この話は、1977年新東洋図書印刷出版社刊、6年生の道徳副読本「ま、そのへんは適当に」所載の「鶴やんの電車住宅」を転載したものである。
汚い電車ですね。しかしこの電車は、人が住む家なんです。
むかし戦争があって、町は空襲に会いおおぜいの人が亡くなりましたが、生きのこった人も、住む家を無くして困っていました。
そこで気の毒に思った鉄道の人は、古くなったり半分燃えてしまった電車を、困っている人に貸してあげることにしました。
昭和20年夏。大阪の城東線(じょうとうせん、今は大阪環状線)のある駅の外れに、一台の電車住宅が停まっています。この電車は、鶴田鶴吉、あだ名は「鶴やん」の住む家です。
戦争が終わって少したったある暑い日、電車住宅に住む鶴やんたちの所に、数人の駅員がやってきて、こう言いました。
「皆さん大変ですね。今大阪市は、皆さんのために団地を建てている所ですから、もう少ししんぼうして下さい。来年の夏には団地ができますから、それまでは電車に住んでいて下さい」
よく年の夏になって団地が建ち、この電車住宅からも何人かが引越して行きました。しかし「鶴やん」と奥さんは出て行こうとしません。
「電車はみんなの物です。団地ができたのですから引っ越して下さい」
「こんなえぇ家あてごうてもろてんねや、いまさらよそへなんか移れるかいな」などと言って、鉄道の人が来ても追い返してしまうのです。
鉄道の人も最初はがまんしていましたが、その次の年になるともうがまんできなくなりました。
「今日という今日は引っ越して下さい。この電車は修理してまた使うのです」
「てこでも動かん。明日また来たってや」
「だめです。この電車に住んでいいのは去年の夏までです。いいかげんにしないと怒りますよ」
「てんごう言いないな。こないボロボロの電車に住んでどうにか人が使えるようにしたったんねやさかい、ほめられこそすれ怒られるすじあいはないわ」
ついに鉄道の人は怒りました。
「ヌッキャンキャアタロ! オハンナ、ギヲユナ!」
「なに、何言うたのや」
「ワイドマ、ナイゴテワロゴンシヨルットカ! 強制執行ジャ機関車ドン、遠慮スッコツナイモハン! ヒックッタモンセ!」
蒸気機関車がするすると走ってきて、電車と連結しました。
「チェーストッ、ヒケェ!」
機関車が引き始めると、まわりは大変な事になりました。
「やっ、このガキ、何さらすねん」
メナメナメリメリッと音がしたかと思うと、電車住宅は動き始めました。後ろに立てかけてあった板が、ナゴンワゴン、ナオゴンなどと音を立てて倒れてきます。こっちでナチャナチャメチャと植木ばちがくずれてくれば、あっちでは電柱に結んであった洗濯ものを干すロープが、ワヨワヨインなどと言って引っぱられるしまつ。犬はおどろいて床下から走りだし、今ごろ機関車に向かってワオワオなどとほえています。
機関車がゆっくり走り出すと、「鶴やん」は顔をまっかにしながら後を追いかけました。
「何すんじゃい、人の家を。鍋釜金魚ごと、どこへやるつもりじゃコラ、待てちゅうねん、この泥棒!」
鉄道の人はいつのまにか機関車の屋根に登って、腕を振り回しながら叫んでいました。
「チェーストッ、イケセッガハラッ。オミカタショウリニゴワンドッ」
「やいこら、待てちゅうたら待て…どこまで持ってく気ぃや」
よく晴れた夏の空の下、機関車の引く電車住宅は、洗濯物を風になびかせたまま、どこまでも走って行きました。そして「鶴やん」と犬も、どこまでも追いかけて行きました。
(問題):1、「鶴やん」は、どうして家を持ち去られたのでしょうか。
皆で話し合いましょう。
2、新しい団地ができたのに、どうして「鶴やん」は、古い電車に住みたがったのでしょうか。
3、皆のものを一人占めにすると、どうなるでしょう。この話を例にして、発表してみましょう。