アルジェリア人質事件の策謀                         岡森利幸   2013/2/19

                                                               

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞朝刊2013/1/17 一面、社会面

アルジェリアで16日の朝、アルカイダ系イスラム武装勢力が天然ガス関連施設を襲撃した。

毎日新聞朝刊2013/1/20 総合面クローズアップ

武装勢力が事件を起こした目的は、当初マリへのフランスの軍事介入に報復するため、その後アルジェリアで服役する過激は約100人の釈放を求めた。ただし、北アフリカ地域ではイスラム過激派が身代金目的の外国人誘拐を繰り返しており、活動資金確保が含まれていたとの見方かもある。

毎日新聞朝刊2013/1/23 総合面

アルジェリア人質事件、死亡者の氏名を安否錯綜を理由に公表せず。

毎日新聞朝刊2013/1/24 社会面

(報道陣は)アルジェリア人質事件に巻き込まれた氏名公表を日揮に要望しているが、

日揮「応じるつもりは一切ない。無事だった駐在員も相当な精神的ダメージを受け、親族などに取材が殺到している」

死亡・不明者に日揮前副社長が含まれていることが分かった。同社の2人の最高顧問のうちの1人。

毎日新聞朝刊2013/1/25 一面

アルジェリア人質事件、政府は25日の記者会見で犠牲者の氏名を公表する考えを示した。被害者家族や日揮の意向を踏まえて講評を控えてきたが、日揮を押し切るたちになった。同社は巻き込まれた関係者の氏名を秘匿。日揮は「犠牲者・遺族への配慮」を強調してきた。業界関係者は「アルジェリアなどでのプラント事業への影響も懸念しているのでは」という見方もある。

1月16日、アルジェリアの天然ガス施設が襲撃された。多国籍で構成された32人のアルカイダ系武装グループによる犯行だったという。多くの施設関係者が人質にされてしまった。

国際的な武装組織で、32人もの大きな戦闘集団だから、警察にはとても手に負えない。事件の発生をうけ、直ちに(その日のうちに)アルジェリア政府は軍を動かし、その制圧に当たらせた。居住地域で、人質35人を5台の車に分乗させ、天然ガス採掘地域へ向かおうとしたとき、それを察知した軍のヘリコプターがその3台を空から爆撃・銃撃して、人質もろとも破壊・殺傷した。他の2台が採掘地域に逃げ延び、立てこもったが、人質の救出のためと称して、軍は強引に突入した。武装勢力との交渉の機会をも持たずに、比較的早く鎮圧したしたことが、今回の事件の大きな特徴だろう。

それに対し、いつもながら弱腰の日本政府は、外交ルートを通じて「人命優先」で平和的な解決を要望したわけだが、アルジェリア政府は、そんな要望は無視するがごとく、武力には武力で対抗し、多少の人質が戦闘に巻き込まれてもしかたがないという対応をした。その対応はあわただしく、荒っぽかった。アルジェリア政府は、彼らの言いなりになっては、ますます増徴させるし、これからも同様な事件が起きてしまうという危機感を持ってのことだろう。

特に、人質を乗せた車を軍用ヘリコプターで攻撃したのは、強い意志の表われだろう。軍は、車に大勢の人質が乗っていることを知っていたのに、あえて攻撃した。武装勢力が逃げ去ったり、施設に移動して立てこもったりすると、やっかいだから、車で移動するするときが、空から攻撃するチャンスとみたのだろう。でも、結果的に、5台中2台を取り逃がしたのは、作戦実行上、不首尾だった。破壊した3台についても、その後の映像を見ると、「どこを狙っているんだ?」というような破壊のされ方だ。

この天然ガス施設は、アルジェリア内での産出される10パーセントを担っているもので、取引する企業にとっても、アルジェリア政府にとっても、大事な施設であり、武装勢力に破壊されたり奪われたりしたら、たいへんだった。それにしては、警備が手薄だったことが指摘されているし、前々から準備されていたとされる武装グループの動きをキャッチできなかったことは政府側の大きなミスだろう。

そんなミスを帳消しにするためにも、アルジェリア政府が焦って行動したことが伺える。

武装グループと交渉したりしてじっくりと解決策をはかるべきだったという批判があろうが、武装勢力の意のままに事が運べば、何度でも再発することを思うと、強攻策はやむをえなかったのだろうと私は考える。日本政府が得意とする身代金を支払うやり方をすれば、味をしめた武装勢力が何度も同じような事件を起こすに決まっているのだ。身代金で、闘争資金を増やし、さらに強力な武器を購入したりして……。

 

 

彼らの目的が何だったのか、いくつか憶測されているし、彼ら自身からもいくつか要求が出されている。

@ 隣国のマリの国内紛争に、フランスが5日ほど前に武力介入を開始したことに対する報復

彼らから発せられた、最初の「言い分」だ。彼らが国際情勢を意識してのことだろう。彼らの襲撃計画はもっと前から練られていたとされるから、フランスの武力介入はたまたま起きた出来事であり、それに抗議したいのだろうが、直接的な理由ではないことは確かだ。

A 仲間の釈放

仲間の過激派100人の釈放を要求した。そのまま釈放したら、武装勢力はますますつけあがり、人質作戦も正当化してしまいそうだ。

B 身代金目的

彼らは、人質として外国人を選んだ。外国人は人質として価値が高いのだ。この武装組織は、これまでにも、身代金目的の外国人誘拐事件を繰り返していた。今度も、その可能性が高い。身代金交渉は、常に水面下で行なわれる。人質が解放されるケースがあったにしても、彼らがタダで人質を解放するはずがないのだ。交渉した側は、いくら支払ったかは言わないのがお約束だ。

仲間の釈放を求めるなど、アルジェリア政府におどしをかけるためならば、アルジェリア人を人質にとるところだろう。

C アルジェリア政府に対する反抗

イスラム過激派が、強大な政府軍に対して、ささやかな抵抗としての武力を行使した。

 

以上が、彼らの目的として考えられる。

それはともかく、今回の事件は日本で大きなニュースとなった。多くの日本人が巻き込まれたことだ。人質として拘束され、武力による戦闘の際に、多くの命(10人)が失われた。

武装勢力は自国のアルジェリア人を人質とはせず、それ以外の国の人を対象にし、施設を管理していた株式会社日揮の従業員の日本人たちが多く巻き込まれた。株式会社日揮に所属、あるいはその協力会社からの派遣が含まれ、10人の方が亡くなった。その死亡した要因などは、遺族への配慮などの理由で明らかにされていない。大半は、武装グループに銃撃されたというより、アルジェリア軍の攻撃の巻き添えになったために犠牲になったと考えるべきだろう。

日本での報道で、不可解だった点は、その巻き込まれた人たちの氏名が、長い間、公表されなかったことだ。軍の救出作戦が終了していたはずなのに、発表されなかった。親族や関係者としては、現場にいた人たちが無事なのかどうか、気をやきもきしたことだろう。(内密には知らされていたのかもしれない。) 犠牲者の氏名が、ようやく1月25日になって公表された。公表しなかった言い訳として、

・情報が錯綜している(不確かな情報は伝えたくないという意味)

・犠牲者の親族・遺族に配慮する(取材が殺到すると、迷惑だ、そっとしておいてほしい)

 

政府にしても、日揮が公表に強硬に反対しているから、アルジェリア政府から知らされていても、メディアには伝えようとしなかった。

「情報が錯綜している」とは、言い逃れだろう。いくつか情報を得ているのに、何らかの不都合があるために伝えたくない場合に、使えそうなセリフだ。それならば、どこからどんな情報が錯綜しているのか具体例を示すべきだろう。もっとも有力な情報のひとつ(ナイジェリア政府の情報)ぐらいは紹介してもいいはずなのに、それさえもせずに、何も語らないのは変だ。情報が錯綜しているといっても、犠牲者の数が9人か10人かぐらいの違いで、ささいなことだから、伝えてはまずいということにはならないのだ。

特に、日揮は、現地従業員からの報告を受けたりして、現地の状況を一番よく把握しているはずなのに、かたくなに情報を公表しない態度には、首を傾げざるをえない。日揮は犠牲者・安否不明者の氏名が絶対に知られたくないかのように、がんとして公表を突っぱねた。結局、政府が押し切るまで日本では、だれが亡くなったかについても不明のままだった。たくさんの犠牲者がでたのに、その名前が出されないという、一種異常な状態が続いた。

なぜだろう? その氏名が知られると、日揮にとって都合が悪かったと考えるべきだろう。知られてはまずいことがあったわけだ。現地で働いていた人たちとの労働契約上で、何か後ろめたいことがあったのだろうか。たとえば、請負で契約したが、実際は派遣労働をさせていたというような……。

回りくどい、下手な憶測はやめて、勘を働かせて謎解きをすると、安否不明者の中に、日揮の元副社長で、最高顧問である人物が含まれていたことがキーポイントのようだ。安否が不明だから、最高顧問の新谷さんが人質として犯行グループに拘束されている可能性を日揮の幹部たちは捨て切れなかった。日揮の最高顧問は社長に次ぐ重要な幹部だから、それが犯行グループに知られて、高額な身代金を要求されることを一番恐れたと考えると、不可解な日揮の態度の謎がすんなり解ける。

日本で報道されたら、直ちに翻訳されて現地のイスラム過激派組織に伝わってしまうのだろう。日揮はそんな状況をよく知っているのだ。そんな情報が犯行グループに伝わると、「おっ、人質の中に日揮の最高顧問がいるぞ。しめしめ」となってしまう。

多国籍企業によって運営されているこの天然ガス施設の一室で、それぞれの最高幹部たちが集って議論する例会の時期をねらって、武装グループが行動を起こしたという説も出ている。つまり、最高幹部たちを人質にしたとすれば、彼らの主張が通りやすくなるのだ。

日揮が高額な身代金を払わなければならないとなると、日揮には、痛い出費となる。会社の年間利益が吹っ飛ぶほどの額が要求されるかもしれない。利潤を第一とする会社としては、高額な身代金の支払いは絶対に避けたかったのだ。高額な身代金を払いたくない一心で、遺族の心情を配慮するなどという「あつかましい言い訳」をしていたのだ。社員が誘拐されたら、その企業が身代金を支払うことが「不文律」になっていることの一つの証左だろう。裏を返せば、日揮の態度は〈身代金を要求されたら、高額でも払いますよ〉と言っているようなものだろう。

事件発生から9日目に、政府が犠牲者を公表すると決めた直後、新谷さんの死亡が、つけていた指輪が決め手となり、やっと確認されて、日揮の社長はほっと一安心したことだろう。身代金を払わないで済んだことで……。指輪でしか判別できなかったのだから、お気の毒ながら、新谷さんの遺体は、相当に損傷していたことが伺われる。おそらく初期の戦闘に巻き込まれて亡くなったのだろうが、しばらくの間、遺体がだれのものか特定できなかったから、安否不明だったのだ。

政府の公表前に日揮の関係者たちが記者に口を滑らしてしまったところをみると、安否不明者に最高顧問がふくまれていることのかん口令は、社内で徹底していなかったことになる。

 

 

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