さわりだけ小説「日向猫侍」
「御助勢、忝うござった。某は久地藩江戸家老、岩部帯刀と申す。御貴殿のお蔭で藩公の大事な書状を賊に奪われずに済み申した。後日改めて藩邸より御礼に参る故、御尊名を承りたい」
「名乗る程の者ではありません。当然の事をしたまでですから、御礼には及びません」
「何を申される。大恩を受けておきながら、その恩人の名を聞かずに屋敷へ戻ったとあれば、この白髪頭が家中の笑い者になり申す。御貴殿にも事情はお有りと存ずるが、そこを曲げて御尊名をお聞かせ下され」
「然様ですか。なれば某は、神田尾張町徳兵衛店に間借りを致す、笹垣ニャン五郎と申します」
「承った。笹垣、ニャン? …ニャン五郎殿と申されるか?」
「いかにも」
「ははあ、判り申した。御貴殿は何か大望のある身の上と拝察致した。仇をお探しか」
「拙者は仇持ちでも無ければ仇を討たれる覚えもございませぬ。これは偽名ではなく、真の名です」
「これは、いかい無礼を申しました。許されよ。真の名がニャン五郎殿と申されるか。御貴殿の御父君は、余程猫がお好きであったと見える」
―後日
「あなた、戻りました」
「おお、たよか。早かったな」
「ええ、お湯屋は空いておりました。あなた、この包みは何ですか」
「これか。これは過日本所で斯様な事があってな。最前先方の御家中の方が、その時の礼にとお持ち下されたのだ」
「それは良い事をなさいました。中身は何でしたか?」
「鰹節が4本も入っておったわ」(以下不続)