益川先生が団体交渉で教授を怒らせた                     岡森利幸   2010/6/15

                                                                  R1-2010/6/16

以下は、新聞記事の引用・要約。

読売新聞朝刊2010/6/6 くらし教育面、学び・サイエンス欄

「小林君と共同研究していた時期と、(理学部の職員組合の)書記長任期の最後が重なった。臨時職員を解雇しようとした教授に対し、六法全書を手に『当初1カ月の契約でも、繰り返し雇ってきたことで、雇われた側に期待感が生じる』という判例を盾に戦った」

「若い組合員が『ばか』と言っても怒らないのに、僕が丁寧な言葉で『あなたの言うことは○○の理由でおかしい』とやると、相手は激怒した。論理的に逃げ道を与えないようにしたら、怒るしかない。上手な交渉人は、出口を残しておいて回答を引き出すのかも」

益川敏英先生といえば、2008年のノーベル物理学賞受賞者で、いまでこそ、一目も二目も置かれる存在だが、当時は「若い人」だった。上記の引用は、本人が語った若い頃(1970年ごろ)のエピソードの一つだそうだ。

目下の若い人に「ばか」と言われて平然としているのは、たいしたものだ。皮肉ではなく、ある程度、人間ができていないと、そうはいかない。(人間ができていないあなたなら、すぐに怒り出すにちがいない。) 

教授は「ばか」と言われても、自分がばかでないという信念は微動だにしなかった。しかし、理路整然と自分が「ばか」であることを思い知らされた時、彼の心は大いに動揺した。ことに、研究者としてまだ若手だった益川先生にやり込められたことが教授のメンツにかかわることだった。逃げ道のない状況に追い込まれたからというより、若手の研究者にやり込められたことのくやしさが怒りとなって表れた、と私は解釈する。老練な教授でさえも、自分の自尊心を保つすべが他になければ、怒るのだ。

もしも、それを語りかける言葉遣いが不作法であるなら、その不作法をたたくことで反撃でき、ことの本質から論点をそらせることもできる。その不作法をおもいっきりののしって、一矢を報いればいい。それが丁寧な言い方では、言葉尻を捕らえての反撃も適わなかった。完敗した教授の自尊心からくる怒りは、やはり敗北を認めたくないだけの「負け犬の遠吠え」と同じ意味だろう。益川先生にお言葉を返すようですが、出口を残しておくような交渉をしたら、老練な教授にするりと逃げられたと思われる。

 

臨時職員の解雇の問題に想を得て、賃金のベースアップ交渉の場合を仮想してみた。以下に示す。

――1970年、日本の高度成長期で、多くの産業が急成長し、物価や土地の値段がうなぎのぼりに上がるとともに、労働者の給料も上がって行った。それなのに、浮世離れした大学では職員の給料は少しも上がらず、職員の生活は貧しくなるばかり。そこで職員組合を代表して、益川書記長を始めとする執行委員たちが、大学側の頭の固い老教授と団体交渉した際、組合側のいい分に全く耳を傾けようとしない教授の態度に、業を煮やした委員の一人が、声を荒げて「バカヤロー」と叫んだ。

「負け犬の遠吠え」を聞くがごとく、そんな罵声にも平然とした態度をくずさない教授に、益川書記長が反論して行く。

「あなたは、大学の職員は大学の決めた給与規定に則り、働いていればいいとおっしゃっていますが、その規定と言うのは、政府が制定した労働法に基づいて、雇用する側と雇用される側の、つまり大学側と職員たちとの合意によって定まるものですね。労働契約ともいえるから、一方的に大学が決めるものでなく、双方の合意に基づいていなければおかしい。われわれの要求としては、世の中の趨勢や状況に合わせて旧来の賃金ベースを上げてほしいということですよ。周りの状況が変わっているのに、特に最低労働賃金がこの10年間でxxパーセント上がっているときに、大学で働くものたちはこのままの状況でいいというのでは、この若い組合員だって納得しません」

「き、きみは、このワシが労働法を知らないとでもいうのかね。そりゃ、全文を知っているわけではない。しかし、世の常識というものがあるだろう? えっ、常識も知らないって? 何を言うか、きみたちは」

教授が激高してしまい、団体交渉はまたまた中断してしまった。

 

 

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