現代版・マッチ売りの少女たち                                     岡森利幸   2010/12/23

                                                                  R1/2010/12/27

以下は、新聞記事の引用・要約。

読売新聞朝刊2010/11/7 社会面

11月6日午前11時、三重県亀山市のアパート1階の部屋で、「男女3人が倒れている」と110番通報があった。3人は、この部屋に住んでいた中年の男性二人(59,53)と、後者の母親(77)だった。室内にはガソリンエンジンで駆動する野外用の発電機が作動し、コードでつながったままだったという。1人は一酸化炭素(CO)中毒で死亡し、他の2人も同じ中毒化酸欠で死亡したと見られる。

電気料金は2か月間未納で、5日昼ごろに供給が切られた。

電気を止められた日の夜、3人は屋外用発電機を室内に持ち込んで明かりを灯し、ささやかな食事をした後、テレビを見ていたときに、事故が起きたのだろう。そのまま翌朝になって3人が発見されたのだ。電気を止められたとは、そうとうに生活に貧窮していた状況と思われる。

 

その夜の状況を想像してみよう。

――三人は肩を寄せ合って小さな借家に住んでいた。季節が11月に入って、外の風が冷たく感じられる中、今日もまともな職にもありつけず、男が疲れた足をひきずってアパートに帰ってきた。5時を過ぎて、もう外は暗い。家々の窓から明かりが漏れていた。中には料理の匂いが漂わせた家もあった。

男がドアを開けると、部屋の中は真っ暗で、何も見えなかった。誰もいないのかと思いながら、「ただいま」と声をかけた。

「おかえり」と元気のない男の声が暗闇から返ってきた。もう一人の男は先に帰ってきていた。

「停電か?」と一瞬思って、声に出したが、近所の家々には電灯が点っていたから、そんなはずはなかった。

「電気を止められたよ、滞納していたから」

「うーん、そうか、電力会社にしてはすばやい対応だな」と皮肉ってみせた。自動引き落としされていた銀行口座にはもう預金がなく、このところ、たびたび電気代支払いの催促が来ていたのを思い出した。

「しょーがねー。ろうそくはあったかな」

「そんなもんはないが、マッチはある」

男がマッチをすった。マッチの小さい炎は、意外に明るく、室内を明るくした。室内には、片隅で男の母親の座っている姿も見えた。しかし、見る間に燃え尽きてしまった。また真っ暗になった。

「オレはライターを持っている」

もう一人の男が、持っていたライターを取り出し、着火した。でもそれは、10秒もすれば、ライターの本体が熱くなって持っていられなくなるから、ほんの一時しのぎの明かりだった。

「ほかに、光るものはないかよ」

「ないよ」

「そうだ、電気が来ないなら、電気を起こせばいいんだ。裏に発電機がある。おい、手伝ってくれ」

男が、裏の物置の隅に放っておいた発電機を思い出した。彼が廃品回収の作業をしていた時に、まだ使えそうな発電機の出物があって、持って来たものだった。売り払う機会を逸し、アパートの物置に入れておいた。

二人して重い発電機を部屋の中に運び入れた。一人の男が起動用の短いロープを思いっきり引っ張った。幸いなことに、発電機の燃料タンクには少量のガソリンが入っていたから、エンジンがかかった。「ドルン、ドルドルドル……」

「よし、これで電気がつくぞ」

発電機のコンセントの一つに、ソケット付きの電気コードを差し込み、ソケットに電球をねじ込んだ。すると、それは明るく輝いた。それを部屋の中央にぶら下げると、ようやく部屋の照明になった。発電機がそばで動いていると、暖かい。部屋には暖房もなったが、屋外用発電機の排気が暖かかった。電気と熱を起こしてくれる発電機は一石二鳥のものだった。ようやく人心地がついた。

「さて、夕食にしようぜ」

男が持ち込んだレジ袋の中からパンと缶ジュースを取り出して、テーブルに置いた。それが夕食だった。調理する手間も、ガス代も省けた。エンジン音が間近に聞こえて、耳障りだったが、しばらくしている内にそれにも慣れた。もう一つのコンセントにテレビのコードを差し込んだ。テレビのスイッチを入れると、スピーカーから「大晦日の夜は、xx歌合戦を見よう。ぼくたちが司会です」などと、華やかな番組の宣伝をする音声が流れ出た。おなじみの低俗番組が続く……。それでも、三人にとって娯楽だった。そこは、明らかに三人とは住む世界が違っていた。

しばらくして変に眠気を覚えた。

「今日は疲れたな、オレは早めに寝るよ。Xさんとバアちゃんはそのままテレビを見ていていいよ。発電機は、部屋が寒いからストーブ代わりにこのまま回しておこうや。そのうちガソリンがなくなりゃ、自然に停まるだろう」

男たちは、明日も職を探しに行かなくてはならない。薄い布団に(くる)まって早めに眠りに付いた。テレビを見ていた親子も、そのうち、うたた寝をしてしまった。そして深い眠りに――。

 

屋外用発電機を室内に持ち込み、運転するのは、自殺行為であることを彼らは知っていたのだろうか。おそらくは、知らなかったのだろう。ときどき閉所や室内でこれを運転して、排気が原因で死亡する事故が報道される。この手の事故が後を絶たないのには、私は無力感を覚える。以前にもオブジェクションとして書いたことがあるので……。

屋外用発電機はガソリンエンジンでジェネレーターを回し、電気を起こしているものだが、そのガソリンエンジンの排気にはCO(一酸化炭素)が少量ながら含まれている。換気が悪い狭い空間や室内でこれを運転すると、非常に危険な製品なのだ。一酸化炭素は人にとって「毒ガス」であり、吸えば容易に中毒を起こす。都市ガスや炭の(たぐい)でも、不完全燃焼すれば、これが発生する。ガソリンエンジンが一酸化炭素を出すのは技術的に避けられないことだ。どんなに出来のいいエンジンでも、一酸化炭素を出す。そんな危険性のある製品を使う場合は、ユーザーがそれを「正しく取り扱う」ことが必要になってくる。

彼らの室内には、ガス漏れ警報装置の類もなかったのだろうか。あるいは、電気を切られていたために作動しなかったにしても、悔やまれることだ。

 

 

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        実母を常習的に暴行していた長男と鬼嫁