最期まで自己中心の男                                                    岡森利幸    2007.8.14

                                                                     R1-2007.8.21

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞夕刊2007/8/7社会面

栃木県さくら市の保険金目的の殺人、放火事件で、8月6日の夜、妻殺害の容疑者が弁護士接見後、署内の面会室で自殺。

小林容疑者の遺書「……私に身に覚えがありません。……私は潔白です。……私は無事です!!」

毎日新聞朝刊2007/8/8社会面

栃木保険金目的殺人事件

担当の松本弁護士は6月の時点で自殺の恐れを把握していたが、県警に伝えなかった。

「死ぬ、死なないは人間の究極の尊厳。本人の意思を尊重した」

この男は自分も殺してしまった。これは一番卑怯なやり方だろう。これから裁判にかけられ、判決によって処罰されるべきなのに、すべてから逃げ出したのだ。人間の尊厳どころか、みっともないだけの死に方だろう。

その弁護士が接見を終えたあと、警察側に終了を知らせずに男を一人にしたまま帰ってしまったことが、自殺を決行させた一番大きな要因だろう。その後の弁護士の言葉は、自分を弁護するだけの言い訳に聞こえる。殺された人間の尊厳をどう思っているのか。事件の真相を追究しようとするつもりがあったのだろうか。

 

男の遺書の全文が新聞に掲載された。(誤字と思われる部分も多いが、それは大目に見よう。)潔白だといいたいのなら、裁判の場でいくらでも(もちろん最高裁まで控訴できる)主張できたはずだ。裁判から逃げたということは、潔白を実証できないからだろう。潔白を実証もせずに、潔白だと言い続ける神経は、どういうことなのだろうか。この男は罪を認めざるを得なくなったから、自殺したのだろう。

この男は、03年1月、会社の部下ら4人で自分の物置兼住宅に放火したと見られる事件を起した。そのとき、真相がまだ明らかにされず、この男は火災保険(約600万円)を受け取った。さらに04年2月に、二階のベランダで凧揚げをしていて誤って落ちたという次男(妻の連れ子で当時7歳)の死で多額の生命保険金8000万円を受け取った。事故としては不自然さがつきまとっていたが、〈二階のベランダで凧揚げをしていて誤って落ちた〉という見え透いたうそっぽい話を信じて、なんと警察は事故として処理した。そんななまぬるい対応や高額な保険金の受け取りに味をしめたためか、そしてまた不自然な死の事件が、男の身の回りで起きた。

今年2月27日の夜、妻が首吊り状態で発見されたのだ。しかも司法解剖の結果、他殺の形跡があった。つまり、自殺に見せかけた犯行だった。その殺人犯は、単に殺しただけでなく、警察の捜査から逃れようとする狡猾さをもち、自殺に見せかけることで、多額の保険金を得ようとしたことが明からなってきた。自殺となれば、その男に生命保険金約9000万円が支払われるところだった。自殺の場合、保険に入ってから一定期間過ぎないと保険金は支払われないが、その一定期間が過ぎた直後に偽装自殺が起きたとは、あまりにもできすぎているから、すぐに保険金目的だったという容疑に結びついた。

次男の死はまだ疑わしいという推測段階かもしれないのだが、自分の妻が自殺に見せかけられた殺人事件では、この男が主犯格だった可能性が限りなく大きく、その有力な証拠も上がっていた。この事件でも、その男にとって手下のような男たち二人の手をかりて実行したという証拠が上っている。単独犯でないのは、ばれたときのために、「部下がやったことであって、自分はやっていない」と白をきるつもりだったのだろう。遺書では、自分が指示をしたのではないと言い張っている。ずるい男だ。

事件の夜の犯行時間帯に、この男はよく行くスナックで時間をすごしていた。翌日、店主に「警察に何か聞かれたら店にいたと言ってくれ」と念を押して証言を頼んだことがわかっている。しかし、男は支払いを済ますまで店にずっといたわけではなく、店の外に数回出ていたというから、不審なアリバイ工作をしたという状況証拠になった。

明白な証拠が次々と上がっている中で、遺書には、すべて潔白だと書き連ねた。知人などの関係者に迷惑をかけたというお詫びの言葉はあっても、殺された次男や妻に対しては、お詫びの言葉の一つもなかった。詫びる相手が違うだろう。

罪を認めざるをえなくなった状況でも、死ぬまで、うそをつき通そうとしたことに、この男の非情さと異常さを不可解に感じる。「自殺するつもりなら、最期ぐらい、本当のことを話せよ」と、私は言いたくなるのだ。

この男は自分の非を絶対に認めたくないタイプの男なのかもしれない。あるいは、〈自分が悪いことをした〉という意識を全然もっていなかったのだろう。妻子を殺しても罪の意識など感じなかったから、そんな白々しいことが書けるのだ。警察が彼らを逮捕しなかったならば、この男は多額の保険金でほくそえみながら、自分だけが豊かな生活を送るつもりだったのだろう。他人が死んでも痛くもかゆくもなく、自分の家族が死んでも、大金が得られて自分が豊かな生活を送れるならばそれでよいのだと思うような、自己中心男だったと私は考える。

この男が、なぜ7歳の子供に8000万円もの生命保険をかけたのか。だれもが納得できるような正当な理由があるのだろうか。男が妻子に多額の保険をかけたこと自体がまともではない。何かあったときに、遺されたものが経済的に困らないようにするために保険をかけるものだが、この男は、一家の生計を支える自分に保険をかけるのならともかく、自分がこしらえた多額の負債を抱え、経済的に困窮した状態で、経済力のない子供や妻に保険をかけて多額の保険料を支払うことにどんな意味があったのか。それが、そもそも「身に覚えのある悪意」だった、と私は考える。その死によって保険金を得る狙いがあったとしか考えられないだろう。生命保険金8000万円を他の子供たちのために使うというのなら、まだ話は分かるが、この男はすべて自分のために使ってしまった。

他人の死によって自分に大金が得られるという保険の仕組みを最大限に利用しようとしたものだろう。本来の保険の目的から逸脱していても、保険料をちゃんと支払うなら、保険会社にとって、それは「いいお客さん」なのだろう。常軌を逸した多額の保険契約を結んだ保険会社にも責任の一端があると私は思っている。

おそらく殺された妻は、この男の「悪意」を見破れなかったのだろう。この男は、妻に決して悪意を示さず、うわべだけは優しく接していたのだろうと思う。男にとって、妻は〈何千万円もの大金〉に見えたに違いない。そんな〈金のなる木〉ならば、粗末にしないだろう。保険金が得られる期限の前に離婚するようなことになれば、元も子もなくなってしまう。お互いに信頼しあって結婚したのだから、夫が妻を金のために殺したとなると、最大の裏切りだろう。残忍さと己の金銭欲がなければとてもできない。

この男は詐欺師でもあった。

 

 

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