滑走路は右側だろう                                                 岡森利幸   2007.2.12

                                                                                                                       R1-2007.2.14

 

毎日新聞朝刊2007/1/7社会面

16日、秋田空港で旅客機(大韓航空、ボーイング737型)が誘導路に誤着陸。

西からの着陸では、施設の機器の関係で自動操縦でなく、手動操縦になるという。当時小雨が降っていたが積雪はなく空港レーダー事務所は「着陸に影響がでる気象条件でなかった」という。

毎日新聞朝刊2007/1/8社会面

ボイスレコーダーには駐機場に移動した後に「誘導路に降りてしまった」と話す機長の声が録音されていた。副操縦士は着陸直前、誤認に気付き機長に指摘したが、確信がなかったため制止しなかったという。

機長には、秋田空港にはこれまで何回か着陸した経験があったという。しかし今回、西側から滑走路への進入は初めてだった。

秋田空港には、滑走路と誘導路が二本平行して約2500メートルの長さで伸びている。長さが同じでも、滑走路の幅は60メートル、誘導路の幅は30メートルだから、視界さえ悪くなければ、通常は見まちがえようがないところだし、このとき視界が悪い状態ではなかった。滑走路か誘導路かの識別は、基本的に滑走路の表示灯を確認するものだが、機長と副操縦士は結局それも怠ったという。

これまで東から着陸していたときは、飛行機は自動操縦に導かれるまま、右側の滑走路に降り立っていた。だから、機長には「秋田空港の滑走路は右」という思い込み(固定観念)があったという。事件後、機長はそんな証言をしている。自動操縦に導かれているのに慣れてしまうと、人間は考えなくなってしまう。東から見れば右でも、西から見れば左であるという基本的な方向感覚も、ときには間違うことがあるという例だろう。

 

――以下、そのときの状況をイメージしてみた。

機長が右側の「平行路」に機首を向けて、機体を降下させつつあるとき、副操縦士が間違いに気付いて、「機長、滑走路は左側じゃないですか」などと注進した。秋田空港の管制室からも、そこは誘導路だという無線連絡が入ってきた。ここで機長も誤りに気付いたはずだ。

〈このままだと、「誘導路を滑走路と間違えて着陸したアホな機長」と世界中の笑いものになる。上司や会社の幹部からはこっぴどくしかられるかもしれない。それだけではなく、降格させられるかもしれない〉という思いが彼の脳裏によぎったことだろう。

結局は、そのまま着陸態勢を変えずに誘導路に飛行機を着陸させたのだが、そのとき機長は、どう考えたのだろうか。

誘導路に着陸するのを取り止めるなら、進路を変えて正しい滑走路に向かうか、上昇して着陸をやり直すかのどちらかしかない。滑走路に着陸するには、滑走路のある左へ急に方向を変えなければならない。降下しつつある体勢で、方向を変えるには、機体を大きく左に傾ける必要がある。それは危険だった。あるいは、上昇するためにエンジンを全開にしてスピードを上げればいいが、短期間に上昇できるほどのエンジンパワーは得られないかもしれない。下手に浮力を得ようとして機首をあげると、失速(操縦不能の状態)の恐れがある。あるいは上昇に失敗し、スピードを上げた状態で誘導路上に突っ込んでしまうかもしれない……。

誘導路は、着陸のときの車輪が加える強い力に耐えるようには作られていないし、着地後の車輪のブレーキが効きにくい。それを承知で、いくつかの選択肢を切り捨てて、誘導路に着地を決意したのだと思う。誘導路上には、特に障害物はなかった。もしも、誘導路に飛行機が進み出ていたら(*1)、たいへんな事故になったところだが、機長が着陸態勢に入るとき、「滑走路」上も「誘導路」上にも、機影はなかったはずだ。「滑走路」上に機影があれば、いくらなんでも、そこへ着陸しなかったはずだ。閑散とした地方空港だったことも一因して、誘導路を滑走路と間違えたのだろう。

着陸態勢を変えられる境界を過ぎていれば、じたばたせずにそのまま着陸するしかない。私は、彼が一番安全な方策を選んだのだと考えたい。

その後、その機長と副操縦士は大韓航空から解雇されたという。秋田空港にも誘導システムがきちんとしていないところがあったので、彼らに対して『日勤教育』ぐらいの処分でよかったのではないか……。

 

*1. タキシングのこと。主要空港の場合、航空機が誘導路上に列をなして離陸の順番待ちしているのが普通。

 

 

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