たった15人の反乱――女子柔道                      岡森利幸   2013/2/5

                                                               R2-2013/3/8

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞夕刊2013/1/30 社会面

柔道全日本女子の園田(そのだ)隆二監督(39)らから暴行やパワーハラスメントを受けたとして、ロンドン五輪女子代表選手ら15人が日本オリンピック委員会(JOC)に告発文を提出した問題で、全日本柔道連盟(全柔連)の小野沢弘史専務理事らが記者会見し、今月中旬に園田監督らに戒告処分を言い渡したことを明らかにした。

それによると、昨年9月、全柔連に「園田監督が暴力行為をしている」との通報が入り、双方に聞き取り調査した結果、「ほぼ事実」と判断。園田監督に始末書を出させ、厳重注意処分とした。さらに12月には、15人連名でJOCへ告発書が提出され、JOCの指示のもとに事実確認を行い、今月19日に園田監督と元強化コーチに戒告処分を言い渡した。

小野沢専務理事「集合が遅かったり、大会で負けたりした時などに殴ったことが複数回あった。棒でたたいたこともあった」、「深刻に受け止めている。(柔道は)相手を尊敬し、人格を形成していく競技で、手を上げることなど決して許されない。本人も反省している。全柔連は今後、行きすぎた行為がないように徹底したい」

スポーツ報知2013/1/31 一面

ロンドン五輪代表を含む柔道女子選手15人らが、園田隆二監督(39)から暴力を受けたなどと強化指導陣を集団告発した問題で、現場を目撃した複数関係者が1月30日、生々しい暴行の実態をスポーツ報知に証言した。こうべを垂れ、泣きじゃくる選手を小突き、平手打ちし、怒鳴りつける――。園田監督らは、(選手たちの)背中や尻を竹刀で叩き、頭部にゲンコツ、顔面には平手打ちを浴びせていた。

「特にA選手に対してはひどかった。Aは実力はあるけど、何度教えてもできないタイプ。腹を立てた監督に何度もひっぱたかれていた」

(別の関係者は)けがを抱えた五輪代表へのしごきも壮絶だったという。「1本6分の乱取りを10本ぶっ続けでやらされ、男子コーチに代わる代わるまわされていた。ぐったりしながら投げられて、見ていて、かわいそう。ひどかった」

他の指導者の暴言もあった。重量級の女子選手の髪の毛をわしづかみにし、「おまえなんか柔道をやっていなかったら、ただのブタだ

JOCの事情聴取では、練習中に「死ね」という言葉も出されていた。

大会で負けたら、なぐられる――どうりで、負けた柔道女子選手はメディアのインタビューでも「すみません」を連発し、おどおどしていた。

我慢強いはずの『やわらちゃん』たちが、全柔連に反旗をひるがえした。彼女らは、小さいころから柔道に親しみ、経験を積んできたつわものたちだ。体育会系の練習がどんなものか、一番よくわかっているはずだが、強化合宿でのあまりにも暴力的な指導方法に耐えかねたのだ。その強化合宿で、国を代表しての出場する選手たちを鍛えるために、コーチたちは、(なぐ)()るの暴行を加えていたことが明らかになった。それだけでなく、彼女たちを口汚く罵倒(ばとう)していた。それを監督が率先してやっていたとされる。

園田監督は、去年のロンドンオリンピックでの試合で、マットの上で試合する選手にコーチ席から大声を出している姿、あるいはマットの外で待機する選手にはっぱをかける姿をテレビを通じて見せていた。それを見て私は〈いやに熱心な監督だな〉との印象を持っていた。熱心すぎる監督は、選手たちに〈何をするかわからない〉のだ。〈世界的な大会で負けたら、責任問題になる。更迭されるかもしれない……〉という重圧があったのだろうか。

そうなのだ。彼らは、国際大会での選手の成績次第で、ほめられ、けなされる立場にあり、全柔連の組織の中で、名を上げ、昇進するかどうかにもかかっている。つまり、自分たちの生活がかかっているのだ。メダルの数で、全柔連へ交付されるスポーツ振興費のような国からの支給額も違ってくるのだろう。監督を(まか)されれば、はりきって選手たちの尻をたたきたくなるのだ。選手たちを踏み台にして、全柔連の組織の中での昇進や栄転を目指そうとする。逆に、選手たちの成績が悪ければ、評価が下がり、職を失うことにもなりかねない。選手たちにメダルを取らせるために、汲々(きゅうきゅう)としているコーチ陣の姿が浮かび上がる。目の色を変えて、選手たちをしごきまくる姿が……。選手のためではない、自分たちの組織の維持や生活のためなのだ。自分たちのメンツ(体面)なども、かかわっているのだろう。

大会でふがいなく負けた選手には、彼の感情が煮えくり返ったのだろう――「テメー、やる気あんのか」(バシッ)

練習の場では、スポーツ報知の記事にあるように、園田監督を始めとして、まさに、鬼のような顔をした男子コーチたちが、連日「地獄のしごき」を女子選手たちに加えていたという。しごきだけでなく、コーチたちは、選手たちに指導と称して殴る蹴るの暴行を働いていた。さらにコーチたちは、選手の人間性を無視するがごとく、罵詈雑言を浴びせていた。コーチたちは、選手たちに奮起を促すための叱咤激励、あるいは気合を入れるということを大義名分として……。

コーチたちに逆らえば、選手としての道が絶たれてしまう(たとえば、試合に出場する代表選手から外される)という、弱みに付け込むようなやり方だ。代表選手を選考することに関して、国内試合における成績の数値などよりも、監督の意向でほとんど決定されるしくみだというのだ。彼らは、選手たちに絶対服従を強いながら、やりたい放題をやっていたのだ。監督は柔道場に剣道の竹刀(しない)を持ち込み、大いに活用していたというのだから、すさまじい。

暴行の一例としての映像がある。監督辞任のニュースがテレビの報道番組で取り上げられていたとき、練習中の一場面を録画したものがオンエアされていた。それは、大勢の選手たちが練習している体育館のような場所の一角で、一人の選手がコーチに背を向けて立ち去ろうとしていたとき(おそらく、その直前にコーチから厳しい注意を受けていたのだろう)、そのコーチは選手のうしろから、その右尻の辺りに、右足で蹴りを入れた場面だ。(そのとき、彼女はうしろを向いていたから表情は見えなかったが、どんな顔をしていたか、あなたは想像してほしい。)

その十秒ほどの映像は、番組のコメンテイターたちが〈どうでもいい話〉をしている間、何度も繰り返し流された。その映像では、コーチは、場内でカメラマンが撮影しているのに、つまり、報道陣がカメラを回しているのにまるで気がつかないような振る舞いだった。マスメディアは、決定的な暴行の場面を捉えたのに、しばらくの間、お蔵入りにしていたらしい。〈そんな場面は、ありふれており、ニュース性がない〉とでも考えて……。

 

彼女たちは、はじめに、昨年9月に全柔連に状況の改善を要求したが、その幹部たち(理事たち)は暴力を認識しながらも何ら改善せず、それを公にもせず、うやむやにもみ消してしまった。内部的には、園田監督を厳重注意処分したという。おそらく、「あまり手荒くやるなよ」ぐらいの注意で……。

〔おそらく、9月以前にも、選手の一部が監督やコーチに練習方法について直接申し入れを行なったはずだ。しかし、ぜんぜん相手にされず、話にもならなかった、監督やコーチの怒りをかっただけだったことが想像される。「テメーら、おれたち指導者のやり方に文句があるのか! 文句を言う前に強くなれ! やること、やらんで、指導方法に(くち)()しするのは10年早いんだよぉ」(バシッ)(ドシッ)〕

その通報は、全柔連にとって、お上にたてつくような行為だった。コーチ陣の指導法に文句を言ってきた下っ端の彼女たちに、本音として、「ナマイキなやつらめ、指導法に不満があるなら、柔道をやめればいいんだ!」というぐらいに、思ったのではないか。コーチ陣をかばうために公にしなかったというより、むしろ、「不満をもつ方がおかしい。指導法にも日本の伝統があるんだ。厳しい指導に堪えなければ強くならない。ぐだぐだ言うな。黙ってコーチについて行け」と、彼女たちに非があるとでも考えたのではないか。

彼女たちの声は無視され、握りつぶされた形になった。全柔連の幹部に窮状を訴えても、ほとんど何の改善も見られず、逆に白い目で見られるようになった、という危機感と絶望感から、彼女たち15人は結束して12月に、さらにより上位の組織であるJOCに訴えたのだ。全柔連には、彼女たちが相談できるような女性理事が一人もいないという事情もあった。

彼女らの告発によってJOCが動き出し、おそらく全柔連は、内心では「クソッ、裏切り行為だ。密告しやがったな。子どものケンカを『親』に言いつけたようなものだ。外部に恥をさらしおって、全柔連の顔に泥を塗った、けしからん」ぐらいに思ったのではないか。

JOCに言われて、全柔連は、ようやく深刻に受け止めて(つまり、それまではまったく軽視していた)、しぶしぶ実態を調査・報告した。それによって世間に実態が明らかにされた。長年続けていた暴行・暴言による指導法がようやく発覚したのだ。彼女たちは、コーチたちにひっぱたかれないように、殴られたりしないように、棒でたたかれないようにと、常にびくびくしながら柔道をしていたのだ。コーチたちに怒鳴られながら、怒号と暴力に(おど)されながら、柔道をしていた。コーチの暴行・暴言は、もうかなり前からわかっていた。それらは日本の体育会系の伝統のようなものだったから、多くの関係者も、マスコミも、それを容認する空気が流れていた。

彼女らの訴えは内部告発だから、全柔連に対する『裏切り行為』になる。一部の人からは「余計なことをした」という批判が出ている。なかには、辞めさせられたコーチ陣に同情したりしている。「15人の名前を公表しろ」などといきまいている人もいる。しかし、それは的外れな、デリカシーに欠ける言い分だろう。一番の被害者は彼女らであることを念頭に置くべきだろう。

 

強化合宿に集められる選手は、実績を積んでおり、世界的にも名の知られているような、日本の一流レベルの選手ばかりだろう。本来は、コーチが叱咤激励するまでもない、ほぼ完成した選手なのだ。誇り高い一流選手なのだ。いまさらコーチ陣にしごかれて柔道をおぼえるというような、未熟な選手ではない。どうやれば強くなるか、選手自身が一番よくわかっているものだろう。コーチが手取り足取りするような指導をする必要はない。もうコーチは、国際的に通用するような高度な技を教えるぐらいでいいのだ。選手の好きなだけ十分な練習の場や時間、そして強い練習相手を用意してやればいい。そもそも、選手たちは練習するために強化合宿に来ているのであり、ならず者のようなコーチに指導を受けるために来たのではないのだ。しかし、彼女らの前に、竹刀を持ったコーチ陣が待ち構えていた。彼らの上司である全柔連の強化本部長の顔を立てるためにも、なんとしてでも、日の丸を背負う彼女らにメダルを取らせるために、高度な技などロクに教えもせずに、痛めつけてひたすら忍耐力を高める……。

コーチがひっぱたいたり殴ったり蹴ったりしては、逆にやる気をなくすものだろう。それは反則というものだ。彼女たちは、コーチ陣に絶対服従する奴隷ではないし、監視されている囚人でもないのだ。折檻(せっかん)されるような(わる)ガキでもないのだ。国際試合に負けたら、コーチの目には、メダルを手からすべり落としてしまったような悪ガキに見えるだろうけど……。

重量級の女子選手の一人を思い浮かべてほしい。おそらく、彼女は自分の体形を気にしているだろう。

「おまえなんか柔道をやっていなかったら、ただのブタだ」と言い放ったコーチは、相手の気持ちをまるで考えない、推し量ろうともしない人間にちがいない。乙女心を傷つける侮辱的な言辞だ。相手を罵倒することだけを得意とするするような者は、コーチ失格だろう。人間としても(人格的にも)あやしい。そんな太目の女子選手が、そう言われたら、一気にやる気を失いそうだ。そういえば、1〜2年前、世界選手権か何かで、重量級にだけ出場し、期待されながらも無差別級には出場しなかった女子選手がいたっけ……。コーチに逆らい、辞退したのだとテレビの解説者がコメントしていた。まもなくして彼女は引退を表明した。

私からコーチらに一言二言、「おまえなんか柔道コーチをやっていなかったら、ただの暴力男だ」、「試合に負けた選手を殴るなんて、最低のコーチだ」

そんな柔道が相手を尊敬し、人格を形成していく競技だなんて、チャンチャラおかしい。

 

 

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