原子力発電を考える

 三月十日も十一日も鳥帰る 金子兜太

2011年3月11日午後2時46分ごろ、国内観測史上最大のマグニチュード9.0の
地震があった。東日本大震災である。 地震の直後に襲来した大津波の恐怖
は想像を絶していた。 テレビ映像は信じられない光景の連続。岩壁に衝突
する船はまるで木の葉のよう。桟橋や住宅、乗用車が流され畑までもが浮
くように移動した。波は4階建てのビルの屋上に逃れた者さえ容赦なく攫
っていった。死者は数万人にも及ぶであろう。その惨状は誰も言葉では言
い表せない。さらに、福島原発の全ての原子炉の炉心溶解による放射能漏
れの被害が重なった。しかも、未だに4つの原子炉を制御できずに住民の
立入規制が解かれる見通しは立たない。原発の安全神話はもろくも崩れ去
った。この惨状を目の当たりにして、自然の前で人間がいかに無力か、ま
ざまざと知らされた。「神はいるのか!」と誰もが思ったに違いない。

世界中に存在するあらゆる宗教は人間が考え出したものにすぎないと思う。
人間ごときが考え出したものであるから、いかがわしいと思うことが頻繁
に現出する。
宗教は無用と言うのではないが、天国とか、地獄とか、死後の世界がある
かのごときを説き、人間の心の弱さをつく話には耳を傾けたくない。

柳沢博士の心訳「般若心経」では釈迦は真理を見抜いた天才であったとす
る。読んでゆくと「般若心経」は宇宙の真理を説いたものであることが解
る。俗に言うところの彼岸は天国であるとは触れられていない。
宇宙の真実に目覚た人は、物事に執着するということがなくなり、何事も
淡々と受け容れることが出来るようになると、博士は述べている。

ホーキング博士が、2010年の著書「The Grand Design(原題)」では宇宙の
創造に神の力は必要ないとの主張を展開しているのも、一方では宗教に関
する見解であるが、宇宙の真実について物理学的法則を導き出そうとして
いるものに他ならない。

死後の世界はあるか。生前の義父と私はたびたび論じ合ったものである。
「死後の世界はない」と二人の意見はいつでも一致した。私に死後の世界
があるとすれば、私の死後に残された人々、それは子供や孫などの身近な
者たちのみならず、全ての人々の存在が死後の世界なのである。私の死後
に、人類が宇宙の真理に目覚めて平和な営みを続けてくれることが天国そ
のものなのである。
死んで大地に墓を建て、死後も自然を私するのは人間の傲慢ではないか。
宇宙の真実に目覚めた人は、形あるものを残さずとも先祖を敬うことはい
ささか変わることはない。祈りの姿が美しいのはまさに宇宙の真理に目覚
めたときなのである。

政治家の対応、電力会社の対応、学者の対応など、どれもが宇宙の真実に
目覚めたものには見えない。心が締め付けられている日々から解放される
日が一日も早く訪れることをひたすら祈るばかりである。
  東日本大震災の惨状を目の当たりにして(その1)2011/3/22記




  神はいるか? 〜原子力発電を考える〜
2011年5月3日、ロンドン発/ロイターの記事(概要)に先ずはご覧いた
だきたい。                    

 宇宙の創造に神は必要ない

 英タイムズ紙が5月2日に伝えた。
英国の物理学者スティーブン・ホーキング博士(68)は、最新の著書で
「宇宙は神が創造したものではなく、ビッグバンは物理学的法則の必然
的な結果である。」と論じている。
それによると、ホーキング博士は米物理学者レナード・ムロディナウ氏
との共同著書「TheGrand Design」で、重力などの法則があるため、
宇宙は無から自らを創造できると指摘。
 「宇宙を創造させるのに神を呼ぶ必要はない」 と付け加えた。

5月16日付の英紙ガーディアンに掲載されたインタビューの中で、ホー
キング博士は天国とは闇を恐れる人のおとぎ話にすぎないとし、死後の
世界があるとの考えを否定した。
また、ホーキング博士は「脳(人間の)について、部品が壊れた際に機
能を止めるコンピュータと見なしている」とし、壊れたコンピュータに
とって天国も死後の世界もない。それらは闇を恐れる人のおとぎ話だ」
と述べた。

博士は21歳の時に筋萎縮性側索硬化症(ALS)という進行性の神経疾
患と診断され、余名数年とされた。
「自分は過去49年間にわたって若くして死ぬという可能性と共生してき
た。死を恐れてはいないが、死に急いでもいない。 まだまだやりたいこ
とがある」と語った。また、人々はどのように生きるべきかとの問いに
対し「自らの行動の価値を最大化するため努力すべき」と答えた。

1088年著書 「ホキング、宇宙を語る」で世界中に知られるようになっ
た博士は、物理学的法則とは単に、神がビッグバンに介入したと信じる
必要はないことを意味するだけのものとし、「もし完全な理論を発見で
きれば、それは人間の理性の究極の勝利になるだろう。そのとき、人間
は神の心を知ることになるのだから」と書いていた。
2010年の著書「The Grand Design(原題)」では宇宙の創造に神の力
は必要ないとの主張を展開し、ホーキング博士の宗教に関する見解が変
化した可能性を示唆している。
こうした博士の主張に対し、宗教界から批判を浴びている。


ホーキング、宇宙を語る    生きて死ぬ智恵
(ビッグバンカラブラックホールまで)

   
 1989年6月10日初版/早川書房     2004年10月10日初版/小学館
 著者 S・W・ホーキング       ・柳沢桂子

この2冊の著書は書斎の机の真向かいにある書棚の目に付く位置に収ま
っている。
何の関連性のない2冊に思えるが、これからどのように生きていくかと
の問いに答えてくれた著書である。

ホーキング博士は1942年、オックスフォードに生まれる。21歳の時
に筋萎縮性側索硬化症(ALS)という進行性の神経疾患と診断され、
余名数年とされた。

当代日本を代表する生命科学者にして歌人である柳沢博士は1938年、
東京に生まれる。1969年から原因不明の病に苦しみ、1999年に「周期
性嘔吐症候群」という脳幹の病気だと判明して嘔吐や腹痛から解放され
た。その後、狭心症がひどくなり歩くことができなくなり、電動車椅子
で移動されているとのことである。

門外漢の私が申すのも憚るが、お二人は難病に苦しみながら生きてきた。
人間であることの悲しみを存分に味わったことと思う。こうした中で、
科学者として宇宙の真実に真摯に向き合ってられた。
お二人が説く「いのちの意味」は全く同じであるとは断言できないもの
の、私の体験から感じた「いのちの意味」に共感を覚えるのである。

 村上春樹が東京電力と効率化社会を批判 

世界的作家の村上春樹さんがスペインのカタルーニャ国際賞授賞式
(現地2011年6月9日)のスピーチで、大震災で原発事故を起こした東
電を批判し、効率を求めてきた社会に疑問を投げかけた。

村上さんは、3月11日に東日本を襲った大震災のことに及び「核に対す
る『ノー』を叫び続けるべきだった」と述べた。そして、「壊れた家屋
は建て直せるが、倫理や規範は簡単に元通りにはできません」と指摘し
た。

「何百年かに一度あるかないかという大津波のために、大金を投資する
のは、営利企業の歓迎するところではなかったから」「政府も、原子力
政策を推し進めるために、その安全基準のレベルを下げていた節が見受
けられます」などとその矛先を東電と政府に向けた。
ただし、こうした「歪んだ構造」を「許してきた」、「黙認してきた」
国民にも責任があり、加害者であると表現した。

スピーチの内容に対して、賛否の意見が異例とも言えるようにツイート
されている。
6月10日のテレビ朝日の報道ステーションでコメンテーターが核を肯定
した意見に対し、司会の古館氏が反論した場面は印象的であった。古館
氏は放射能の攪拌する恐ろしい現状を見て直感する思いを素直に述べて、
脱原発であるべきとの意見であった。

私は、原発が企業営利と、それに役人の利権が介在していることが明々
白々となったことに注目したい。脱原発を宣言すると、そこから人間の
英知が新しいエネルギーを生み出すことを信じている。科学の世界は門
外漢ではあるが、調べてゆくと確信できる記述は以外と出てくる。

2011年6月11日「関西電力の『電力不足』を盾にした言い分には耳を
傾けられない」と発言した橋下大阪府知事の意味するところは、こうし
た歪んだ構造を指摘したものであった.
               2011年6月12日 記

 

   原発に頼らない安心社会へ

私が信用金庫に奉職したときから、城南信用金庫は私たちの誇りある信
用金庫のシンボルでした。
今もその存在は変わりなく、東京都品川区に本店を置く当金庫は従業員
2千人余、預金量は3兆4千億円を有する規模もさることながら、健全
経営を維持し業界の牽引を担われている。

 裾野金融
 貸すも親切、貸さぬも親切
 カードは麻薬

などの小原哲学(当時の理事長小原鉄五郎の名から「鉄学」とも)は、
現代も城南信金の経営理念として残る。
バブル期において、株式やゴルフ場地の購入など投機的な資金を貸さな
かったことから、バブル崩壊後の金融危機でも健全経営を維持、今も格
付機関の格付けも最高位を維持し続けてる。

2011年5月27日放映のBS11チャネルINsideOUTに吉原理事長が
出演したテレビ番組は城南信用金庫のホームページ(動画)で紹介されて
いる。
 ○原発にたよらない安心社会へ
 ○お客様の節電を応援する新商品・サービスの実施
 ○「勤倹貯蓄」を願い「信ちゃん」貯金箱を復刻!
経営は人に尽きるといわれるが、画像に見られた吉原理事長の背中には
故小原理事長のお姿が重なって見えた。
 
年が明けて2012年1月7日、大分合同新聞の「旬の人」に吉原理事長が
紹介された。
原発を考える〜信用金庫の使命を貫く揺るぎない決意を示す城南信用金
庫に感銘を覚えた。

 

 

   日はまた昇る 

未曽有の関東東北大震災の惨状は目に覆うとは単に言い切れない凄ま
じい災害であった。加え、東京電力福島原子力発電所の崩壊は住民の
みならず国民を震撼とさせている。 さらには、政治の対応は未曽有の
国難の意識さえ持っていない低迷ぶりで、国民の信頼はますます地に
落ちている。私たちは、得てして他人のせいにして苦難を逃れようと
するがそれにしても嘆かわしい限りである。

東京電力は電力の需要を賄えぬ事態に陥り計画停電を実施した。国の
エネルギー政策も原子力発電(以下「原発」という)を将来の電力需
要に備えて進めてきた。しかし、今回の福島原発の惨状を体験した国
民の多くは、もはや原発は安心できる手段ではないことを確信したと
思う。いわんや科学技術が進んで人間の英知が原発を制御できるとい
われても。
放射能の恐ろしさを垣間見た私たちは、この際原発から得られるエネ
ルギーを拒絶する覚悟を示すことが肝要である。

先ずは、将来の電力需要を賄うという発想を止めることにしよう。コ
ンビニエンス・ストアが24時間煌々と電気をつけて営業するサービス
が絶対に必要であるか。自動販売機が街のいたる所にある光景が恐ろ
しく見えないか。本来は太陽の下で楽しむスポーツが、観客動員のた
めに膨大な電力を消費して、 ドームと称する屋内でプレーすることに
疑問を持とうではないか。

原発を放棄すれば将来の電力需要を賄えないと断定するのではなく、
水力、風力、地熱、太陽熱(光)などのクリーンと思えるエネルギー
に頼る範囲で、国民の暮らしを劇的に改めてみるのである。その決意
をなせば、国民の英知が結集されて将来の電力需要に有り余るクリー
ンエネルギーを創造できるのである。
そうすれば、再び「日本に日は昇る」と断言したい。

東日本大震災の惨状を目の当たりにして(その2)/2011/3/23記
   

 もう一度悲惨な原発事故が起こらなければ懲りないであろう

福島原発の惨状を見て全ての日本の原発はストップした。再稼働の論
議もいつしか下火になりつつある。そうした中、政府は川内原発の稼
働をほどなく認め、他の原発も次々と稼働されていくことになりそう
な雲行きである。
クリーンエネルギーを創造できるのにもかかわらず原発を推し進める
のにはエネルギーの確保とは異なる理由がありそうだ、いやあるので
ある。
それでも、イノベーションの大きなうねりにより原発から得られるエ
ネルギーは不要になるのは必然だと確信できる。
恐らく、福島原発、いやそれ以上の悲惨な原発事故が再び起るであろ
う。日本人(敢えて日本人である)は再びその惨状を目の当たりにし
て原発を諦めるのであろうや。
                    2014/12/12 記

   

  川内1号機再稼働「原発ゼロ」終わる

 

九州電力は2015年8月11日午前10時30分、川内原発1号機(鹿児島
県薩摩川内市)の原子炉を起動し再稼働させた。2011年3月の東京電
力福島第1原発事故後、新規制基準に基づく審査に合格した原発の再
稼働は全国で初めて、 国内のすべての原発が停止する「原発ゼロ」状
態が終わった。

東京電力福島第1原発事故を教訓として作られた原発の新規基準の下
で川内原発1号機が再稼働した。国民の不安は払拭されていないが、
電力の安定供給を大義名分に「原発の安全神話」を拭いきれない新規
基準に基づき、各地の原発の運転再開が進む見通しだ。

福島事故から4年半近くが経過し事故の記憶が風化して「喉元過ぎれ
ば熱さを忘れる」という雰囲気が醸成されつつある。
原発から出る「核のゴミ」問題など深刻な課題にも目をつむっている。
絶対安全が保証されたわけではない。人間の英知を結集すれば、原発
によらない安価なクリーンエネルギーを手に入れることができること
は自明の理である。

再び原発事故は必ず起きる。それでも、日本人は懲りないのであろうか。
                  2015/8/11 記

随 想 Essay