違法集会の罰金を200倍に上げたロシア                  岡森利幸   2012/6/1

                                                                  R1-2012/6/7

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞夕刊2012/3/6 一面

ロシアでプーチン首相が大統領選挙の当選を決めた3月4日の翌日、その結果に抗議する集会が各地で開かれた。少なくとも国内10都市で開かれ、警察が少なくとも600人以上を拘束した。

治安当局は昨年12月に抗議運動が広がって以来(*1)、国民の反発を招くような「力の行使」を避けてきた。しかしプーチン首相の大統領復帰が決まったことで強硬姿勢に転じた可能性がある。モスクワの集会はクレムリンから約1キロのプーシキン広場で開かれ、主催者発表で3万から4万人が参加。主催者は政権が大規模な選挙違反を犯したと主張し、やり直し選挙とプーチン氏の退陣を要求した。

毎日新聞夕刊2012/5/26 社会面・憂楽帳

先日、ロシア大統領に返り咲いたプーチン氏……(略)、きらびやかな3度目の就任式は「皇帝の戴冠式のよう」とも報じられた。(*2)

The Japan Times 2012/5/24 asia-pacific/world面 モスクワAP, AFP-JIJI通信

プーチン大統領は、彼に反対する者をターゲットに、反対者に厳しい罰金を課す制度を導入することと、広く嫌われ、民衆の怒りを引き起こした地方長官に中央政府の業務を委譲すること(*)を明らかにした。

新法案は、不許可集会に参加した者に課する罰金を、現行の5,000ルーブル(約12,800円)から1,000,000ルーブル(約256万円)に増額する。

3月4日の大統領選挙でプーチンが当選した。他に有力候補がいなかったから、プーチンは余裕で勝利できるはずだが、前年の下院選と同様に、数々の不正な選挙行為で票の積み増しがあったこと(たとえば公務員を動員するなどの『ロコツな選挙運動』をしていた)がうかがえる。選挙結果に疑問や不満を持った反プーチン派が各地で抗議の声をあげたのだ。選挙においても強権ぶりを発揮するプーチンの強引な手法には、強いリーダーシップを歓迎しがちなロシアの人々も、怒りの声を上げるようになってきた。

そしてプーチンは、5月7日に大統領に就任した。このときにも、取締りが厳しい中で、反プーチンの抗議集会がモスクワ市内を初めとして各地で開かれたと伝えられている。しかし、それらはすぐに官憲の手によって制圧され、ほとんど宮殿といっていいクレムリンの中で、盛大な大統領就任式が滞りなく執り行われたという。「皇帝の戴冠式」という表現がぴったりだ。

プーチンは、8年間大統領に君臨した後、4年間メドベージェフにその座を譲り、ふたたび任期6年の大統領に就いた。プーチンが権力を手中にすることは、彼の「大きな望み」であったはずで、憲法という制約がなければ、何年でも大統領の位に居座りたいところなんだろう。大統領になることは、皇帝に匹敵するものだろう。ロシアの大統領は、政治的な権力を一手に掌握し、国政に関する政策の立案や政府トップの人事権にまで口出しできる。石油や天然ガスなどの許認可権を牛耳ることもできる。権力志向の強いプーチンにうってつけの地位だろう。大統領の強い権力を持てば、思うがままに国を支配できる。自分の都合のいい法律を立案することなど、たやすいことだ。

プーチンは、これまでにも国内の反対派への弾圧・抑圧は、厳しく行ってきたことが知られている。チェチェンのように武力闘争を仕掛けてきた組織に対しては、住民をも巻き込み、軍事力でひねりつぶしてきたし、対立する政党や政府に批判的な通信社があれば、政治的圧力で排除してきたし、うるさい記者や評論家がいれば、スパイ映画もどきの手段で、その口を封じてきた。市民レベルの反対派の集会など、治安部隊で握りつぶしてしまえるのだが、その声が広まりかつ高まりつつあるので、さすがのプーチンにとっても、頭を悩ます種になってきたようだ。

 

反政府集会やデモは、政府にとってやっかいなものだろう。住民側の反政府デモが盛り上がって、それが全国的に広がれば、どんな政権も長くは持たないものだ。政府が一番怖れることは、デモが暴徒化することなどよりも、体制がひっくり返されることなのだ。

政府がその権力で反政府デモを下手に抑え込もうとすれば、逆効果となる。強引に抑え込もうとすればするほど、住民側に被害が出るから、政府側は住民の敵になってしまう。さらに反発を招いて反政府の気運が高まれば、反対派の勢力が増すから、混乱の極みになる。民衆のデモが政府を揺り動かすことになった例は多い。近年でも、チュニジアの「ジャスミン革命」に端を発し、エジプトやリビアの強固だった独裁政権が、民衆の力によって倒されている。倒されないまでも、「アラブの春」が来たとばかりに、シリア、イエメン、ヨルダン、サウジアラビア、イランなどで大規模なデモが起きた。各国政府は武装警察や軍隊まで繰り出してそんな民衆運動を必死に押さえ込まなければならなかった。

 

反対運動が全国的に広がらないうちに、摘み取ってしまうことが一番だろう。集会やデモに高額な罰金を科すという『やり方』には、プーチンらしい巧妙さとずる賢さがよく表れている。いいアイデアだ。人々の「表現」や「言論」を抑圧するためには、もってこいの方法だ。デモ隊に水をかけたり、発砲したりするよりずっと抑制効果がありそうだ。警察に捕まって、いくらぶん殴られたり刑務所に送られたりしても、信念がぐらつかない剛の者であっても、高額な罰金が取られるとあれば、二の足を踏んでしまうだろう。

反政府集会やデモなど、行政側は許可しないから、集会やデモはすべて違法になり、罰金の対象になってしまう。そんな抗議運動に参加する者は、だいたい経済的に貧しく、生活に不満のあるものだ。12,800円ならば、愚痴を言いつつも、支払える範囲だろうが、256万円の罰金ともなれば、多くのものが支払い困難だろう。支払えなければ、権力によって、住居や給料までも強制的に差し押さえればいいから、人々は路頭に迷うかもしれない。そんな路頭に迷う姿は、政権側には、いい見せしめになろう。政府にとって、罰金を徴収することによって歳入が増えることになれば、一石二鳥の方法である。例えば、600人を捕まえて罰金を支払わせれば、15億3600万円の収入になる。さらに、捕まえた警官にその一部を分け与えるとすれば、警官たちは張り切ってしまいそうだ。

その法改正には、「テメーら、オレのやることに反対だと? オレにたてつくような反対集会をすれば、256万円の罰金だ。いいな、この国ではオレが法律なんだ!」というプーチンの強い意志がよく表れている。

 

*1.ロシア下院選挙で、プーチンの政党「統一ロシア」が関わった数々の不正疑惑で、人々が怒った。そんな人々の間で、「統一ロシアは、さぎ師と泥棒の政権」(the power of crooks and thieves)と非難・揶揄(やゆ)された。

*2.クレムリンで開かれた就任式には、約3,000人が参列した。

*3.詳細は不明だが、権力強化の一環であろう。

 

 

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