D'Artagnan物語・三銃士T

「高等法院のフロンド(Fronde Parlementaire)」……第2幕

「高等法院のフロンド(Fronde Parlementaire)」……第2幕
マザラン枢機卿たちがパリに戻ってきて一番困ったのがゴンディ神父である。
今まで漸く盛り上がってきた一揆が急速に萎んだのでは、本来の目的達成することは出来ないと考えたのである。

三銃士第4巻後半から第5巻前半は、イギリスの清教徒革命を舞台としている。
従い、少々触れておく。
1642年8月チャールズ(Charles)1世は、イングランド中北部のノッティンガム(Nottingham)で挙兵した。
10月のエッジヒルの戦いに辛くも勝利したが、ロンドンの確保に失敗した。そのため国王軍は、オックスフォードに退去しここが拠点となる。
1643年北部、西部で優勢に軍を進め南西部でも戦術的な勝利を得たが、スコットランド軍が議会軍についたため北部イングランドを失う。
国王は、議会軍と交渉を進めたが中々進展しなかった。
ここでオリバー・クロムウェルOliver Cromwellは、近代的な軍隊を創設した。
即ち従来からの軍隊を改変し議員は将軍になれないとして、従来の無能な指揮官を更迭し再編成したのである。
そのクロムウェルの軍隊は忽ち(たちまち)効力を発揮し1645年6月、ネーズビーの戦いで国王軍に対して決定的な勝利を収めたのである。
国王軍はその後劣勢に傾き1646年4月オリバー・クロムウェルの議会軍がオックスフォードに迫ると国王は再起を期してスコットランドへ亡命した。
尚、当時 スコットランドScotlandはイングランドとは別の独立国である。
一方国王とイングランドとの交渉は国王チャールズ1世が妥協を拒み続けてきたために、国王を利用することを諦めた。
1647年1月、40万ポンド(現在の通貨換算で100億円強)で国王の身柄を議会軍に引き渡した。
これをもって大内戦(CivilWar・清教徒革命・Puritan革命)の第1期が終了した。

三銃士第5巻は、大内戦・第2期を飛ばして残部議会の手によるチャールズ1世の裁判に飛んでしまうので、ここでフロンドの乱に戻る事にする。

「イギリス革命史・上」 友清理士 (研究社 2004.7)



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