で取り上げていますので、ここでは一点だけ。 上に挙げた機能の中から、特に荷重支持に注目してみましょう。 前記の通り、荷重は骨格全体で支えられているのでは無く、 骨の連結部では、関節によって支持されているのです。 ここで特に強調したい点は、 「僅か15cm²(実際の平均値はそれ以下)の関節面が、 垂直に近い状態で全荷重を支えている」という、 その特異性についてです。 カイロプラクティックでは、骨盤の歪み(仙腸関節のサブラクセーション)を 特に重要視しています。 全荷重を支えるこの小さな面の機能的な不具合が 例え極僅かであったとしても、身体の支持性に大きな影響を及ぼす という事を我々は理解する必要があるのです。 それと同時に、無闇な矯正は、むしろ人為的なズレを生じさせる危険性さえある、 ということを自覚しなければなりません。 不十分な知識と安易な気持ちで、矯正を施すことは避けるべきです。 さて、仙腸関節の運動学等に付いては、ページを改めることにして、 以下は私と仙腸関節との出会いから今日までの変遷などを紹介します。 私が仙腸関節に初めて関心を抱いたのは、柔道整復師の専門学校に 在籍中の、まだ十代の頃です。 当時は、「仙腸関節は動かない」と教えられていたので、 授業を通じて、仙腸関節に特別な感心を持つ事はありませんでした。 しかしある日同級生が、 「カイロプラクティックでは、椎間板ヘルニアを仙腸関節の矯正で治すらしい」 と話しているのを耳にして、初めて仙腸関節に興味を持ちました。 その当時は、カイロプラクティックに関する知識は殆んど無く、 「カイロプラクティックに」ではなく「仙腸関節の矯正」のほうに 強い関心を持ちました。 それからカイロプラクティックを学びはじめるまでの間、 その他の手技療法の中にも「仙腸関節」を重要視する 考え方が多くあることを知り、その興味は増していきます。 しかし、実際にカイロプラクティック・スクールに入学し 数多くのテクニックを学んでゆくと、確かに仙腸関節に対するアプローチ自体は 多いものの、肝心の関節生理や運動学に関する理論が曖昧という印象を 強く受けました。 次第に、仙腸関節に対する認識は、 単に「数ある関節の中の一つ」という捉え方に変化し、 以前のように仙腸関節だけを重視することもなくなりました。 あまり仙腸関節に固執し過ぎるのは、他の重要な問題を見えなくさせる 偏った見方であるようにも思えました。 当時信頼を寄せていた先生も、仙腸関節のみにこだわる診方はしておらず、 それも私を仙腸関節から離れさせた理由の一つになりました。 今思えば、当時は仙腸関節の重要性を、全く理解出来ていなかったように思います。 卒業時には、脳脊髄液の循環に関わる仙腸関節(仙骨)の重要性は充分 理解していたのですが、構造学的な観点では、 それ程重要な関節であるという認識はありませんでした。 一部の施術体系に見られるような、「何でも骨盤矯正」「何でも仙腸関節」 といった論調にも、賛同しかねる時期が長く続きました。 その後、仙腸関節に対する認識に変化が訪れたのは、 学校の講師を任されてからです。 半強制的に講師を任命された私は、卒後数年してから 教壇に立つ事になります。 私が担当する「ディバーシファイド」というテクニックは、脊柱・骨盤の 関節運動学を理解するところから始まります。 その運動学を踏まえて、関節の可動性を調べる検査、さらに矯正へと繋げて行きます。 しかし仙腸関節は、その基礎となる運動学そのものが曖昧で、 関節がどう動くのかについては、未だに議論が続いているのです。 講師である以上、数多くある関節運動に関する仮説の中から、 最も信頼の置ける理論を、合理的な解説とともに生徒に提示する必要があります (他の先生方はそうしているのだと思います)。 しかし残念ながら、様々な文献を調べてみても、 自分自身を納得させる答えを見つける事は出来ませんでした。 なので、講師を始めた当初は、仙腸関節の解説はかなり適当なものでした。 だって自分自身が分かっていないのですから・・・。 唯一分かったのは、「仙腸関節の事は、まだ良く分かっていない」 という事実だけでした。 分からないものに付いては、「分からない」と正直に伝えれば良いことですが、 事はそう簡単ではありません。 なんといっても、カイロプラクティック的には特別な関節である「仙腸関節」 なのですから。 一方で「仙腸関節の矯正が重要である」と言いながら、 他方では「仙腸関節の事は良く分からない」と言ったのでは、 論理がまったく成り立ちません。 これは単に、講師という立場上の問題だけでは無く、 仙腸関節の矯正を行う1人のカイロプラクターとしても、 うやむやには出来ない重大な問題であることに気付きました。 カイロプラクターとして仙腸関節にアプローチするためには、 患者さんに対して「仙腸関節に問題が有り、矯正が必要である」という 明確かつ合理的な説明が出来なければなりません。 それを行うためには先ず、正常な仙腸関節の動きを理解し、 異常と正常との鑑別が付けられなければなりません。 それには、正常な関節運動の定義が不可欠です。 仙腸関節の解析が不完全な現在にあっても、 少なくとも、自分自身が納得のいく理論は持つべきだと思われます。 それから、仙腸関節の全容解明を目指した私の長い旅は始まりました。 そして仙腸関節の事が少しずつ分かり始めるとともに、 それまで「何でも仙腸関節」的な論調に否定的だった私の考え方は 180度反転し、以前よりももっと強い関心を抱くようになりました。 今、ようやく中間点くらいには来ているかな、と思われるその旅も、 ゴールはまだ遥か先のようです。 これからもまだ、この楽しい旅が続くことを思うと、私の心は弾みます。 それほど「仙腸関節」は奥が深く、興味の尽きない関節なのです。 |
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