「あのお方」専用車




鎌倉光徳院の大仏は良く出歩く事で有名であるが、新田義貞が由比ガ浜に太刀を投げ入れた頃ならばいざ知らず、家々が寺の周辺に建ち込めた現在では様々な問題を引き起こし、寺には近隣の住民からの苦情が絶えないと言う。曰く、
「軒庇が壊された」
「垣根が潰された」
「鶏が卵を産まなくなった」
「ちゃんと鎖で繋いでおいて下さい」
等々である。


しかし、そうは言っても大仏が歩き回っている間は近隣の侵入盗発生件数がほぼ0%となっている事実がある(そうだろう、これ以上強力な夜警は他にはない)上に、何と言っても1954年、東京湾に出現した「口から放射能を吐く」怪獣と格闘してこれを退治した実績がある為に、そう邪険にも扱えない。自治体や警察は思案投げ首であった。


そもそも大仏は寺を抜け出して何処へ行くのか?
それは1997年に写真週刊誌に掲載されたので覚えておいでの方も多いだろうが、「スクープ!夜歩きの大仏様、大船観音と深夜の密会?」と言う事で、最近では大船観音へ「徴行」されているそうなのだ。行く先が判明すれば後は近隣の安全確保に努めれば良い。寺、市、警察、消防、交通機関が合同で「大仏徘徊対策特別委員会」を結成したのは1998年の事である。
そこでの取決めでは交通機関は、大仏の最寄駅である長谷から江ノ島を経由して目的地の大船まで、出来る限り市民に迷惑が掛からないやり方で大仏を輸送する事が要求された。


そこで手始めに江ノ島電鉄は、長谷-江ノ島間で使用するべく大仏専用車両「ウテナ1」を製造したのである。
製作を指揮した大手広告代理店「電報堂」の担当者はこう語る。

「大仏様を電車に乗せる為には随分知恵を絞りました。まず重量120t、身長20mと言う体ですから、座って乗る事は考えられません。そこで乗車の際には大仏様にお願いして横になってもらう事に決まったんです。この辺りクライアントには随分無理を聞いてもらいましたが、最初は『寝釈迦仏』とは涅槃に入る姿であるので縁起でもないって言われましてね、でもまあ最後には判って頂けました。」


「大仏様の好物は何だろうって考えたんですが、蓮の台(うてな)がお好きだろう、大仏様と言えども好きな物には喜んで乗るに違いないと考えましてね、側面には一面に蓮の花びらを模った彫刻を施したんです。」
「何しろ120tですから、車両の重心は極力下げた上に、車輪の数を増やして線路に係る重量を減らさなければならない、その辺が『泣き』のトークになる所ですが…」
この辺りの事情は2001年12月にNHKで放映された「プロジェクトA・極秘指令!大仏様に鈴を付けろ!」に詳しいので、そちらをご参照願いたい。

輸送の実態は中々簡単な物ではないらしく、先ず寺から駅に「今動き出しましたので、お願いします」と電話が入る。すると江ノ電では極楽寺の専用車庫から「ウテナ」を引き出して来て、直近の定期電車に連結する。長谷駅のホームでは「彼」が立って待っているのが遥か遠くからでも視認出来るそうである(そうだろうな)。駅員は必死で大仏にお願いして「ウテナ」に横たわらせようとする。ちゃんと横になれば良いのだが、最近どうも肩が疲れて来たらしく、時折寝返りを打つのが一番の厄介事だとは運転士の弁である。まさかワイヤーで固定する訳にも行かないであろう(罰当たりだ)。その辺は大仏も心得ているようで、運転中はじっとするようになったと言う。
それでもたまに伸びをして架線に触れて感電したり、寝返りを打った勢いで横の国道に転げ落ち、頭を掻いて再びノソノソと乗り込んだりと、運転には苦労の連続であるようだ。
一般の乗客は「まぁ大仏様の事だからしょうがないか」と、迷惑がりながらも面白がっている様子である(この辺りの事情は旅雑誌「ぶるる・江ノ島鎌倉特集」に拠った)。


一方、江ノ島から大船までの輸送を受け持つ、湘南モノレールは、懸垂式の強みを活かして「スキーリフト方式」の大仏専用車を落成させた。


見て判る通り、所々制限高を割る箇所がある為、大仏が出歩く際には必ずパトカーが先導する事になっている。聞く所によれば大仏はモノレールが大のお気に入りだそうだが、それにしてもこのはしゃぎようは如何なものか。


さて、大仏の徴行について光徳院の院主に伺って見た。
「そうですね、雑誌の記事になってから『観世音様と下世話な世間話でもしとるんでないか』って思われておりますけれども、私共はそうは思うておりません。そもそも大仏様、お釈迦様とは全ての煩悩を断ち切ったお姿であられますので、衆生の考えるような『観光客への愚痴』やら『待遇の悪さ』等のようなお話はしとらんと私共は考えます」
「恐らく大仏様は、私共のような者の想像も及ばん、深遠で広大な真理や悟りについて、遍き光明と無量のお智恵を以ってお話されておるのではないか、そう考えます。一度で宜しいから、お二方のお話に接して見たいと願うております」

その大船観音の近所に住む人にも聞いて見た。
「えぇ、一晩中何やら話していますけれど、もううるさくて仕方がありませんでございますのよ。ひそひそ話しの積もりか何かは存じませんけれども、あれでございましょ、宅は防音工事をしていませんでございましょ、市役所の、あの環境課ですか、話に宅へ参りましたけど、防音工事までは3年半も待たされるってどう言う事なんでしょうね、ええ、ですから一晩中、えぇ、もうそれはうるさいの何のって姑は血圧が高くてこの間かかり付けの病院で測りましたら下が120もあったのでもうびっくりしてしまってええええそうです120ですのよ先生も驚いてらしって今入院しろってそんな事急に言われましてもねえあれですしそれにあれでございましょあたくしもこの所のぼせ気味でしてねええええ昼間でもボーっとしている事が多くなりましてそれはまあ暑いせいもありますけども主人も遅くならないと帰って参りませんし犬はご飯を食べませんしいえちゃんと売っているのを与えているんでございますのよそれはねえ昔は残ったご飯に味噌汁を掛けたので満足していましたけど犬なんてすぐに贅沢を覚えますでしょ姑が可哀そうだからって高い餌をやるようになってからもうそれはそれh…(以下283行削除)」

院主はこう続ける。
「まぁご近隣の皆様のご迷惑にならんように、最近では『外出をお控え頂く』為の勤行をですね、朝夕執り行うようにしておりまして」

っつーか、最初にそれをやれ!