正社員を募集しながら有期雇用を続ける会社                岡森利幸   2008/7/30

                                                                    R1-2008/8/1

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞朝刊2008/7/15社会面

フランスの高級ブランド、エルメスの日本法人エルメスジャポンで時計の販売をしている川崎市の女性(35)が、「正社員募集の求人で採用されたのに有期雇用にされて(4年後)解雇を通告された」として、同社を相手取り、正社員としての地位確認と解雇通告の差し止めを求め東京地裁に提訴した。

女性は04年に正社員募集の求人広告を見て応募。150人の中からこの女性を含め2人が採用された。その際、「とりあえず嘱託でお願いします」といわれ、「6カ月の期間」と記された雇用契約書にサインした。

女性は049月に働き始めた。068月に「いつになったら正社員になれるのか」と会社側に尋ねると、「もう少し見させて」と言われた。073月にも人事面接で同様に言われ、083月に「6カ月更新し、その後は更新しない」と事実上解雇を通告された。

エルメスジャポン「提訴の内容は団体交渉で継続中のことでコメントすべきでないと認識している。法の範囲内で誠実に対応したい。」

エルメスといえば、日本では世界的な高級ブランドとして名をはせている。「エルメスで働いている」といえば、多くの人にうらやましがられるような、高給で堅実な職場で働いていると思われるかもかもしれない。でも、実態は少々違うようだ。正社員であるか、非正規社員であるかによって、働く側の意識も違ってくる。

エルメスジャポンは、人(販売員)を集めるために「正社員募集」を広告しながら、実際に採用者に求めたのは、人件費が安く、会社の都合で容易にやめさせることのできる有期契約だった。契約を迫られた応募者は、「どこの会社でも正社員になる前は試用期間というものがあり、それが半年なら、仕方ない」と思い、半分納得し半分気が進まないまま契約する。その試用期間のつもりが、半年が過ぎても一年が過ぎても、ずるずると有期の契約を続けているとしたら、「だまされた」ことになるだろう。それでは会社側は不誠実そのものだ。詐欺師の手口と同じだろう。正社員募集、あるいは正社員になれるという触れ込みで応募したのに、いつまでたっても、契約の販売員では、失望も大きい。エルメスジャポンでは、失望してやめていった人が、どのくらいいるのだろう。

「提訴の内容は団体交渉で継続中……」ということは、彼女だけの問題でなく、他の多くの人が同じ目にあっていることなのだろう。販売員たちを「正社員」にしない会社側のやり方が問題となって、従業員たちが団体交渉で改善を求めているようだ。会社側がすんなりと受け入れていない様子も伺える。そんな会社が、メディアに取り上げられたときだけ、「誠実に対応したい」などと白々しいことをいってほしくない。

4年間働いても正社員にもなれず、今では失業の瀬戸際(有期雇用では、雇用保険に加入していたかも疑わしい)に追い詰められた、この女性は、だまされた怒りと今後の不安を抱え、ラチの明かない会社側との交渉をあきらめ、やむなく、手間もかかるし、お金もかかる裁判に訴えたのだ。会社が本当に誠実だったならば、彼女は「事を荒立てたり」しなかったろう。裁判では、おそらく、エルメスジャポンの弁護士は、「当時の採用試験で、正社員としての合格者はいなかったが、嘱託としてなら働いてもいいという2名を採用した」などと言い訳するのだろう。〈150人の応募者の中で、合格者が一人もいなかった〉というヘリクツが通用するのだろうか。

販売業の実情にうといような裁判長が「それも否定できない」などとあいまいな表現で裁定を下し、ヘリクツを容認してしまうかもしれない。原告が会社側の違法性を立証するのは難しそうだ。たとえ彼女が裁判に勝ったとしても、日本の法制度では、彼女自身に実利はないに等しい。そんなエルメスジャポンに居続けても、上司から常に冷たい視線で見られるだけだろう。ともかく、泣き寝入りせずに、会社の不当な雇用方法を訴えた彼女の勇気を私はほめたい。

 

目抜き通りに華麗な店を構え、エルメスというブランドの旗を掲げれば、客が寄ってくるかもしれないが、その客に高価な商品を選ばせ、買う決心をさせるのは、やはり販売員の力量にかかると思う。人事担当者は、採用の試験や面接のときに、そんな力量を見極めなければならない。でも、何人もの人と会っていれば、短期間でも見極められるはずである。販売の経験がないからといって、半年もの長期間、試験的に働いてもらう必要はないはずだ。私が人事担当者なら、そんな試用期間は半月で十分だ。最初から、採用者に有期契約を結ばせるのは、「販売員として働いてもらいたいが、正社員にはしたくない」という会社側の意図が露骨に出ている。それなら、最初から「有期契約販売員募集」として人を集めればよかったのだ。それでは、人が集まらなかったのだろうか。

本当に働きたい人は、結婚までの腰かけ的な有期契約では、意欲的な仕事はできないだろうし、まともな労働組合にも入れず、職場での不満や待遇に関する要望も直接上司に言うしかなく、すると、「それなら、来期の契約は打ち切っていいよ」と暗に示されるのがオチだろう。非正規社員の悲哀を味わうことになるから、好き好んで有期雇用を選ぶわけはない。

この女性がたびたび、「いつ正社員にしてくれるのか」と言うようになって、会社側は、〈うるさい女だナ。販売員として優秀だから、契約を継続していたのに……。年齢も年齢だから、そろそろやめてもらおうか〉と考え、他の販売員への見せしめ的にもなるように、女性に解雇通告したに違いない。

エルメスジャポンは、従順で、若くぴちぴちした販売員だけを求めていたようだ。有期雇用ならば、数年で辞めさせ、回転をよくすることができる。すると、若くぴちぴちした、賃金の安い販売員だけが店頭に立つことになる。つまり、「販売員は使い捨て」という扱いをしていたのだろう。(「ぴちぴち」が経営者の趣味かもしれない。)

エルメスの時計というと、10万円以上の高価なものばかりだ。しかし、時計メーカーとしての評価は、率直に言って、「並」だろう。〈ブランド志向の強い日本人なら、エルメスのロゴを付ければ、何でも売れる〉というわけではないだろう。時計としての機能・性能よりも、そのデザイン性と高級感覚を客に売り込むしかない。単に見た目がよく、若くぴちぴちしただけの販売員では、売り上げを伸ばすのは難しい、と私は思う。どの客がどの商品を求めているかをすぐに見抜くような機転のよさと、接客のうまさが販売員に求められるはずだ。

人件費をケチって有期雇用ばかりの販売員では、エルメスのブランド力をもってしても、先行きあやしいものだ。高級品を商う業者としては、優秀な販売員を多く抱えることが販売を伸ばすために必要だろう。そういう販売員を「社員」として大事にすることで、ブランドにハクがつくというものだろう。人材を育てていくことが老舗の秘訣でもある。「正社員募集」で求人していながら、有期契約を結ばせ、ずるずると試用期間を引き延ばすような姑息な手段で、不安定な雇用関係を強いるのでは、応募者がいくら有能でも、いい人材に育つわけはない。

 

 

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