安倍首相の慰安婦発言                                             岡森利幸   2007.3.19

                                                                                                                       R1-2007.3.25

以下は、新聞記事の引用・要約。

毎日新聞夕刊2007/3/3まち面

訪米中の(ソウ)(ミン)(スン)韓国外相が、旧日本軍による従軍慰安婦問題で安倍首相が「強制性を裏付けるものはなかった」と発言したことに関して、「日韓関係を改善する助けにならない」と批判した。

毎日新聞夕刊2007/3/5まち面

首相は、(3月1日の発言に引き続き)5日午前の参議院予算委員会で、93年の河野洋平官房長官談話について、「基本的に継承する」としながらも「狭義の意味の(軍の)強制性は、それを裏付ける証言はなかった」と強調した。

首相は狭義の強制性を「官憲が家に押し入って、人さらいのごとく連れて行く」行為と説明し、「慰安婦狩りのような官憲による強制連行的なものがあったと証明する証言はない」と繰り返した。

首相は答弁で、「ご本人が進んでそういう道(従軍慰安)に進もうと思った方はおそらくおられなかったと思う。間に入った業者が事実上強制していたケースもあった」と指摘。「軍の要請」は「狭義の強制」に含まれないとの認識を示した。

毎日新聞夕刊2007/3/7まち面

米2誌が首相慰安婦発言を批判する社説や寄稿を掲載した。

ニューヨーク・タイムズは、「日本は真実をねじ曲げ、名誉を汚している」と批判し、被害者への公式な補償金の支払いを求めた。

ロサンゼルス・タイムズは「首相の発言によって被害者は更なる苦しみを味わった」とし、日本政府は生存者に対する補償を「道義的にも法的にも果たす義務がある」と述べている。

毎日新聞朝刊2007/3/8総合面

首相の慰安婦発言に、米誌サンノゼ・マーキュリーが6日付けの紙面で、「ホロコースト否定論者にも似た行為だ」と非難する専門家の声を紹介した。マーク・ピーティ教授「愚かさにあきれ、開いた口がふさがらない」と批判。

毎日新聞朝刊2007/3/11総合面

アメリカで、超党派の下院議員(マイケル・ホンダ議員を始めとして)が元慰安婦への謝罪要求決議案を3月中の本会議採択を目指している。民主党の躍進と、安倍首相の発言を潮目に米メディアも大きく取り上げたことによって、本会議採択が現実味を帯びてきた。

ホンダ議員は日系3世。幼少時はコロラド州の日系人収容所で過ごした。カリフォルニア州議会議員当時から日本の戦争行為に批判的だった。地元サンノゼの選挙区では、29%がアジア系で、韓国系米国人も多い。従軍慰安婦問題ワシントン連合会や韓国人人権団体が活発に運動しているという事情がある。

安倍晋三首相の3月1日の慰安婦発言に一番敏感に反応したのが、韓国の人だった。アメリカでも、連邦下院で元慰安婦への謝罪要求決議案が取り沙汰されていたから、メディアが飛びついた。

軍の「強制」があったか、なかったかということで、「強制」という言葉にこだわる安倍首相だが、そんな狭義の意味うんぬんという『下手な説明』では問題がますますこじれてしまい、内外から、特にアメリカから批判を浴びることになってしまった。軍が「慰安」を強制したものではなく、要請しただけだということが彼の持論であるらしいが、それでは責任逃れの言い訳に聞こえるのだ。「撤退」を「転進」と言い換える旧日本軍の発想と同じだろう。(一部の政治家が国債や地方債を『借金』ではないと言い張るのにも似ている。)

それにしても、予算委員会での答弁が世界中に知れ渡るのだから、首相の発言は特別な重みをもつ。特に慰安婦に関する発言は、世界中に筒抜けである。批判する側にとって格好の材料になるのだから、持論を主張すればするほど、あげつらわれる。自分の考えをめったに口にしない安倍首相にしては、余計なことを言ったものだ。

日本政府が公式に補償金を支払っていないことがいつまでも指摘されている。たとえ全ての「被害者」が亡くなっても、その遺族や親族が補償金を要求するだろう。アメリカでの韓国系元慰安婦の被害者意識は相当強いものがあるようだ。アメリカでは、単に謝っただけではすまない。故意であろうと過失であろうと、強制であろうと要請であろうと、加害者が金を出さなければ、何事も収まらないし、誠意を示したことにならない。

 

以下は、新聞記事の引用・翻訳・要約。

The Japan Times 2007/3/17 National

政府への質問書(質問意見書)の中で、社民党の辻元清美議員は、政府は1991−1993年の慰安婦問題の調査のときに中曽根氏に審問したのか、もし、していないのなら、その予定はあるかという質問をした。3月16日に出された回答書では、政府は中曽根氏の所業については認識しているとだけ回答し、辻元氏の質問には答えなかった。政府は、調査のために実施したそれぞれの審問に関する情報については個人を特定することになるという理由で明かさなかった。

海軍の退役軍人の回想録を集めて1978年に出版された『終りなき海軍』(*1)の中で、中曽根氏は、「兵隊は、現住民の女を襲う者やバクチにふけるものも出てきた。そんなかれらのために、私は苦心して、慰安所をつくってやったこともある」と書いている。

辻元清美氏によると、この文節は、今年初めにアメリカ下院に、日本軍が慰安所を直接運営したことの証拠として出されているという。

(中略)

1993年に河野洋平官房長官が、政府の調査結果は日本が女性たちを慰安所に強制したことを示しているという公式声明を出した。1993年に官房副長官だった石原信雄氏は、その声明は(強制したという表現に関して)政府文書には(そんな証拠は)なく、主に16人の元慰安婦の証言によるものだと語った。

つまり、軍が関与したという有力な資料が、『終りなき海軍』に元首相中曽根康弘氏が書いた部分にあるという。中曽根氏は設営隊の主計長として慰安所づくりに大きくかかわっていたのだ。政府にとって極めて身近な人物がその証人であるとは、皮肉なものだ。それは、ほんの二行の記述だが、どうやって慰安婦たちを集めたかがポイントであって、辻元清美氏でなくても、詳細を知りたいものだ。中曽根氏が「苦心したこと」は何だったのか。(おそらく、女性たちを集めることに苦心したに違いない。)*

1993年に河野洋平官房長官談話に関しては、石原信雄氏の発言にあるように、当初から政府内のタカ派の人々の間に不満がくすぶっていた。たった16人の元慰安婦の証言で公式声明を出したという不満(アンフェアという感情)と、慰安婦ごときに頭を下げたくないという思いがある。慰安婦を蔑視(べっし)するものだ。彼らには日本軍に対して尊大な誇りをもち続けており、日本軍の悪行を認めたくないという気持ちが強い。彼らの中に日本軍の体質が受け継がれているのだろう。そんな気持ちが「強制という言葉」の枝葉末節にこだわらせるのだ。

政府が「日本軍が強制した証拠はない」と言い張っている根拠について、あやしい状況が浮かび上がってきた。政府は個人情報保護を楯にして、調査内容を隠しているが、まともな調査をしていなかった疑いがある。公式な文書以外はいっさい信じようとしなかった状況が見える。確かに、公文書に強制したという記述はないのかもしれないが、それだけでは視野が狭すぎる。

そんな体裁をつくろったような文書より、例えば、元慰安婦を取材して書いたという『サンダカン八番娼館』山崎朋子著のような小説の方がよほど真実を語っている。もちろん小説では証拠にならないが、総合的な政治判断のためには、そんな伝承のような話や状況を参考にしてもいいと思うのだ。要は、どれだけ資料を参照し、何人の証言を基にして判断したのかが問題なのだ。安倍首相を含む一部の政治家たちはろくに調べもしないで「日本軍が強制した証拠はない」と言い続けていたようだ。しかも、政府は今後も調査するつもりはないとしている。調査すると、ますます政府にとって不都合な真実が明らかになってしまうのだろう。

あるいは、慰安婦問題に触れると、波風が立つものだから、だんまりを決めこむようだ。しかし、それでは「終りなき慰安婦」になってしまう。

 

*1.松浦敬紀編著、文化放送出版部発行。その中で中曽根氏は、『二十三歳で三千人の総指揮官』と題して一文を寄せている。

*2.最近の会見(2007/3/23)で中曽根氏は、慰安所とは将棋などを楽しむための娯楽施設だと説明した。それで若者たちの欲求が満たされ、現住民の女を襲うことがなくなったとは思えないが……。

 

 

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        強要された自白