終末期のコスト                                                         岡森利幸   2008/5/6

                                                                    R2-2008/7/7

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞朝刊2008/2/10一面

厚生労働省は「リビング・ウィル」(延命治療の有無に関する生前の意思表示)を作成すると診療報酬を支払う制度を導入する。

毎日新聞夕刊2008/4/24社会面

厚労省の、後期高齢者(長寿)医療制度の担当者が執筆した解説書の中で、死期の近づいたお年寄りの医療費が非常に高額として終末期医療を「抑制する仕組み」が重要と記していたことが分かった。制度導入の本音の一端が浮かんだ。

高齢者医療企画室長補佐は、今年2月に刊行した「高齢者の医療の確保に関する法律の解説」で、75歳以上への医療費が「3日で500万円かかるケースがある」とした上で、「後期高齢者がなくなりそうになり、家族が1時間でも1分でも生かしてほしいといろいろ治療がなされる」「家族の感情から発生した医療費をあまねく若人が負担しなければならないと、若人の負担の意欲が薄らぐ可能性がある」と記述、医療費抑制を訴えている。

家族の気持ちとしては、死に行く親族を見放すわけにはいかない。「治療をやめてください」と言い出すことも、医者から「もう特別な治療はしませんが、いいですか?」といわれて承諾することも、後々まで悔い、あるいは心の傷として残ることになるかもしれない。

しかし、延命治療には高額な医療費がかかるという現実がある。終末期が長いほど、その負担は大きくなる。「3日で500万円」というのは珍しくないのだろう。病院側のスタッフとしても、望みのない治療を長く続けることに気が重くなることだろう。そして家族は、設備の整った大病院に患者を入院させたならば、あるいは、そこに患者が救急車で運ばれたならば、死を見取るまで何日もかかることを覚悟しなければならない。多くの大病院は、最新の治療方法を用いるから、患者を簡単には死なせない。(なにしろ、心臓が一旦止まっても、動かす施術もする。) 病院は、延命治療を中止する決断ができなくなっているのだ。生きるより、死ぬことの方に金がかかる時代になっているようだ。

特に財政危機的な政府にとって、医療費を抑制するために終末期の高額な医療を何とかしなければならないと考えるのは、もっともなことであり、理にかなっている。その室長補佐は、官僚にしてはよく考えているし、眼の付け所がいい。記者が「制度導入の本音」と評したが、私は「制度導入の本質」と考えたい。

しかし、理性と感情がぶつかれば、どうしても理性は感情の強引さに追い詰められるのが常である。世論的には、「終末期の医療費などケチるな」という主張の方が強いようだ。

厚労省が、後期高齢者(75歳以上だけでなく65歳以上の障害者を加えたことには、注意を要す *1)に対して医師が主導して作成する「リビング・ウィル」に診療報酬*2 を与えることにしたのも、患者から「延命治療の多くは望みません」、「人工呼吸器は装着しないでください」などという言質を書面でとっておけば、終末期にたとえ家族が延命治療の中止を望まなくても、本人の意思なんだからとして医療機関が倫理的な問題もなく治療を中止できることになり、その分、医療費が安上がりになる。それに比べて、作成のための診療報酬など微々たるものだろう。

 

*1 毎日新聞朝刊2008/4/25総合面に、〔延命治療有無(リビング・ウィル)作成が診療報酬化されることで、日本ALS協会は見直しを求める見解を公表した。択一書式案に患者団体反発〕とある。

*2 「終末期相談支援料」という。診療報酬は2000円。

 

 

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