<例会山行報告> | |||||||
2004年5月 | ・三重嶽から天増川北尾根 ・南木曾岳 ・猫又山 ・姥ヶ岳 ・冠山 |
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<例会山行報告> 三重嶽から天増川北尾根 参加者:西村(高)、小松、正木、奈良(会員外)、高村(会員外) 計5名 小松 明美< 時間記録(記録 西村)> |
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天増川林道取り付き点 9:12 ・658M 10:25 湖北武奈との分岐 10:53 ・855M 11:30〜40 北尾根との分岐12:15 三重嶽山頂 12:20〜13:10 北尾根との分岐 13:15 ・943M 13:45 ・887M 14:24 ・889M 15:00 近江坂出会い 15:30 天増川巡視路分岐 ・784M 16:00〜10 天増川林道 16:40 元の取り付き点17:40 かねて青山舎、壇上氏から「今津山上会が天増川側から関電巡視路を使った道を切り開いた」と聞いており、このルートを使って三重嶽の例会を組んだ。もし、可能であれば、三重北尾根から近江坂に至り、近江坂中、ブナの核心部である天増川東尾根を歩きたいと思っていたが、それは胸にしまい込んだ。結果的には、胸にしまった計画は成就し、素晴らしいブナと再び巡り会う事ができた感激の例会となった。 天増川林道の入り口で管理者より鎖を外してもらい、林道をゆっくりと高行さん買いたてのカリブにあわせて遡る。かつての集落六ツ石村跡を過ぎ、道は右岸に渡る。すぐに送電鉄塔が真上を通過し、暫くは右岸を走る。・295のあたりが、轆轤村跡。しばらく進むと道は、尾根を回り込むようにして左岸に渡る。左岸に渡り、すぐのやや道が広くなったところに巡視路の標識がある。そこから最初の鉄塔まで150メートルの急登である。登り口のあたりが天増川最奥の水谷村。この少し先、宮ケ谷の分岐あたりに集落跡と思われる石垣が残っている。 覚悟の急登。しかし、さすが巡視路。ジグザグにつけられた道は、ゆっくりと、しかし、確実に高みへと導いてくれる。最初の鉄塔に到着。コンター480。テープもあり、道もしっかりしており、迷う事はない。二つめの鉄塔を過ぎればもう急なところはなく、緊張感も取れ、後は、のんびりと春の芽吹きに感嘆の声を上げながら「これはシカの足跡?これはシカの糞?」などとそれぞれの樹林の山旅を楽しむ。やがて尾根が北東に向きを変えるところで、湖北武奈への標識に出会う。以前、湖北武奈から少し北へ稜線を辿ったとき、標識が有ったのを思い出した。「ああ、これだったのだ」。無雪期での湖北武奈から三重嶽の縦走が可能となったという事である。 獣のオアシスの様な池が出てくる。・855のすぐ直下。周りにはシカとおぼしき足跡が沢山あった。三重の頂きまで標高にして120メートル程。何となく天気が怪しくなってきた。まさか雨?のんびり歩きすぎた感があり、すこしピッチを上げることとする。道は確実に尾根をたどり、方向を変えながら、山頂の西端に着いた。此処で今津中学校の生徒さん達と出会う。彼らは、湖北武奈から石田川ダムに下るそうだ。 この西の端から北尾根は始まる。見れば切り開かれているではないか!今津中学校の先生の話によれば「切り開きは途中まで」だそうだ。しかし、テープはもう少し先まであるような話だった。行くか行かないか、まずは、三重の三角点を踏んでから考えよう! 遠く、深い、かつては、藪と戦いながら、カタクリとシャクナゲとブナに歓声をあげた三重から、身近な湖西の山となった三重嶽に時代を感じながらそっと三角点に触れた。 さて、帰路は北尾根を行くかどうか?切り開きが何処までいっているか。時間的には余り余裕はない。藪こぎで苦労するようでは無理。問題は、山頂から谷を挟んだ向の南北に細長いピークにうまく乗れるかどうか。手前の鞍部は背丈を越す笹原。此処を通過できれば後はハッキリとした尾根を北に進路をとれば良い。みんなの顔を見渡す。行けるところまでは行こう!そう書いてある。それが、結論だった。 春の樹林はどこまでも美しく、わずかに谷筋に残る雪との絶妙のバランス。まさに至福の時である。ありがたいことに笹原は切り開かれ、結局、最後までテープも有り、充分整備済みであった。天増川の北尾根と合流する・889から天増川に下る波線路が国土地理院25000図にはある。が、道はないようである。かつて天増川の村人達の炭焼き道だったのかもしれない。・858を経て、大御影山から続く近江坂と合流し、素晴らしいブナの林に満喫し、・784から巡視路を天増川に降り立った。源流の穏やかな流れを見ながら、車を置いた水谷まで林道を下る。左岸の谷の出合いの広くなったところに何やら気になるものが見えた。しかし確認するためには谷を渡らねばならず、そのままにしておいた。後日確認のために再訪した。そこには苔むした炭焼き窯跡があり、この天増川で生きた人々に思いをはせるのである。 私が、近江坂や百瀬川、天増川そして若狭越に思いをはせるのは、その地形のおもしろさ、源流の静かな流れ、樹林の美しさ、そこに息づく歴史、に興味を覚えるからである。そして、今は亡き北山クラブ会長の金久昌業氏や友人伊藤氏、夫である誠からの影響は大きい。 「近江の峠」(青山舎刊)、近江「湖西の山を歩く」(ナカニシヤ、6月7日発売予定)の著者、草川啓三氏も「湖西の山を歩く」の中で書いている。 この源流に興味を持ったのは、金久昌業氏の「京都北部の山々」(創元社)を読んでからで、木地屋の話や近江坂の追跡には、登山の中にある奥深さを教えてもらったように思う。思い返してみると、金久氏の数々の著書から受けた影響は、今の私の登山の中に深く浸透している事に気づかされる。 今度発売される近江「湖西の山を歩く」は野坂岳に始まり、42編の魅力ある山が紹介され、文章からは、彼の山への思いが伝わってくる。是非一読をお勧めする。幸い6月10日から「るーむぶな」で出版記念写真展が開かれる。写真を通して彼を知る良い機会となるであろう。 |
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≪臨時例会報告≫ 南木曾岳(1679m) 5月2日(日) 晴れ、でもなぜか山頂はガス ※参加者:C.L.山本、岡、島田、正木、武藤、秋山、山口、藤野(記) 計8名 |
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コース 5:00事務所⇒9:40登山口→10:20分岐→12:00山頂→12:40分岐→14:30 登山口に下山⇒花桃の里⇒温泉⇒10:00事務所帰着 前夜泊の予定が、運転手さんの都合(酔っ払い運転防止)で当日5:00の集合と、早朝の出発となった。でも遅刻者はなし。やっぱり楽しいことはね。 山本車と武藤車に別れ定刻通り事務所を出発。琵琶湖大橋をわたり、湖岸道路を一路北に。いつものように米原ICで高速にのり北陸、名神、中央自動車道を乗り継ぎ中津川ICで一般道に。馬篭宿、妻籠宿を横目で見ながら木曽路を登山口を目指しひた走る。 915mの登山口に到着。駐車場は隣り合う数箇所にあり。入り口付近で「奥はいっぱいですよ」と声を掛けられ、苦労して空きスペースになんとか車をおさめる。 軽く体操などして体をほぐし、山頂目指しスタート。 上側の駐車場は結構空いている。「あのおっさん、何見てるんや」とぶつぶつ。 林道とわかれて左折すると登山道へ。大きな岩が次々(写真は避難小屋)に現れる急登を登る。今地震が起こらないでくれとみんな思っていたのでは。喉の滝上部の岩場では鎖がかけられたルートと木道にわかれる。皆さん鎖ルートを選択。さすがですね。 |
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ここからも急登が続くがバイカオーレンの可憐な姿が道沿いにあちこち目を楽しませてくれる。岩がなくなると今度は木の根っ子の道になり、滑らないように注意し進む。ここらあたりからガスが湧いてきて、展望が心配。1679mの山頂は展望の聞かない場所。記念写真を撮り早々に展望の望める場所へ。大きな岩を上がったところが見晴台。ここからは、乗蔵、穂高なんかが見られるらしいが、ガスのため何にも。この付近で短い昼食となる。ガスの中を避難小屋を経由しクマササの中を下山。 帰りは赤、ピンク、白の桃の花が絵葉書のような(何て言うところか忘れてごめん)里に立ち寄り、温泉で汗を流す。 夜、遅く全員無事帰着。これがなにより。 藤野 健太郎:記 |
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< 例会報告 > 毛勝三山 猫又山(2,378m) 2004年5月14日夜〜15日(土) 晴れ 参加者:尾畑(CL)・土方・田中・本田・正木 計:5名 |
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ルート:魚津SA〜発電所〜堰堤〜分岐〜稜線〜猫又山 14夜8時過ぎ尾畑さんが運転される車で順次拾ってもらい、PTAとの懇親会を終えた土方さんが最後となる。11時半ごろ魚津SAに到着。男性はテント、女性は車で仮眠。朝6時25分出発し7時に発電所に駐車する。各自ビーコン(雪に埋もれたとき居場所がわかる発信機)をつけ、スキーの人はスキー板でザックを挟むようにして担ぎ、歩きの私は尾畑さんに拝借したピッケルを持ち、林道を歩き始める。左には薄いペパーミント色のきれいな雪解け水が勢いよく流れている。新緑のなか花のついた栃の木と沢胡桃が目立ち、きれいな水ときれいな空気でよく育ったという感じだった。30分ほどで最初の堰堤に着く。(1025m)田中さんはそこでスキー靴に履き替え、脱いだ靴をデポ(置いて)していく。ここから高巻きにルートをとっている間に、下のルートをとった後から来たグループが先行して行く。高巻きは失敗し30分ほどロスする。沢に下り、目の前に、拡がる大きな猫又谷に、身が引き締まる思いとかすかな不安を覚えた。尾根からの落石を避けるために真ん中を歩くよう指示があった。ほどなく右の雪面にぽっかりと口を開けた穴があり、轟音が不気味であった。そんな所に填ったら最後、雪の下をどこまで流されていくのか分からない、と聞き余計に怖く感じた。8時45分1140m地点で小休止。スキー組みは田中さんを除きシールをつけスキー登行、田中さんは腰に巻きつけたロープでスキー板を滑らしながら、私はアイゼンをつけ二人ツボ足で登る。先行していたプロガイドに率いられたアイゼンとストックスタイルの女性グループの人たちを追い抜く。9時50分1515m分岐で小休止。登っている間はとても余裕がなく気づかなかったが、尾根のハイマツの緑にダケカンバの樹が映えてきれいである。眼下に富山湾がよく見える。傾斜が一段ときつくなった頃、突然、左尾根からぱらぱらと落石が後方の人達のほうへ落ちていく。尾畑さんのスキー板にちいさな石が当たったとか。大きな落石でなくてよかった。10時50分1875m地点で小休止。尾根の岩肌に幾筋もの雪解け水が白糸のように流れ落ちている。スキー登行していた人もここでスキー板をはずし、アイゼンをつける。最後の急斜面を田中さんがキックステップでトラバースして行かれる。それを忠実に辿っていく。有り難かった。疲れてきて、ついてきたことを少し後悔しながらも、どうにか稜線の鞍部に着いた。顔を上げると目の前には残雪の荒々しい迫力で剣岳があった。右には立山・大日岳、左には爺が岳・鹿島槍・五竜・唐松・白馬岳の大展望である。今の時期にしか見られない残雪の美しい峰々に苦しかったことも忘れさせられ、来た甲斐があったとうれしかった。ここで昼食をとる。12時55分尾畑さん以外が猫又岳に向かう。13時25分頂上に着く。猫又から毛勝山まで稜線が続き、そんなに時間をかけなくて行けそうである。その毛勝に他会のスキーネットの人達もこられていたそうだ。後から来た女性グループを率いているガイドの人に記念写真を撮ってもらう。サングラスをした顔と声に覚えがあり、訊ねると、2月の武奈が岳でやはり女性グループのスノーシュウのガイドをしていた人だった。また鞍部に戻り、私だけが10分早く下りることになった。急斜面におそるおそる片足ずつ乗せるという感じでトレースを慎重に辿って下りていく。これが災いの元だった。ズルッとしたかと思うと気がつけば腹ばい状態になり、両手でしっかりと、ピッケルを握り締め、斜面を滑り落ちているのだった。緩んだ雪をピッケルが引掻きながら滑っていく。こういう時にピッケルが役に立つのだと思うが、なかなか止まらない。どこまで滑り落ちていくのかなと思っているとやっと止まってくれた、と思った瞬間また滑り落ちていく。下まで行ってしまい大きな石でお腹を打ったら痛いだろうなと思っていたら、ようやく止まってほっとした。時間差で滑ってこられたスキー組の人も、少しこの場面を目撃されたようで驚かれたのではと思う。幸い怪我もなく結果的には足を使わない分、時間を少し稼げたように思う。トラバースは、滑りやすいので、真っすぐに踵から下りていくようにアドバイスを頂く。少し傾斜は緩くなってきてはいたが、真っすぐに下りて行くので、怖くて腰が引けてしまいゆっくりと下りて行く。スキー組の人は私が下り始めたのを確認してから軽快に滑って行く。そのうしろ姿が私には別の人種のように思えた。少し滑り降りては私が追いつくまで待っている。一人残していくのが心配だったのか。それを何度か繰り返し、軽快な山スキーの醍醐味を半減させてしまって申し訳なく思いました。15時全員そろって堰堤に戻る。田中さんの靴も無事にあった。これからまた長い林道歩きだが、コゴミ・フキ・フキのトウ・ヨモギが、長く雪の下に閉じ込められていたせいか、どれも軟らかくおいしそうである。これらを摘みながら歩く。山菜の他にもショウジョウバカマ・イワウチワ・エンレイソウ・サンカヨウ・青色のキクザキイチゲ・たくさんのお花が目を楽しませてくれた。 |
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<例会山行報告> |
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コース:事務所(7:00)〜平家平(11:00)〜ブナ林(12:15)〜山頂(14:00)〜ブナ林(15:00)〜林道(15:45)〜トチノキ広場(16:00)〜平家平(16:30) 台風一過の快晴とはならなかったが、お天気は回復。晴れることを期待して7時過ぎに事務所を出発。途中9:30南条SAで鈴鹿山歩会の寺尾さんが乗車される。 |
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ブナ林を後にしてしばらく行くと、水芭蕉の群生地に。花びらの落ちているものも多く、少しだけがまだ花を咲かせていました。少し前より雨がちらつきだしていたがそんなに気にはならない。上から下りてくるグループにたくさん出会う。「カタクリが咲いていますよ」と聞き、楽しみに。ところどころにまだ雪が残っている。ほどなくカタクリの花がポツポツとあらわれ、小雨の中シャッターにおさめる人もいる。 | |||||||
14時に山頂へ到着。ほとんど雨は上がっていたがやはり展望は望めず残念。夕食のネマガリダケを採取し、登ってきた道を下山のため引き返す。下のほうで見られなかったオウレンの花が咲いていた。一面に咲いたらきれいだろう。ブナ林に下りた頃には空も明るくなり林の向こうに山も見える。もう一度記念撮影、小休止。 15:45林道を右に折れトチノキ広場へ。トチノ大木紹介――樹齢400年以上、幹周り7.2m、枝張り31.4m、樹高26m、天然記念物指定です。このあたりニリンソウの群落も見られる。 16:30平家平に着いたとたん、急に雨が勢いよく降り出し、あわてて車の中へ。今日1日傘なしでお花の山を歩けたことにまずまず感謝。雨の中、宿舎の六呂師高原温泉へ向かう。きっと明日は晴れるだろうと思いながら。これ以降は林さんにバトンタッチします。 武藤さん、山本さん、西川さん2日間にわたっての長距離運転、藤野さん、日帰りの往復運転ありがとうございました。 記:松田昭 |
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《例会報告》 姥ヶ岳(奥美濃)〜 冠山の宿泊コース (5月22日〜5月23日) 日 時:5月23日(日)晴れ 7:30(六呂師高原温泉)〜18:30(事務所) 山行地:冠山(福井県・岐阜県境)1256.6m山行記 参加者:C.L武藤、山本、正木、本田、石川、今在家、秋山、岡、 堀部、松田(昭)、山口(弥)、島田、林 計13名 |
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コース:六呂師高原温泉(7:30)〜冠山峠(9:10〜37)〜冠山(10:45〜11:05)〜冠平(11:22〜57)〜冠山峠(12:50〜13:30)〜かずら橋(13;53〜14:13)〜冠荘(14:18〜15:21)〜夕食(16:20〜17:20)〜事務所(18:30) 昨夜の雨も上がり今朝は晴れ、朝風呂に入り現地で調達した焼きおにぎりと各自持ち合わせの食物で賑やかな朝食をとった。昨夜風呂場で間違われたOさんの運動靴は出てこなかった。 温泉コテージーを8時出発の予定であったが、予定を早め出発(7時30分)窓から見える麓の自然豊かな池田町の家並み、大野市内の大野城外周を通り、冠山峠までのくねくねとした山道のノリウツギ、新緑、眼下の深い谷、山並みの眺望に歓声や感動、昨日のバーベキューの話題で爆笑等、賑っているうちに冠山峠駐車場に到着(9時10分)既に数十台の車が駐車していた。 冠山峠登山口1118m(9時37分)出発、キジムシロ、チゴユリ、イワウチワ等を見ながら登って行くうちに頻繁に登山グループとすれ違った。日差しも強く汗ばんできたため衣服調整休憩を取る(9時57分)その後、アップダウンの繰り返しと木の間越しに見える冠山を眺め、所々泥濘の山道に困惑しながら、ユキザサ、エンレイソウ、サンカヨウを見て励まされ、カタクリのチラホラ咲きに歓声、登っていくうちに段々カタクリの数が増え歓声は小さくなった。(前回来た時よりもカタクリが少ないとの声もあった。)我々のグループの女性軍は賑やかで話が弾んでいた。その中のあるダイエットしている人の会話「ビールを飲むと食欲がわいて食が進むの」本気でダイエットしているとは思えませんね。 視界が開けて冠平に到着、ここからは最大の難所、頂上を極めるための傾斜の強い岩場登り、少しロッククライミング気分を味わい、イワカガミ、タテヤマリンドウ等を見ながら山頂に到達(10時45分)360度のパノラマ展望に歓声。山頂からは奥美濃の主要な山、白山や伊吹山も遠望できるとの事ですが、残念ながらガスがかかり荒島岳、銀杏峰等近くの山が見えた程度で少し心残りでした。 山頂では全員や美女軍団の撮影会があった。(見てのお楽しみ?)山頂を出発(11時5分)冠平に到着(11時22分)冠平は低い笹原や草原で紫外線を気にしながらも、一面の雄大な景色を眺め爽やかな気分で昼食をとった。 |
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昼食を終え冠平出発(11時57分)、冠山峠登山口に到着(12時50分)駐車場では岐阜ナンバーの山菜取りの人達と出会い山菜の採り方や料理方法を聞くうち、Hさんの話術で弁当のおかずにウドの金平を持ってきている事を聞き出し、Hさん、Yさんと私の3人で賞味させて頂いた。とっても美味しかった。気が付けば全部無くなっていた。 よくも遠慮なく・・反省 冠山峠駐車場出発(12時57分)、かずら橋到着(13時53分)かずら橋は吊り橋で片道300円と高く、渡るのをやめ撮影のみに留めた。かずら橋を出発(14時13分)冠荘(渓流温泉)に到着(14時18分)温泉で登山の疲れを癒し汗を流し気分もさっぱり、運転手さんに断りながら湯上りのビール最高に美味しかった。 冠荘を出発(15時21分)鯖江経由で北陸自動車道を通り武生から敦賀の松月に到着(16時20分)夕食をとった。朝昼は軽食で済ましたこともあり、まともな食事にありつけ全員舌鼓、満足そうでした。 松月を出発(17時20分)流れ解散で事務所近く到着(18時30分)今回は久し振りの泊りがけ山行、参加人員も15名(2名日帰り)多く六呂師高原温泉でのバーベキュー(屋根付で外は土砂降り)は大いに盛り上がり楽しい一時を過ごしました。 コテージーは13畳に13名が雑魚寝、色々問題もありましたが寝てしまえば問題なし、鼾の合唱もありました。二日間、天気もまずまずで事故も無く、沢山の山野草が見られ、笑い転げ楽しく過ごすことができました。 武藤CLと運転手(山本さん、武藤さん、石川さん)の皆さんお疲れ様でした。ご苦労様でした。 感謝、感謝 では、またの機会を楽しみに!! 林:記 |