菅野投手のドラフト                                       岡森利幸   2011/12/21

                                                                  R2-2012/1/8

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞朝刊2011/12/1 オピニオン面

今秋のプロ野球ドラフト(新人選手選択)会議で日本ハムの1位指名を受けた東海大の菅野智之投手(22)が、入団を拒否し1年間浪人することを決めた。「高い評価をもらったが、小さい頃からの夢の方が強かった」と語ったように、伯父である原辰徳氏が監督を務める巨人でプレーする希望が強かったようだ。菅野投手、巨人、そして1位指名を無駄にした日本ハム。当事者すべてがマイナスを被った今回の騒動を取材して、改めてドラフト制度について考えさせられた。

(略)ならば、入団先を自由に選べるようにすべきなのか。そうは思わない。(略)どの球団も優勝が狙える戦力均衡策が不可欠だ。(略)菅野投手は将来、プロ球界を代表する右腕になれる逸材だけに、来週までの1年が本当に惜しい。

毎日新聞の記者がオピニオン面で語っているように(上記は内容の大部分を省略したので、真意を知るには新聞紙上の全文を参照されたい)、選手がドラフト会議で決められた球団への入団を拒否すれば、最低1年間を棒に振ることになる。次のドラフトでも、希望する球団に入れるという保証はまったくない。練習の継続、あるいは実戦の積み重ねで、野球センスと体力を身につける必要のある選手にとって一年のブランクは、相当に大きいマイナス要因になりうる。人生の大きな賭けだろう。自らが招いた試練ということかもしれない。これまでにもドラフトで拒否した選手はいたが、私が知っている限りでも、〈あのまま入団していれば、もっと活躍していたかもしれない〉と思わせる選手が多い。菅の投手の場合、周囲がうるさそうだから、さらに悩ましい決断だったと想像される。もう、それを周囲がどうこう言うことではないだろう。私は、そんな困難を乗り越えて(うえ)を目指してほしいと、声援したいところだ。

そもそも菅野投手は、読売ジャイアンツ(巨人)への入団を希望し、巨人側も彼の入団を予定に入れていたのだ。それを日本ハムが横恋慕し、かれらの恋路を邪魔した構図になっている。感情的に、日本ハム球団が敵役に見えてしまうが、もちろん、その横恋慕はドラフト制度に則った正当なやり方で、なんらやましいことではないから、非難されるようなことではない。結果的に、菅野投手を入団されることに、巨人も日本ハムも失敗したことになる。

この時期に行われる年一度のプロ野球・ドラフト会議では、各球団が入団交渉したい選手を順に指名していく。複数の指名があったとき、抽選で入団交渉権を決める。その球団の代表たちが箱に手を入れて、その中のある「くじ」を取り出すのだ。たった一つの「当たりくじ」を引いた方が、その権利を得ることになる。ドラフトにおける指名がくじ引きということは、のるかそるかの「賭け」そのものである。指名が重複しないように、球団同士が裏で調整しているとも言われている。横から割り込んできたような球団が入団交渉権をくじ引きで引き当てたとしても、本人が入団するかどうかは、ほとんど「賭け」だろう。ある程度勝算がないといけないだろう。日本ハムとしては、巨人というライバルを、ドラフト制度を利用して蹴落とした。あとは、「嫌だ、嫌だ」という菅野選手に対して、契約金を吊り上げるという手段をとるか、

もし、入団しないとなると、きみは1年を棒に振ることになるんだ。1年のブランクがあってもいいのかい? 試合も練習もろくにできない環境にいたら、体がなまってしまうよ。それに1年すれば、巨人さんの熱が冷め、ほかにいい人ができるかもしれないぜ。北海道に来れば、悪いようにはしない、大歓迎だ。きみを高く評価したから指名したんだよ。そもそも、きみは働きもしないでどうやって1年を過ごすんだね?

などと言って、おどしたりすかしたり、ダメ出ししたりして交渉とは名ばかりの、一方的な「口説き」を続けることになる。その最後の言葉には、選手に親の顔を思い起こさせたりして、ぐさりと心を突き刺す効果があったりする……。当初は拒絶しても、やがて入団に応諾した選手は多いから、日本ハムとしては、その口説きに自信があったのかもしれないし、拒絶したら、ほかにどの球団にも行けず浪人するしかない選手の足元を見ているのだ。この時期に選手本人が拒否を決断したといっても、入団交渉権は一年有効だ。ただし、契約金には限度があり、あまりに高額な契約金を出したりすると、あとで元が取れるかどうかが、さらに大きな「賭け」になってしまう。

どんなに金を積まれても、そんな「甘い誘い」や「おどし」にも乗らない、(こころざ)しの高い選手がいることを菅野投手は示したことになる。球団はそんな選手を指名したことを後悔するかもしれないが、縁がなかったと思ってあきらめるべきだろう、特に巨人ファンとしては……。

 

日本のプロ野球では、選手自身が希望する他の球団に移籍するのは、至難の業である。選手は「球団の所有物(もの)」なのだ。そのために、入団契約のとき、年謀とは別の一回だけの契約金が支払われることになっている。それで選手をその球団に拘束する権利(保有権)を得ることになる。保有権とは、球団側に一方的に都合のよい、既得権のようなものだ。球団間のトレードで移籍することはあっても、選手の意志にかかわらず、球団が勝手に交渉して決めるのだ。例えば、選手が〈こんな安い年俸では(あるいは、こんな監督の下では)来年度からこの球団でプレーしたくない〉と頑強に意地を張ったならば、他の球団に移ることもできず、引退するしか道はないことになっている。

それではあまりにひどすぎるから、球団に何年か属し、プレーを続ければ(いろいろ細かい条件がつく)、選手の自由意志で他球団に移れるフリーエージェント(FA)の権利を得る仕組みが、選手組合の要望によりつくられた。有力な選手がフリーエージェントの資格とるまで何年も待てず、途中でアメリカ大リーグに移りたい場合にはポスティングシステムがあるけれど、いずれにしても球団に損はない仕組みになっている。大リーグの球団がその選手を獲得するためには、選手との契約金とは別に、高額な入札金をその球団に支払わなくてはならない。落札しても、所属球団の査定で〈その金額が低すぎる〉とされたら、選手との交渉に進めない。実質的に、球団は有力選手(中でも、特に年俸が高くなりすぎた選手)を大リーグに売り飛ばすようなものだ。日本のプロ野球から大リーグへ行った選手の多くが、ポスティングシステムを利用したから(利用せざるをえない)、球団に多額の「見返り」を獲得させたことになる。

ともあれ、一人の選手が日本の球団に一旦入団したら、その球団の支配下に置かれ、その球団の一員となって何年もプレーするしかないのだ。彼は野球人生の最盛期のほとんどをその球団で過ごさなければならない。日本には、独立リーグを別とすればプロの球団は12ある。それぞれ特徴があり、本拠地があるように地域色もある。どの球団でもいいと考える選手は例外的な存在で、若い選手にはだれでも意中の球団の一つ二つはあるだろう。志望する学校や会社に入りたいと思うのは当然のことだ。しかし、志望どおりの球団になかなか行けないのがプロ野球界だ。その関門がドラフト制度であり、戦力が一部の球団に偏らないようにという名目で、有望な選手を「くじ引き」で振り分けるのだ。日本ではドラフト制度を何十年も続けているのに、強いチームと弱いチームとの格差がなくならないのはどうしてだろうと、その名目には疑問符がつけられる。この制度の根本には、入団交渉を一球団が独占すれば、競争原理が働かず、契約金を低く抑えられるという、球団側にとって経費削減的なメリットがあることだ。菅野選手には、自分の人生を「くじ引き」で決められたんではたまらない、という思いがあったのではないか。

プロ野球は熱心なファンに支えられている。野球の好きな少年たちがその底辺にいる。そんな少年の中からプロを目指す者が出てくる。好きな球団でプレーをするというのも、少年たちの夢の一つだろう。大人たちが、その夢を壊していいはずがない。ドラフトで競合したら、くじ引きでなく、選手本人にどちらかに決めさせることがベストだと私は思う。くじ引きでは、球団側にとって公平であっても、選手にとって不公平そのものだ。本人が入団するのに、ドラフトでは本人はカヤの外に置かれているわけだ。人権に関わる問題と言っては大げさすぎるが、それに近い。

 

 

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