ジョブズ氏の捨てゼリフ                                   岡森利幸   2011/10/25

                                                                  R2-2011/12/19

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞朝刊2011/10/19 経済観測、『腹ペコの愚か者たち』冨山和彦氏

あのスティーブ・ジョブズがこの世を去った。()

05年のスタンフォード大卒業式における伝説的なスピーチで、()

"Stay hungry, stay foolish"(腹ペコの愚か者であり続けよ)でスピーチを結んでいる。()

毎日新聞夕刊2011/10/22 社会面-憂楽帳

スティーブ・ジョブズ氏の「愚かであり続けろ」という言葉は、成功体験に縛られず初心に戻れという意味もあっただろう。

変なタイトルを付けてしまって、私はやや気恥ずかしい思いをもっている。これも、ジョブズ氏流の発想による、ひねったタイトルの付け方だ(ひねくれた?)と勝手に解釈している。

その卒業式で、ジョブズ氏の言葉の一字一句を聞き逃すまいと耳をすましている多くの若者たち(ほとんどがエリート卒業生)の前で、アップル者の創始者の一人で、世界的なヒット商品を次々に送り出した張本人・故スティーブ・ジョブズ氏が講演の最後に語った言葉は、Stay hungry, stay foolish!

その短い文章の中の「stay foolish」に、多くの人がその解釈にひっかかっているようだ。講演の全文を読んでもよくわからないのだ。私もその一人だ。この、たった2語の言葉の解釈が意外と難しい。ジョブズ氏は謎の言葉を残したといっていい。それを「ばか者であれ」あるいは「バカのままであれ」と訳すのが一般的だろう。しかし、それでは、ののしり言葉ととらえられる恐れがある。奇人のジョブズ氏のことだから、何か別の、深い意味があるのだろうか。

「バカのままであれ」とは、いったい、とういうことだろう、と疑問を持ってしまう。「バカでいい」という説には、いくら高名なジョブズ氏の言葉であっても、たとえそれが成功の秘訣だったとしても、素直には賛成できない。人はみな、賢くなるために勉強し、新しい知見を求めて研究しているのだ。賢い人が尊敬され、バカな人は見下される世の中でもある。愚かなことをいっては、バカにされ、相手にもされなくなってしまうのだ。少しでも賢くなるために地道な努力している人もいるというのに、愚かなままでいいとは、どういうことか、考えさせられてしまう。

 

以下のような解釈をする向きもあるかもしれない。

「きみたちはバカのままでいい」……こんな学校で勉強する必要もない、わが社で働けば少しは賢くなれるぞ。バカなやつほどシゴキがいがあるというものだ、代わりはいくらでもいるしな(*1)

「バカなふりしろ」……バカのふりをして、他人を出し抜け

「バカのままでいろ」……人間は大人になってもバカのままでいいんだよ

「いつまでもバカをやっているがいい」……きみたちのようなバカ者がたくさんいるおかげで、オレは成功したんだ。オレより賢かったら、困る

――すべて私の冗談でした。

 

foolish」を「初心」と解釈するのはもっともらしい。そう解釈すれば、「初心、忘るべからず」という格言そのものになる。つまり、「向上心をもち続けろ」の意味で、文脈から外れていないが、やや強引な解釈だ。

それよりも「いつまでも、ばか者らしくあれ」と訳すのが、一番ジョブズ氏の意に近いようだ、と私は考える。「foolish」を「ばか者らしい」と直訳したわけだ。「若者らしい」という語呂にも通じる。賢い人は、一つの答えしか出さないものだろう。それが最良・最上という判断をして行動しがちなのだから……。「ばか者」はそんな模範的解答を知っているわけではないから、試行錯誤するしかない。つまり、ジョブズ氏は「試行錯誤しろ。失敗してもいいからやってみろ」と言いたかったのかもしれない。「〈自分は愚か者だ〉という自覚を持ち続けろ」という、「初心」にも通じる解釈だ。自分は賢くないから賢くなるために努力しよう、という意識を持ち続けることが大事だという意味になる。自分が他人より賢い、という思い上がった考え(あるいは自信)は捨てろ、ということだ。

「自分は()えている」、「自分は愚かだ」という思い込みは、卑屈(ひくつ)な精神でもある。それは、自分を「負け犬」あるいは「落ちこぼれ」に見立てることだ。あえて、自分をそんな苦境に置くことが必要なのだ、とジョブズ氏は言っていることになる。自分の愚かさを否定する(自尊心は、自分をだれよりも賢いと思いたがる)のではなく、現実を直視することが必要なのだと言っているだろう。成功するためには、優越感よりも劣等感を持つことのほうがよい、といっているわけだ。

〈自分が知らない〉ということを意識することは、2400年前にギリシャでソクラテスが逆説的に言った『無知の知』に通じることであり、ジョブズの頭の片隅にソクラテスがいたのかもしれない。つまり、ジョブズの「捨てゼリフ」を意訳すると、「食べることにも知ることにも、常に貪欲のままであれ」ということだろう。

すべてに満たされた、賢い生活することは、安楽的であり、多くの人の理想かもしれない。しかし、それでは進歩がなく、おそらくつまらない。そんな職場環境では、アップル社のような成長はとうてい望めないし、想像力もわかない。

 

*1.ジョブズ氏のもっともらしい伝説として、人使いが荒く、独裁的な人だったとされ、平気で開発部員を長時間労働させ、成果を出せない社員や意に沿わない者たちを冷徹にポイポイ切り捨てた、あるいは激高し、衆目が注がれる中で、鬼の形相でむちゃくちゃ厳しく部下を叱責したという逸話があるという。

 

 

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