D'Artagnan物語・三銃士T

D'Artagnan・三銃士の疑問 藤本ひとみ「愛しのダルタニャン」考  

藤本ひとみ「愛しのダルタニャン」考 

平成15年7月11日から連載されている新潮社のWeb文庫である。
冒頭に述べている通り
「彼と一夜をともにした絶世の美女の名はミラディ、枢機卿の命を受けた女諜報員(スパイ)だった。」と「三銃士もの」と名乗りながら主人公はミラディである。
Dumasの小説(以下原作)の三銃士は1625年からラ・ロシェルのプロテスタント軍攻防戦が終わった1628年まで、リシュリューは枢機卿が宰相となった直後の4年間を背景としている。

作品(「愛しのダルタニャン」)は、従来の三銃士に抜けていたダルタニャンの素性(後年のモデルの)を正確に記載し、その他この時期の史実(バッキンガム公爵の真珠ばらまき事件や1625年アミアンでの事件)を解りやすく挿入してより小説の厚みを付けている点では評価出来る様に思う。
又、女性作家特有な書き回しとして男性像、特にダルタニャンやバッキンガム公爵の素顔など大して詳細に説明しなくとも顔が浮かんでくるというところはサスガとしか言いようがない。
小説の内容になるとこの時代の背景として宮廷内部の事件が中心となる。事実は「小説よりも稀なり」であって原作よりも実際にあった出来事の方が小説らしい。
さて、ここに人物設定として主人公である「ミラディ」に関して英国での素性を明らかにしている。
シェフィールド男爵夫人ミラディ・ウィンター。未亡人であり結婚は縁故をもとめてのことであると書かれている。
しかし、現在よりも身分制度の厳しい時代に一目で貴族階級かどうか解る英国に置いて「ミラディ」の素性は解りにくい。映画「マイフェアレデイ」を見てもらえば解るとおり言葉や立ち振る舞いからして違う。
何せダイアナ妃を見てみれば解るとおり「貴族階級」というのはあのような身なりをしている。簡単に書けば長身・金髪である。尚戦前の将校と下士官は身なりだけで区別がついた。

「愛しのダルタニャン」は平成16年5月30日現在第46回26章になっている。
物語も第22回 シュヴルーズ伯爵夫人(シュヴルーズ公爵夫人でなく)が登場する頃から三銃士を離れて宮廷事件になる。
第25回10章に「この者が、今日から、ボナシュウ夫人と一緒に下着係を務めることになりました。名前は、ミラディ・ウィンターと申し、歳は、今年で二十歳でございます」
下着係は、わずかに微笑んだ。
「シェフィールド男爵未亡人ミラディ・ウィンターでございます。ミラディとお呼びくださいませ」とシェフィールド男爵未亡人ミラディ・ウィンター事ミラディ(ミレディ)が宮廷婦人として登場する。
そして、ミラディの陰謀はシュヴルーズ公爵夫人を陥れてアンヌ・ドートリッシュの宮廷から第33回 第二部 第1章で追放に成功する。(1625年)
「当日付けで、王妃アンヌは、シュヴルーズ伯爵夫人に領地謹慎を申し付けた。
 シュヴルーズ伯爵夫人の領地は、トゥレーヌ地方の中心都市トゥールにあり、パリからは約六十リュー(約二四〇キロメートル)のかなただった。」

ここまでくると私などは違和感を憶えざるおえない。

まずシュヴルーズ公爵夫人が何故伯爵夫人に格下げになるのかが全く不明である。
シュヴルーズ公爵夫人は史実上の人物であるばかりでなくこの時期、宰相リシュリュー枢機卿と同様な強力な権力を誇った人物である。
夫君シュヴルーズ公爵は、王妹アンリエット王女と英国皇太子の婚姻の交渉の実務者として英国国王の代理を務めるほどの重要人物である。その夫人と言いながら、事実上その実務を取り仕切ったのがシュヴルーズ公爵夫人マリその人である。従い「愛しのダルタニャン」でミラディで等に簡単に罠を掛けられて失脚するというのはフィクションとしても解せない物である。
史実は1626年5月王位継承者問題に端を発した宰相リシュリュー枢機卿暗殺計画が発覚しその首謀者としてシュヴルーズ公爵夫人は追放されたのである。
1625年に既に追放されていたとすればこの事件は無かったことになる。実行者 シャレー侯爵(アンリ・ド・タレラン)はシュヴルーズ公爵夫人の取り巻き(愛人)であったから尚更である。
又シュヴルーズ公爵が伯爵なるというのは史実としては未聞のことであり、当時シュヴルーズ公爵夫人マリ・ド・ロアンはその出身の家柄が良いことを(歌に詠われるように)誇りにしていたのである。
又もう一つ気になることは、「シェフィールド男爵未亡人ミラディ・ウィンター」である。
即ち、未婚の外国人の貴族(イギリス籍)がアンヌ・ドートリッシュの宮廷の衣服の係りになるということである。
たとえばリュィーヌ公爵夫人(未亡人)マリ・ド・ロアンは、リュィーヌ元帥(宰相シャルル・ダルベール・ド・リュィーヌ公爵)の戦死(戦病死)により未亡人でとなったとき、規定により宮廷から出なければならなかったのである。そして、宮廷復帰の実現のために愛人であったシュヴルーズ公爵に言い寄って夫人に納まったのである。
即ち、「シェフィールド男爵未亡人ミラディ・ウィンター」は規定により宮廷婦人になれない。

尚、後日談としてマリ・ド・ロアンの結婚に関し、国王ルイ13世は不快に感じ、シュヴルーズ公爵を宮廷から排除(追放)する思惑もあったと伝えられている。しかし、それを実行に移せなかったのはシュヴルーズ公爵が好人物であっただけでなく中々の実力者(宮廷人としても)であったからである。

杜撰(ずさん)な時代考証は脚本家・三谷幸喜によく見られることではあるが、歴史小説はその時代のルールによって書かなければならない。
「歴史をこちらに引き寄せろ」とは、池波正太郎氏の言である。(北原による池波『梅安影法師』講談社文庫版解説)
即ち、人物設定で「シェフィールド男爵夫人ミラディ・ウィンター 」はフランス人の貴族と結婚したことにすれば話は簡単につくことである。
同様に、小説で重要な役目をすることになるコンスタンス・ボナシュー(Constance Bonacieux)はどうしても貴族でなければ説明がつかない。原作が平民であるから平民としたのであろうが原作でも物語の後半で貴族の扱いであるから齟齬(そごう)をきたしている。
「愛しのダルタニャン」では「コンスタンス、あなたが王妃様の下着係になれたのも、私のおかげでしたよね。さぞ私に感謝していることでしょうし、今回のことを心配してくれてもいることでしょう」とシュヴルーズ公爵夫人に言わせているが時代考証から言っても無理がある。

私の設定としては、ボナシュー(Bonacieux)氏は成り上がり貴族の伯爵にするのがよいのではないかと思う。当然爵位は金で買ったものであり、「20年後」で乞食になっていることから貴族になるための金の借金でその後破産したという設定ならば納得が行く。
コンスタンス・ボナシュー(Constance Bonacieux)は、その立ち振る舞いや容姿からアンリ4世(アンリ・ド・ナヴァール)の時代の名のある貴族の末裔ということで収める。
ボナシュー(Bonacieux)は貴族になるために多額の借金をし、良家の血統の貧乏元貴族の末裔の美貌の女性を妻とした。
当然コンスンスは寄宿学校を出て家庭教師の資格を持つ。従い、貴族らしい足腰をしていないことは説明が出来る。
史実としては、後のマントノン夫人(Maintenon,Francoise d'Aubigne de ルイ14世の事実上の晩年の夫人)の例がある。
従いアンヌ・ドートリッシュの宮廷で働く、というのも由緒ある貴族の末裔の貴族。家庭教師。という資格であれば何とか採用の基準に達し、コンスタンス・ボナシュー(Constance Bonacieux)としても主人の膨大な借金の返済ため粉骨して働くというのが現実味を帯びている。

 小説の展開としては、やはり「ミラディ」を主人公としては軽すぎるというのが私の本音である。英国でもスパイや諜報員というのは昔から上流階級の仕事である。男性でもCambridgeなどの大学でこれはと思わせる秀才がスカウトされる。又英国でCambridgeに入るにはPublicschoolに通わなくてはならず下層階級の子弟入れるはずもない。
即ち、「ミラディ」には原作からしてもそうだが知性と品格がないのである。

やはり、この小説はダルタニャンとコンスタンスとの恋愛小説として書かなければどうも話は続かない。
又、コンスタンス・ボナシュー(Constance Bonacieux)が平民であると、身分制度が厳しく平民を人間と思わない時代でに生きたダルタニャンにとっては当然コンスタンスは結婚対象になりえない。原作でダルタニャンに種々依頼する姿は貴族の宮廷婦人そのままである。
原作では、修道院に幽閉されていたコンスタンスはミラディに毒殺されてしまうのであるが、ここのところが実際の史実と結末と繋がらない。

従い私ならこの様に変える。
コンスタンス(伯爵夫人)はシュヴルーズ公爵夫人の側近として仕え絶大な信頼をえている。
1626年5月、「宰相リシュリュー枢機卿暗殺計画の発覚」。
この事を情報網からいち早く察知したシュヴルーズ公爵夫人は、コンスタンス(伯爵夫人)に忠勤の褒美と宮廷での情報源として残すために、リシュリュー枢機卿に「暗殺計画」を密告することを命令する。
それは急を要しリシュリュー枢機卿に情報が伝わる前にリシュリュー枢機卿に伝えなければ意味がない。それを察知したミラディ・ウィンターは真実とシュヴルーズ公爵夫人の陰謀を阻止しようとコンスタンスの後を追うがダルタニャン達に見つかり処刑。
おなかを押さえ、息を切らしてリシュリュー邸に急いだコンスタンス(伯爵夫人)は「暗殺計画の発覚」のヴァランセー騎士団長の密使よりも一歩早く到着した。リシュリュー枢機卿に面会し事の顛末を話そうとしている丁度その時密使が到着。
コンスタンスは密告の褒美に「ダルタニャンの昇進」と「ボナシューとの離婚 」及び「ダルタニャンとの結婚」を願い出る。
密告には褒美がつき物であるし、ダルタニャンとの子供を妊娠していると言うことを白状すればリシュリュー枢機卿も納得が行く。
Catholicの離婚は出来ないことになっているが、これも事実上結婚してないと言うことをでっち上げれば離婚出来ることとなっている。事実コンスタンスはボナシュー伯爵と別居状態であるから成り立つと言う物である。

でめでたし めでたしである。そして、小説の通りボナシュー氏にも手切れ金がリシュリュー枢機卿から渡されたと言うわけである。

これで史実が繋がった。



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