菅首相の場当たり的思いつき                               岡森利幸   2011/7/8

                                                                  R1-2011/7/8

菅直人首相はなかなかのアイデアマンだ。発想したことをすばやく実行する「行動力」も持ち合わせている。しかし、このところ、その発想が空回りしている点が惜しい。内閣支持率の低下や、選挙の敗北にあせってしまったかのように、東日本大震災を境にして、菅首相は「場当たり的思いつき」を連発している。菅首相自身はリーダーシップを発揮しているのだと思い込んでいるのかもしれないが、付いて行くものが、その気まぐれ的発想に振り回されてしまっている。

6月の内閣不信任案の議決の際、「一定のメドがつけば」という条件付の退陣表明をしたのも、退路を断つかのように、自分が首相でいる間にこれだけはやっておきたいという強い決意表明だったようだ。途中で職務を放り出すのではなく、きっちり区切りをつけたいという意味だろう。苦境を乗り切るため、「どうにかしたい」という思いが感じられる。単に総理の椅子にしがみついて権力を維持したいのではなく、日本を立て直したいという意欲の表れだと、私は好意的に受け取っていた。世襲政治家にありがちな無為無策の首相であるよりはずっといい。一年前に鳩山由紀夫氏が退陣したときにも、あのままでは小沢勢力が台頭してしまい、それでは日本がますます傾いてしまうという危機感があり、菅氏自らが民主党の代表に進み出たものだと私は理解している。次の代表選でも小沢一郎氏と一騎打ちになったが、旧来の金権派閥政治を展開する小沢勢力には「政権を渡さない」という意味では成功した。

しかし大震災で、日本はますます「難破船」の様相を呈してきた。船長にそのすべての責任がのしかかる。最近(7月)では、歴代首相が続けてきた、官邸での「ぶら下がり取材」、つまり短時間の記者会見さえも拒否して取り止めるようでは、精神的に余裕がなくなったのだろう。6月末から一時的に体調を崩したという報道もある。周囲の側近や菅首相を支持してきた者たちからも、その空回り振りに、首相の資質に疑問をもたれるようになってきたようだ。〈首相の「場当たり的思いつき」にはもう付いて行けない〉と涙ぐむ人も……。そして民主党の支持基盤も、揺すぶられて「液状化」してきたから、民主党議員たちの間で不安がますます募る。(自民党議員や次の選挙の候補予定者たちはうれしいことかもしれない。)

 

菅首相の「思いつき」のいくつかを並べてみよう――

@自民党との大連立構想(4月上旬)

民主党と自民党が一致協力して震災の復興のための法案を通そうというもくろみだったが、失敗。菅首相が自民党の谷垣総裁に電話して「電話では話せない内容なので、官邸に来てほしい」と言ったところ、官邸行きを拒否されたので、菅首相は電話で連立を要請した。あとになって「電話での要請は失礼だ」ということになって、要請の仕方がまずいと党の内外から痛烈に批判された。

A浜岡原発の停止(5月上旬)

東海大地震の可能性が高まる中で、福島第1原発と同様な立地条件を持ち、型式の古い原子炉を大切に(?)動かし、日本の原発の中で最も危険なものとして挙げられていた浜岡原発の全号機を停止させた。これで不安でいっぱいの国民が、すこしは安心できるだろうという官邸のもくろみだったそうだ。それで確かに国民の不安は少しは解消されたかもしれないが、科学技術的に危険性がどれだけあったのかは示されなかった。政治判断でスケープゴート的に停止させられたことが、私には引っかかる。不安に対する情緒的な判断でもある。その反動として、交付金を打ち切られたり職を失ったりした地元の不満や、今後の電力不足を加速させる一因になることだろう。近いうちに、ほんとに東海大地震が起きれば、「停止は正解だった」ということになりそうだが……。

B震災復興相の新設(6月下旬)

菅首相は復興担当相のポストを作った。震災復興を旗印にして、その意気込みを表明したかったのだろう。しかし、震災復興のために具体的に大臣が何をするべきかよく分からないところがある。はじめて就任した松本龍氏は、その役割を〈被災者側を叱咤激励すること〉と思ったようだ。初の被災地への訪問で、宮城県の村井嘉浩知事(緊張した面持ちで不動の姿勢を保っていた)に対し、よほど腹の虫の居どころが悪かったらしく、

「(漁港を集約する件に関して)県でコンセンサス、得ろよ。そうしないと我々何もしないぞ。だからちゃんとやれ、そういうのは。今、(村井氏が)後から入ってきたけれど、お客さんが入ってくる時は、自分が入ってからお客さん呼べ。いいか、長幼の序がわかっている自衛隊ならそんなことやるぞ。分かった? しっかりやれよ。(記者団に向かって)最後の言葉はオフレコです。いいですか、みなさん、書いたらその社は終わりですからね」

そんな放言(ほとんど恫喝。悪徳業者の幹部が社員一同を前にして営業成績の悪い社員をどやしつけるのに似ている)で批判を浴びた松本氏がさっさと辞任した後、あとがまの人選が難航したという。民主党の主要なメンバーに固辞されたという。名ばかりの大臣では、引き受けられないというところだろう。そのためか、復興担当相は防災担当を兼ねることになっている。仕方なく、菅首相は小沢派の平野達男氏を大臣にするしかなかった。小沢氏の発言力が増すことになるが、いまさら新設ポストを廃止するわけにはいかなかったのだろう。

C原発のストレステスト(7月上旬)

ヨーロッパで採用されているという国際的な基準でのストレステスト(耐性試験)を全原発で実施させる方針を決めた。原発の安全性のために必要なテストということになる。まだ日本ではその基準でテストされていなかったわけだ。その表明の前に、玄海原発の再開において海江田経産相が現地に出向いて説明した中には、ストレステストは含まれていなかった。地元は〈すべてのテストを終え、安全性が確認された〉という政府側の言い分を信じて再稼動を承認したばっかりなのに、それはうそだったことになるから、地元の反発を招いた。海江田経産相のメンツが丸つぶれだ。

 

 

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