身なりと態度の悪さで謝罪させられた国母                   岡森利幸   2010/2/15

                                                                    R1-2010/3/11

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞朝刊2010/2/14 スポーツ面

(日本から出発に際しての)公式服装が乱れていたと批判されているスノーボード男子ハーフパイプ日本代表、国母和弘(東海大)は、12日に行われた開会式の出席を取りやめた。同日午前、日本選手団の橋本聖子団長が、国母と話し合いを持ち、開会式の参加自粛を促した。(その日の午後)国母と橋本団長は記者会見して謝罪した。

報知新聞2010/2/14 裏表紙

スキー連盟から出場辞退の申し出もあったが、橋本聖子団長の温情裁定で許可された。2人は公式服装の乱れを批判された問題で改めて謝罪会見に臨み、深々と頭を下げた。

団長「すべての責任は私にある。スタートラインに立たせないままでは無責任。国母らしく競技をまっとうしてほしいと思い、連盟からの辞退は撤回した」

東海大のスキー部長によれば、札幌で開催された壮行会(4日)でもサングラスに腰パン姿だったという。

2010年2月9日、バンクーバー国際空港に降り立った冬季オリンピックの日本選手団の中に、一人だけ目立った男がいた。選手団のお揃いのユニフォームを着ていたのだが、その男、国母(こくぼ)和宏(かずひろ)(21、東海大)は大き目の黒いサングラスをかけ、ドレッドヘアー(肩まで伸ばした長髪を細かく多数の束にして垂れ下げる髪型〈まるでタランチュラの足のようだ〉)に、耳と鼻に金色に光り輝くピアスをはめ込み、鼻の下とあごにひげを無造作に伸ばし(無精ひげに見える)、ブレザーの前ボタンは外したまま、ひん曲がって垂れ下がったネクタイをゆるゆるに首にからませ、シャツの襟元を大きく開き、のど元を見せ、そのシャツのすそをズボンからはみ出し、手の指には複数個の大きな指輪をはめ、ズボンのベルト(太目のベルトで、金色の四角いバックル付き)をゆるめ、そのズボンは腰にかろうじて引っかかり落ちずにいる状態で(腰パン。日本人の特徴である胴長短足をことさら強調する)足首のあたりでダボダホにたるませ、靴でズボンのすそを踏みつけるように歩いていた。日本から出発する際にも、「乱服」が指摘されていたのに、ぜんぜん改まっていなかった。

服装がみぐるしいだけでなく、態度も悪かった、とみなされた。しゃきっとせず、からだを常にふらつかせ、ポケットには手を突っ込む。カメラを向けると、ふてぶてしく薄ら笑いを浮かべる。そんな彼に注目した記者たちの質問にも、まともに答えようとせず、「別に」、「特にない」のぶっきらぼうぶり……。9日現地での記者会見では、服装をなじる記者に対して、さも〈ウルセーなぁ〉と言いたげに舌打ちした音がマイクに拾われた。それがテレビ放送されたのだ。あまりのことに非難の声が高まると、彼は謝った。「競技には影響ありません。反省していま〜す。」

そんな謝り方がさらに人びとの怒りに油を注いだ。多くの人のひんしゅくをかい、マスコミも騒いで報道したものだから、それに敏感に反応して競技団体のボスが激怒する事態となった。

 

画一的な団体行動が大好きな日本の人たちの目には、彼の斬新な姿(?)は奇異に映ってしまったことだろう。そんなカッコーの若者や学生たちは電車の中や街中で、時々見かけられるのだが、それがオリンピック選手となると、人びとは見過ごすことができないのだ。以下の発言内容には、私の脚色が含まれる。

「みっともない!」、「だらしない!」、「フマジメだ!」、「ミナリがブザマすぎる。礼儀作法も身だしなみもあったものじゃない!」、「そのカッコーで、ナニしに行くんだ。物見遊山じゃないだろ。リオのカーニバルを見物しに行くつもりなら、方角が違うぞ!」、「品位を下げた。日本選手団の恥さらしだ!」という叱責の大合唱がわきおこった。

〈人を見かけで判断してはいけない〉という格言も、彼の姿を見たとたん、人びとの思考回路から吹っ飛ばされてしまったようだ。非難の嵐が吹きすさぶ。彼自身への抗議だけでなく、指導する側の関係団体の日本オリンピック協会(JOC)や全日本スキー連盟(SAJ)にも及んで、全国から非難と文句と怒りの声が殺到した。中には、過激な言動も……。

「オイ、あの服装の乱れ方は何だ? ほおっておくのか? ヤツに一言注意する監督やコーチは一人もいないのか!」、「規律違反だ。そもそも、あれは『公式服装着用規定』(*1)に違反だろ?」、「一芸に秀でているからって、甘やかしてんじゃないか! 小さいころ(11歳でプロ資格を取得)からチヤホヤされていたんだろ!」、「規律を乱し、かってなマネをしおって、ヤツには団体行動の意味がわかってないんだろ!」、「税金を使ってまで、あんな非常識なヤツをバンクーバーへ行かすな!

彼が所属する東海大学にも、「テメーのところでは学生にどんな教育や指導をしているんだ」的な苦情が11日までに100以上殺到したという。あわてた東海大学は、責任を感じて(?)、バンクーバーにスキー部監督を派遣し、国母を直接指導することにしたという。

批判の高まりによって、自分たちの責任問題に及ぶことに恐れをなした関連団体の幹部は、選手たちの入村式に、彼の出席を禁止した。〈みっともないカッコーの日本人は、外国人の前に出すな〉ということだろう。さらに、オリンピックの華というべき開会式にも、彼の出場を禁止した。彼はどこから、あの華やかな開会式を見ていたのだろうか。

次には「もう競技にも出すな」という厳しい声も出はじめた。とくに、面目丸つぶれの(そう感じたらしい)スキー連盟の会長が不快感をあらわにした(「大いに不愉快」と発言)ことで、連盟として競技への出場辞退(実質的に出場禁止)を決め、JOCに申し入れた。

そこまで事態が深刻化してから、選手団長の橋本聖子氏が動いた。関係団体から「処分決定の一任」を取り付け、国母に説諭することで出場辞退をかろうじて回避した。結局、記事にあるような謝罪会見になったのだ。国母も、橋本聖子氏の「お説教」によって、ようやく事の重大さに気づかされたようだ。鼻ピアスの一つを外して神妙に会見の席についた。

 

橋本聖子氏に説教を受けたとき、彼としては、事の重大さと共に、自分の美意識が否定されたことが、ショックだったに違いない。そんな身なりをしたのも彼の美意識から来たもので、自己表現の一つとしてのファッションだったのだ。彼は自分の着こなしを「シブい」と表現している。おそらく彼の周辺には、同じようなかっこうの若者たちがごろごろいるのだ。彼らの間では、ごく普通の着こなし方だろう。彼のヘアスタイル、鼻ピアス、腰パンにしても、彼だけのオリジナルではなく、彼の仲間もそうしているのだろう。彼自身はそれをシブいと思っていたから、オリンピックに出るからといって服装を改める必要性を感じなかったのだろう。彼自身、〈乱れた着方をしている〉という意識はぜんぜんなかったから、他人から非難されるいわれもなかった。態度が悪かったのは、彼自身、なぜ非難されるのか理解できず、納得いかなかったからだろうし、人前で言い訳をするのが下手な彼の朴訥な性格によるものだろう。

ふだん他人がどんな格好をしていたとしても、とやかくいわない人までが、オリンピック選手の服装となると、見過ごしておけなかったのは、人々には、選手たちが日本を代表する模範的な人たちでなければならないという認識があるのだろう。一人の選手の服装を国辱とする感覚は、ナショナリズム(愛国主義)そのものだ。人々にとって、彼は選手団の規格から外れた、まさに非国民だった。彼は非国民として吊し上げられたようなものだ。それにしても、先住民の地位向上をうたうバンクーバー・オリンピックで、現代風俗のひとつの見本として彼のような若者が参加する意義はあったと私は思う。日本の都会で、独自の文化を形成している「先住民的」な若者の一人だから。

これでは、若者文化の一つが摘み取られそうだ。かつての日本にも、弊衣破帽の文化があったと思うが……。

 

*1 JOCの「国際大会における日本代表選手団公式服装着用規定』の第2条に、「日本選手団に認定されたものは、その自覚と誇りを持って選手団公式服装を着用しなければならない」とある。――それに違反しているかどうかは、自覚と誇りがキーワードになる。一般論として解釈すれば、「彼にはオリンピック選手としての自覚がなかった」ことになる。

 

 

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        アボリジニの衣装で氷上を舞ったロシア・ペア