鉄道耳袋3



証言者:RODEOさん(広島県)

>あ~どうも。最近思い出したの話しですが、「鉄道耳袋」的なネタなので正味期限が切れているかも知れません?(適当に流して下さい・笑)

 小学生の頃ウチの前走ってる芸備線は、国鉄経営が傾きつつありとはいえ今に比べれは本数も両数もずっと多く、長大な急行列車や機関車牽引の客車・貨物列車も健在でした。そんな頃、放課後校庭で遊んでいると今まで見た事が無い「青い電車」が、二輛編成で走ってくるではありませんか。貫通扉の無い前面、直流電機の様な青い車体にパンタを乗せた姿がとてもカッコよく見えた物でした。しかしその後、待てど暮らせど二度と姿を見ることは出来ませんでした。
 因みに芸備線は今でも電化されてません。

どうも文章の纏め方下手ですみません。




「ファルケン」から連絡が入った。「ファルケン」は神戸に在住し、市内某所でケーキ店を開いている。年齢は50前後。男性。彼に関するそれ以外の情報を私は持たないし、訊いた所で答えてもくれないに違いない。本名をリヒャルツ・バウマンと名乗っているようだが、それとて本当かどうか判らない。そうそう、もう一つ。彼は旧東ドイツ国家情報本部に在籍していた時期があり、暗号の解読については自慢できる業績を持っていたのだそうである。

RODEOさんからこの書き込みを貰った時、私は直感的にこの暗号は「ファルケン」に任せようと考えた。早速彼に連絡を取り、解読を依頼したのである。その解読が終わったと言うので、私は逸る心を抑えつつ悪天候の下神戸に向かったのであった。

賑やかな表通りから一本裏へ入る。そこには「ファルケン」がセーフティアドレスとしているケーキ店の裏口があった。私はトレンチコートの襟を立て、中折帽を深く被りなおすと、「コン、コココン、コン」とノックした。


「Die Sache, die vom Himmel fallt,(空から落ちてくる物は)」

「Es ist notwendigerweise nicht die gebratene Taube.(焼いたハトとは限らない)」



ドアが開いた。用心深い「ファルケン」は素早く通りを見渡すと、


「久し振りだな『エンゲル』。さぁ入ってくれ。尾行されなかっただろうな」

「尾行? 誰に?」

「決まっているじゃないか、KGBだ。ヤツらは俺がCIAに情報を売っていた事実を掴んでいる。その証拠に今日も女子高生に扮したKGBのイリーガルエージェントが店に来ていたのだぞ」

「心配は無用だ『ファルケン』。それとも君は私がそんな無様な真似を晒す程耄碌したとでも言いたいのかね?」

「そんな事は言ってない」

「まぁ良い…それよりも依頼の件だ」

「そうだ、こっちだ、来てくれ」



「あ、奥さんどーもおー、お邪魔しますうー♪」

「あらぁ偽さんお久し振りですねぇ、あらあら、何時もご丁寧に済みませんねぇ。これ主人の好物ですのよ。後で切ってお出ししますからねぇ」

「いえいえどうぞお構いなくうー」



「聞いてくれ『エンゲル』、私はチヨコを愛している。その最愛の妻がKGBに買収されていると察した時に私は…」

「『ファルケン』、私は君の愚痴を聞きに神戸まで来たのでは無い。君の仕事の腕前を確かめに来たのだ。それを忘れては困る」

「…あぁ。あぁ無論だとも。これでも私はドイツ人だ。如何なる困難な状況下でも仕事だけは完全にこなして見せる」

「そうだ。それで良い。で、例の件だが…」


私は「ファルケン」の案内で、奇妙な通信機やテレファクスで足の踏み場も無い狭い一室に通された。「ファルケン」はテーブルの上に紙を広げた。


「聞きたまえ『エンゲル』。暗号の初歩とは詰りアルファベットの並べ替えだ。例えばAからZまでを逆さまにする。するとZはAを表し、YはBを表す。これは一見合理的だが、経験を積んだもので無くても時間があれば簡単に解読出来てしまうのだ」

「そうだろうな」

「その欠点を補う方法として、例えば送信者・受信者双方が同じ本を所持しておく。通信文の最後に何ページの何行目何番目の文字を表す数字を記入しておくのだ。118-3-14のようにね。その該当する文字をAと置き換えて、あぁ、例えばその文字がGであれば、GがAに置き換わる訳だ。HがBとね。そうやって解読すれば本当の意味が現れるのだ…」

「…続けて」

「しかしこれでもまだ不充分だ。その本の存在を誰かが知る可能性も捨てきれない。そこで、アルファベットを26文字のフレーズに置きかえる方法があるのだ。この暗号文の中の比較的重要なキーワードを幾つか拾って見た」


芸備線   geibisen

青い電車  aoidensha

二両編成  niryou hensei

パンタ   panta

カッコ良く kakkoyoku

その後   sonogo

見る    miru

出来ません dekimasen



「A word to the wise is sufficient(賢者には一言で足れり)と言うキーワードが26文字だ。これを当てはめて見よう。つまりこうなる」



a│w│o│r│d│t│o│t│h│e│w│i│s│e│i│s│s│u│f│f│i│c│i│e│n│t

a│b│c│d│e│f│g│h│i│j│k│l│m│n│o│p│q│r│s│t│u│v│w│x│y│z



「この例に倣うと」


odhwhfde

aihrdefta

ehunii tdefdh

saefa

wawwiniwi

fieioi

shui

rdwhsafde


『ヲドウフデ アイール デフタ エウニー ツデフド サエハ ワウイニイ フィーヨイ シュイ ルドウフ サフデ』

『お豆腐で 相入る で蓋 酔うに 集うど されば 容易に 火良い 醤油 湯豆腐 そうで』


私は「ファルケン」と暫し見詰め合った。


「この暗号は、『大勢で酒を飲む時は湯豆腐に限る』と言っているのだ」

「完璧だ『ファルケン』。流石は旧東ドイツのエリート諜報員だけの事はあったな。聞きたい事はこれで以上だ。…さて、君。残念だがもうこの辺でお別れだ」

「…まさか、まさか君は…」

「そのまさかだよ、『ファルケン』」

「…そうか、そうだったのか。君を雇ったのはKGBか? CIAか? いやいや、そんな事はどっちでも良い。君は私の仲間だった。友だった。その君に殺されるのならば…私は幸せだよ」

「かつての仲間だ。せめて苦しまないように送り出してやるから安心しろ。シャローム、友よ」


ブスッブスッとサイレンサーの音が鈍く響くと、「ファルケン」の細い体は私の足元に崩折れた。


「…ヘブライ語? …そうか…モサド…か…」



「あ、奥さんどーもおー。この辺で失礼しますうー」

「もう帰らはるんですか? 折角やからお夕飯上がって行かれたらいかがですの?」

「いや、今ご主人、『こんな』なっちゃってるから」

「すみませんねぇ、何時も遊んで頂いて」

「いーえー、又夏にでも寄らせて頂きますからあー」

「えらいすみません、折角遠くから来はってるのにお構いもしませんで。ホンマあれさえ無ければえぇ人なんですけどねぇ」



「仕事」を終え、帰りの新幹線の中で私は考えた。あの暗号文は本当に「湯豆腐が良いぞ」と言っているのであろうか? もしかしたら「ファルケン」は誰かの指示で私に偽の情報を掴まそうとしたのではなかったか? いや、そんな事はあるまい。いや待てよしかし。


スパイは孤独だ。孤独で惨めだ。誰も信じない。誰も信じてはならない。



さ、馬鹿は放っておいて、かくこそかような次第で手掛かりが無くなってしまった今、頼れるのは私の記憶だけとなってしまいました。RODEOさんが見た「青い電車」とはこれの事ではないでしょうか。



国鉄が非電化線に電車を直通させる試みに手を染めたのはそう新しい話ではありません。これは当時引く手数多であったブルートレイン用電源車の発電用エンジンを利用して、その電力で電動車を走らせると言う実験でした。

脳内をググって見た所、福塩線の電車を1輌繋いでの走行試験があったと言う記録に行き当たりました。

最後にもう一度言う。誰も信じない。誰も信じてはならない。