幕末の土佐に生きた漢学者・教育者
竹村東野・修漢詩の解説
漢詩掛け軸の写真 【原文】        【訓読】

学思不覚鬂霜添  学んで思い、(ビン)に霜の添うを覚えず。

自笑漫同龍出潜  自ら笑う、(マン)に龍の出潜に同じきを。       

虚喝夷蛮休敢侮  虚喝(キョカツ)夷蛮(イバン)、敢えて(アナド)るを()めよ。

絶倫日域備方厳  絶倫の日域、備え(マサ)に厳なり。

三千士誓周王鉞  三千の士は周王の(エツ)に誓い、

億萬臣攀黄帝髯  億萬の臣は黄帝の(ヒゲ)()ず。

欲報国恩献籌策  国恩に報いて籌策(チュウサク)を献ぜんと欲し、

忍寒書室讀韜鈐  寒を書室に忍んで韜鈐(トウケン)を讀む。

  歳晩書懐       歳晩(オモイ)を書す。




  東野竹村修(印)

【現代語訳】
(年の暮れに思いを記す)
本を読み学問をして、自分で深く考えて道理を知りながら、いつの間にか鬢(びん)に白髪が交じるのに気付かなかった。
なんとなく竜が淵から出たり潜んだりするのに似ているなあと考える自分が可笑しい。       
から威しする野蛮人よ、敢えて我々を侮蔑するのは止めろ。
類なき日本国の軍備はいま厳重であるぞ。
三千の士は周王のくださった鉞(エツ)に誓い(数多くの兵士たちは勅命に誓い)、億萬の臣は黄帝の髯(ひげ)にとりすがる(無数の臣民は天皇を仰ぎ慕う)。
国恩に報いて策略を献上しようと思い、書斎で寒さに堪えて韜鈐(兵法書)を読む。
 
【語注】
鬂霜添=鬢に霜のような白髪が増える。
龍出潜=淵に潜んでいた竜が水から出て天に昇ったり、淵に身を潜めることで、すぐれた人物の出処進退にたとえる。
夷蛮=蛮夷。夷狄。野蛮人。日本に開港を迫る西洋人を指す。
方=まさに。ちょうど今。
日域=日本の異称。ニチイキ・ジツイキ。
鉞=まさかり。昔、天子が将軍に征討を命じる時に、生殺の権限を与えた印として授けた。
周王は中国・周王室の王をさすが、ここでは孝明天皇。天皇は幕府に「攘夷」を勧めたが、征伐せよという印は与えなかった。
黄帝髯=黄帝は中国古代の伝説上の帝王。死去した時、竜に乗って天に登ったが、後に残った小臣たちは竜のひげにとりすがって、その後を追おうとしたことから、人の死を傷み悲しむ意味に使うが、孝明天皇の崩御は東野没後であるから、天皇の死を悲しんだのではない。そこで、天皇を仰ぎ慕う意味に解した。正しい意味をご存知の方があれば、御教示願いたい。
籌策=計略。はかりごと。
韜鈐=兵法書。兵法書に「六韜」と「玉鈐篇」があることから兵法書一般を意味する。
 
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