金屏風を背にして離婚会見                                         岡森利幸   2007/11/20

                                                                     

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞夕刊2007/11/17夕刊とっておき

13日に都内のホテルでそろって離婚会見した(やす)()(46)と春風亭小朝(こあさ)(52)。

2人は88年に結婚。当時、大きな話題となったカップルだ。結婚20年を前にしての破局について小朝は「9月に、奥さんのポジションから外してくれないか、と(泰葉から)話があった」と説明。

泰葉が今年に設立したエンターテイメント会社の仕事が忙しくなったことが最大の原因のようだ。落語家の妻らしく泰葉は、「この会見とかけて泰葉と解く。その心は小朝(怖さ)知らず」と締めたが、とても笑えなかった。

(佐藤雅昭)

うーん、これは離婚会見らしくない。わざわざ、大ホテルの広間を借り切って金屏風を背にしての離婚会見は、奇妙な図だ。そもそも金屏風は祝い席に用いるものであり、場違いな設定だろう。

その記者が「笑えなかった」ことを記事の締めくくりとしたことに、この会見のすべてを表しているようだ。記者たちは、内容のない離婚会見につき合わされて、おもしろくなかったのだ。記者たちの質問も、ほとんどはぐらかされたようだ。この会見では、離婚の理由がさっぱり分からない。小朝と泰葉は相手のことを傷つけないという思いやりで、本当のことを語らなかったのかもしれないが、私は腑に落ちない、もどかしさを抱く。そんな会見をするなら、もう少し、誰もが納得できるような言い方があってもよかった。

この離婚会見では、他人ごとのように経過を解説するだけの小朝と、少しはにかむようにニタニタしている泰葉。彼ら二人には真剣さや深刻さがまるでないし、離婚という「悲劇的な幕切れ」の雰囲気は少しもないことに、私は違和感を持つ。どちらもあっけらかんとしすぎる。

私には、いくつかの疑問が浮かび上がる。あの豪華な結婚式は何だったのか。永遠の愛を誓ったのはうそだったのか。この二人の20年近い結婚生活は何だったのか。マスメディアを呼び集めて離婚会見を開いたのは、なぜだろうか。

時の流れで愛も冷めたのだろうと言ってしまえば、それまでだが……。

泰葉が「小朝知らず」と茶化(ちゃか)したのは、20年近く一緒にいて、「相手のことはよくわからなかった」という愚痴のようだ。彼らは、たがいに相手に無関心で、よそよそしく振舞っていたのだろう。この二人は夫婦の絆を結ぶことができなかったし、その努力もしなかったようだ。

もしも今回の離婚の調停を家庭裁判所に持ち込んだと仮定したら、双方の言い分を聞いた裁判長は、「結婚が継続できないとする正当な理由はどちらにも見出せない」として離婚を認めず、「結婚ということをまじめに考えて、もう少し結婚を継続する努力をしなさい」と双方にたしなめたはずだ、と私は考える。

相手の知名度を利用するかのような結婚をし、離婚に際しても、メディアを呼びつけて大々的に発表した。つまり、彼らは、自己顕示しただけのことかもしれない。泰葉は、離婚を発表したことで、自分のビジネスにはずみをつけたかったのだろう。その宣伝効果を狙って離婚会見したのだろうと私はうがった見方をしてしまう。家庭をそっちのけにしで、事業にいそしもうとする姿が目に浮かぶ。そんな妻に文句の一つも言ってやるのが夫の務めだろうが、あきらめきったような小朝だった。

 

 

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