差別されたとわめいて逮捕された黒人教授                   岡森利幸   2009/9/17

                                                                    R1-2009/9/19

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞夕刊2009/7/23 総合面

米の警察、黒人教授を「誤認」逮捕

ヘンリー・ゲーツ教授によると、何度もここが自宅であることを説明し、警官に名前などを聞いたが拒否され、突然、手錠され逮捕されたという。一方警察は身分証明書の提示を求めたところ、教授が「人種差別だ」などと叫び、警察に怒鳴ったため身柄を拘束したと説明している。

毎日新聞夕刊2009/7/31 総合面

教授誤認逮捕で、ホワイトハウスで(オバマ大統領、教授、警察官が)ビール会合して「和解」。謝罪の言葉、誰も言わず。

この問題をめぐっては、同州の警察が、大統領の発言(*1)に猛反発した。

逮捕の状況を再現してみよう。以下の文には私の推測が織り交ざる。

――閑静な高級住宅街の一角。ヘンリー・ゲーツ教授はようやく我が家にたどりついた。中国から帰ってきたばかりだった。空港からレンタカーを乗り付けたのだ。時差ぼけが残る状態で、道路も渋滞していた。長旅でへとへとに疲れていた。家でゆっくり休もうというときに、正面玄関のドアが開かなかった。

「クソッ、鍵が回らん」

ドアのノブをガチャガチャさせたが、強情なドアはぴったりと閉まったままだった。いらだちが募ったが、ふと思い出し、裏手に回り、裏口から入ることにした。

その様子を、近所に住む人が窓から見ていた。「あやしい黒人が、見慣れない車でやってきて隣家に侵入しようとしている!」 彼女はすぐに警察に通報した。

裏口のドアはたやすく開いてくれた。室内に入り、玄関のドアを内側から開け、荷物を運び入れ、服を着替えるなどして、くつろごうとしていた時に、警官がやってきた。

警官は、戸口でいつでも発砲できるように身構えながら、ドアをノックし、そっと開けた。室内にいた黒人を見つけ、声をかけた。

「警察だ。おまえは何者だ? そこで何をしている?」

「この家の主のヘンリー・ゲーツだ。家でリラックスしているだけだ。ところで、何で警察が来ているんだ?」

「不審者が侵入したという通報で、かけつけたんだ。こちらに来て話を聞かせてくれ」

警官は、ドアの外に立っていた。まだ被疑者とは決っていないから、家の中まで入るには、正式には捜査令状が必要なのだ。

「いやだ。不審者など、ここにはいない」 教授は自分が不審者と疑われていることに気づいて、怖れの感情を抱いた。

「それでは捜査にならない。出て来てくれ」

「捜査する必要ない。事件じゃないんだから、帰ってくれ」

「こちらには確認する必要があるんだ。ぐずぐずしていると、怪しまれるぞ」

「なぜオレが怪しいんだ? オレはこの家の所有者だぞ。所有者が家の中にいて、ナニが悪い?」 教授は、警官のしつこさに、こみ上げてくる怒りを感じ始めた。

「証明するものがなければ、納得できない。身分証明書を持っているか? 持っていれば、見せてくれ」

「……」

ようやく教授は、しぶしぶ戸口に出て警官に身分証明書を見せた。

「ん? ハーバード大学教授?」 〈警察にたてつくような、このなまいきな男がハーバード大学教授だと? ハーバード大学というと、名門中の名門の大学だ。その大学の教授なら、聡明な頭脳の持主のはずだが、目の前にいる男は聞き分けのないガキのようだ。〉 警官は、あまりにも大きいイメージの落差にとまどった。身分証明書をためつすがめつ見たが、偽物ではなく本物のようだった。たとえこの男が大学教授であるにしても、その身分証明書に住所が記入されていなかったから、この男が家の主という証明にはならなかった。

「自動車免許証を持っているか?」

教授の堪忍袋の緒がキレた。「ナニー? この身分証明書でも信用できないのか? テメー、オレが黒人だと思ってバカにしているんだろ? これはアメリカ中の黒人が受けている差別そのものだ。黒人を差別しやがって、この白いxx野郎!」と怒鳴った。

罵倒されては、さすがに警官もムカついた。

「公共道徳違反法の現行犯で逮捕する!」 警官は室内に踏み込み、教授に手錠をかけて戸口に引き出した。

引っ立てられながらも教授は、まだ差別のことをわめき散らしていた。

「テメーはなんという名だ? こんな扱いをして、あとで訴えてやる!」――

 

その家の主を「鍵をこじ開けて侵入した賊」と間違えて逮捕されたのではなく、警官に対して「悪態をついた」ことで逮捕されたのだから、「誤認逮捕」には当たらない。日本の「公務執行妨害」に相当するものだろう。

近隣の人に賊として通報されたことが、発端であり、近隣の人に顔が知られていないことの、近所づきあいの悪さに起因するものだろう。近隣の人には、〈こんな高級住宅街に、黒人が住んでいるはずない〉という思い込みがあったのかもしれない。

「オレが白人だったら、こんな目には合わなかったろう。白人警官の人種差別意識がそうさせたんだ」といきまき、憤懣やるかたない大学教授だが、それはちがうようだ。人種というより、あなた自身の人格のせいではないか。卑屈な被差別意識に満ちあふれ、職務に忠実なだけの警官に食ってかかるようでは、やはり人格が疑われる。

 

*1 ヘンリー・ゲーツ教授の友人でもあるオバマ大統領は、誤認逮捕の報道で、「まだ全容を把握しているわけではないが、逮捕はバカげたことだ」などとコメントした。

 

 

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