髪を染めた生徒を殴る蹴る教諭たち                       岡森利幸   2010/4/10

                                                                    R0-2010/4/24

以下は、新聞記事の引用・要約。

読売新聞夕刊2010/4/5 社会面

宮崎県日向市の公立中学校の教諭3人が昨年7月、髪を染めて修学旅行に参加した男子生徒に殴るけるの体罰を30分に渡って加えていたことがわかった。

旅行後、生徒の保護者が学校側に抗議。学校側は保護者に謝罪した上、臨時の保護者会も開き、経緯を説明した。男子生徒は頭部打撲と診断され、市教育委員会は3教諭を口頭で注意した。

生徒の保護者は同月下旬、指導の範囲を超えているとして、県警日向署に被害届を提出。3人は暴行容疑で書類送検された。宮崎地検は「3人は反省している」などとして、同年12月、起訴猶予とした。

男子生徒は修学旅行の出発日に髪を染めて登校した。このため滞在先の京都市のホテルで約30分間、学生主任が頭を手の甲で4回たたいたほか、学級主任も手のひらでほおを計5回たたいたり、正座させたまま4回足をけったりした。部活動の顧問は5回程度、ほおを平手打ちした。その後、生徒の同意を得て同市内の理髪店で五分刈りにしたという。

この状況を以下に小説(フィクション)風に書いてみた。すべてイメージによる構成で、人物には仮名をもちいた――

2009年7月、日差しが照りつける朝の10時、駅前の広場には揃いの制服に身を包んだ中学生が群れていた。今日は、関西方面への修学旅行の出発日だった。引率のA教諭は、生徒たちを整列させ、人員を確かめるため点呼した。

「大森」、「ハイ」

「小清水」、「ハイ」

「高橋」、「はい」

名簿から目を離し、ちらっと高橋の顔を見た。そこに、にやついた、見覚えのある高橋の顔と、周囲に異彩を放つ茶髪の頭があった。

〈コノヤロウ、髪を染めやがったな〉とA教諭は思った。一瞬、何かをためらったが、列車の出発時刻が迫っていたこともあり、点呼を終えることを先決とし、次の生徒の名を読み上げた。

「鈴木」、「ハイ」……

あわただしく全員を列車に乗り込ませると、列車は定刻どおり発車した。学級主任のA教諭は座席に座りながら、茶髪の高橋のことで頭が一杯になった。

〈どうしたものか、茶髪禁止の規則破りをこのまま見過ごすわけにも行かないだろう。オレにも指導力があることを示さなければ、他の生徒たちにしめしがつかないしな。ほうっておくと、マネするやつが必ず出てくるものだ。あいつ一人を家に返す手もありそうだが、もう列車は走り出していることだし、まさか、列車から突き落とすわけにもいかないだろう〉……

〈茶髪の生徒を見て、あの口うるさい教頭や校長が何というか。この旅行には同行していないが、記念写真の中で高橋を見つけたら、問題にするに決まっている。校長は、おろおろしながら、「こんな『不良少年』が、わが校にもいたのか。恥さらしだ。わが校のこんな『汚点』を保護者たちが見たら、何を言い出すかわからん。県の教育委員会や文部科学省の奴らの目にも止まるかも知れん。学校のイメージがダウンしてしまう」などと言いそうだ。教頭は、「担当教諭は、どんな指導をしていたんだ?」などと、どなり散らして責任を押し付けてきそうだな〉……

〈そうだ、いい方法がある。しかし、あいつが素直に従ってくれればいいが、反抗してきたら、やっかいだ。中学二年とはいえ、体だけはもう一人前だからな。同僚のBとC教諭にも立ち会ってもらおう。ちょうど、旅館では同室だ。われわれ教師の指導力の強さを見せてやる〉

一行を乗せた新幹線は窓の外の景色をすっ飛ばして、その日のうちに京都駅に着いた。にぎやかな夕食後、門限とされた9時まで、生徒たちには自由時間が割り当てられていた。食事が終わるころ、A教諭は高橋に近づき、小声で、

「高橋、髪を染めたことで(モゴモゴ)」

周囲の騒音もあり、高橋にはそのモゴモゴが聞こえなかった。〈A先生は、髪のことで何かいっていたが、何だろう。ハッキリしたことを言わなかったから、どうせ冷やかしか何かだろう〉と思った。

打ち合わせを済ませた男性教諭3人の部屋では、高橋が来るのを待っていた。すぐに来いと言ったのに、3分待っても来ないから、いらつき始めた。

「オイ、Bさん、あやつを連れてきてくれ」

「よし、腕づくでも連れてくる」

生徒たちが京都の街に繰り出そうとしていたとき、体育会系の部活動の顧問、B教諭が高橋に近づき、怖い顔で、「高橋、おまえだけここに残れ」とはっきり言った。高橋はきょとんとしたまま、何も言えなかった。

まもなくB教諭は、高橋の腕をつかんだまま、教諭たちの部屋に入ってきた。待ち構えていたA教諭が口を開いた。

「高橋、さっき先生がここへ来いと言ったのに、なぜ来なかったんだ?」

「え? 聞こえなかった」

「しらばっくれるな、コノヤロー。ほんとうに聞こえなかったら、聞き直せばいいんだ。ふだんから、オレの言っていることを聞き流しているんだろう?」

「……」 高橋は、〈そうです〉と言いたかったが、むっとしたまま口をつぐんでいた。

「そこに座れ、正座だ」

高橋の正面にA教諭、左右のやや後ろ側にBとC教諭が立ち、見おろすように取り囲んだ。

「高橋、その頭は何だ」

「エート、髪を染めました」

すこしも悪びれない高橋に、A教諭が激高してきた。

「バカを言うな。校則に髪を染めてはならないと書いてあるだろ?」

「ここは学校ではなく、修学旅行ですから……」

「いいわけするな。修学旅行は学校の延長だ。学校の規則が適用されるのだ」

「でも、なぜいけないんですか?」 高橋は素朴に疑問を感じた。

「校則に反しては、いけないのだ」

「髪が茶色だっていいじゃないですか。髪が白い人もいるし、薄い人もいるし、外国には金髪も、赤毛の人もいるって、話じゃないですか?」

薄いといわれて、C教諭の顔が引きつれた。

「ナチュラルであればいいんだ。わざわざ黒い髪を茶色にする必要はない!」

「おしゃれですよ。テレビに出ているタレントで、茶髪や銀髪の人がいるじゃないですか。なかには緑や紫に染めている人もいるし、白を黒く染めているおとなもいるし……」

ギクリとするC教諭。

「おまえはタレントか? しゃれっけを出しやがって。中学生は勉強に気を使うだけでいいんだ」

「しかし、他人に迷惑をかけているわけではないし、そんな規則は理解でき……」

(ボカッ)――拳固で頭を殴る音。口より先に手が出た。「頭で理解できなければ、体で覚えろ」

(ドシッ)――左右からけりを入れる音。口より先に足が出た。「生徒の中に、変にめだったヤツがいることが、われわれには迷惑なんだよ」

「いまから、おまえは床屋に行け。丸坊主にすれば、茶髪には見えないだろう。いいな?」

「イヤです」

「聞き分けのないヤツだ」

(ピシャ)――平手でほおをひっぱたく音。

「言うことを聞かんか。面の皮が厚いやつだな」

(ピシャ、ピシャ)

「規則の前には、イヤも、へったくれもないんだよ。守ろうしないヤツは、罰を受けるしかない」

(ピシャ、ボカッ)

「ふてぶてしいヤツだ。ねじ曲った性根を叩き直してやろう。歯を食いしばれ」

(ボカッ、ボカッ)

「髪を染めるのは十年早いんだよ。だいたい、おまえは、へりくつが多いんだよ! もっとすなおになれよ。ホレホレ、床屋に行く気にならんか」

(ボカッ、ボカッ、ドシッ、ドシッ、ピシャ……)

高橋には信じられない状況が続いた。体の痛みだけは、現実だった。際限のない仕打ちに、激高した大人たちに対して何を言っても無駄だと結論付けた高橋は、こう叫んだ。

「やめてください。行きます、床屋に行きます!」

「よし、ようやくわかったか。床屋代ぐらいは、われわれが出す」

 

数日後の高橋家。むすっとした表情で、修学旅行から帰ってきた息子を一目見た母親は、せっかくの茶髪がすべて切り落とされ、坊主になってしまった姿に驚き、「どうしたの?」

「……」息子は、なかなか答えようとしなかった。

母親が息子の頭をよく見ると、ところどころデコボコになっているのに気づいた。

「それはこぶじゃないの? いじめられた? 誰にやられたの?」

母親の鋭い追及に、息子は事の顛末を語らざるをえなかった。

「んまー、なんてことする人たちなの。典型的な体罰だわ。大のおとなが、抵抗もしない中学2年を取り囲み、よってたかって、殴る・蹴るして、集団暴力? それが教育者のやること? 指導にしても、やり方がひどすぎる。自分たちの指導力不足を暴力で補おうとしているのね! これで息子が不登校にでもなったら、どうしてくれるの? 大事な頭を殴って、頭が悪くなったら、どうしてくれるの?」と母親は目を吊り上げて、近くに教諭たちがいるかのように抗議の声を荒げた。

「これ以上悪くならないから、もういいよ」と自嘲的に息子が異を唱えたが、その後、興奮した母親がとった行動を、高橋少年は止めることができなかった。母親は息子をかかりつけの医院に連れて行き、医者に打撲の診断書を書かせた。学校側と対決するためだった。

 

 

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