トラをいじめた少年たち                                         岡森利幸   2008/1/11

                                                                    R1-2008/1/15

以下は、新聞記事の引用・要約。

The Japan Times 2007/12/27 World/Classified

2007年クリスマスの午後、サンフランシスコ動物園で、体重158キロのシベリアン・タイガーが囲いの中から逃げ出して少年たちを襲った。17歳の少年は死亡、その仲間の二人は重傷を負った。事件発生の通報で、直ちに警察が非常線を張り、付近にうろついていたトラを射殺した。

事件のあった現場では、10メートルの幅のある堀と、堀の下部から垂直の高さ3.75メートルの壁に隔てられていたが、動物園・水族館協会によると、壁の高さは5メートル以上でなければならないという。

4歳、体重158キロ、タチアナという名の雌トラは、シベリアン・タイガーが絶滅危惧種のため、雄との交配を期待されて数年前、デンバー動物園から来ていた。

The Japan Times 2008/1/10 World/Classified

捜査員は、被害者とその仲間が、トラを怒らせていた可能性を調査している。警察は、通常トラの囲いの中にはない23センチの岩と、椰子の実、木の枝、棒を見つけていた。

壁の上部には、爪あとが発見されており、トラが壁を飛び越えたことを示している。

警察は、サンフランシスコ市の女性が、その午後、4人の若い男がその近くのライオンをからかっていたという証言とともに、二人の生存者(兄弟)から事情を聞いている。兄弟の弁護士は、彼らがトラをからかったことを否定している(*1)。

サンフランシスコでは、大型猫科の囲いの壁は、3.8メートルから厚いガラスを追加し、5.8メートルに引き上げ、「動物たちの邪魔をしないように」(do not disturb the animals)という新しい規律表示を設けるなどの対策をとるという。

2007年クリスマスの夕方近く、サンフランシスコ動物園で、体重158キロのシベリアン・タイガーが囲いの中から飛び出して少年たちを襲ったことは、アメリカではかなりショッキングな出来事だったようだ。

その囲いは、オープン構造になっていて、観客とは堀と壁で隔てられていた。動物を檻の中に閉じ込めるのでなく、動物が動き易いようにできるだけ広いスペースが確保され、観客からは安全に自然な形で観察できるようになっていた。動物にとっても、そんな環境は、ストレスを減らし、本来の野性を失わずにすむのだろう。

事件の状況から、何があったのか想像してみよう。

 

――少年たちは、堀の壁より数メートル外側にあるフェンスに身を乗り出すように一頭のトラを見ていた。そのトラは観客には無関心で、ゆっくり歩き回っていた。そのトラに向かって、はやし立て始めた。少年たちはどんなにトラを怒らしたとしても、自分たちは安全なところにいることがよくわかっていたし、自分たちは常に上位にいるという思いがあった。少なくとも、この動物園の中では……。

「おめぇ、歩き回るだけじゃ、トラらしくねぇ。能がねぇトラだ。すこしは、威嚇してみろ。ほえてみろよ、ウォーと」

「ウォウ、ウォウー」

「おれたちは万物の霊長のヒトだぞ。おれたち人間様は、おめぇたちと格が違うのだ。格の差を狭めるためには、ほえるしかねぇぞ。ホレ、強がってみろよ」

少年たちは、言葉が通じないことに、いらだたしさを覚えた。一人の少年が足元の植え込みの中に、売店で売られていた椰子の実に目をやった。それは、中のジュースが飲みほされて、厚い外皮が捨てられていたものだった。〈これを投げ入れたら、トラはどうするのだろう〉と少年は思って、投げ入れてみた。椰子の実がトラの後方に転がった。トラは、それに気づくと、そっと近寄って、前足を出して何であるかを確かめるようなしぐさをした。

「ボールにじゃれつくネコみてぇだ。こいつはおもしれぇ」

「ネズミをいたぶっているドラネコだね」

「この岩を投げ入れたら、どうでぇ?」

もう一人の少年が直径23センチの岩を砲丸投げのポーズで投げ入れた。岩は、放物線を描き、囲いの中にドスンと地響きを立て、転がった。それはトラとの距離が5〜6メートルあったが、その瞬間、トラはビクッと横に飛び跳ね、後ずさりした。

「ハハハ、怖がってやんの」

「棒を投げ入れたら、イヌのように芸をするかな?」ともう一人の少年。

その棒がトラの近くの地面で跳ね返り、トラの体に当たった。

次の瞬間、トラは少年たちに向かってすばやい動きで深い堀に駆け下り、堀の底面から大きくジャンプした。3.8メートルの壁の上部を前足でひとかきしてから、壁の上に身を乗り出し、そのまま、跳び箱をこえるかのように、観客側の地面に着地した。その後は、驚きと恐怖と苦痛で悲鳴をあげる少年たち三人を次々に前足で引き倒し、噛み付いた――。

 

サンフランシスコ動物園だけでなく、各地の動物園で、少年たちが動物をからかうような光景がよく見られるという。今まで、そんなことはある程度、黙認されていた。アメリカ社会では、自意識に目覚めた少年たちが、いじけずに自信を持って自己主張できるような人間になることがよいとされ、うぬぼれを助長するところがある。しかし、それは弱い者いじめにつながりやすいのだ。

動物たちは、野生ではどんなに獰猛で力強くても、動物園では常に弱い立場にある。動物をいじめるような少年たちに対して大人が注意しないようでは、少年たちはまともな社会人(あるいは国際人)には、なれないだろう。

 

*1.動物園側との損害賠償の交渉を有利に進めるために、それが自分の報酬にも関わるから、弁護士は依頼主の不利になるようなことは決して言わないものだ。記者が弁護士に取材すること自体が無意味だろう。

 

 

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