世界(インチキ)博物誌4

機関車メリー・ポピンズ号とその問題点



独立のどさくさで遺棄されたままの軽便鉄道。汽車がやって来なくなって久しい。

以前地元の人は町へ出るのに軽便鉄道に便乗すればタダだった。終点の河港で荷降ろしの手伝いの真似事だけすれば大目に見られて来た。今ではアメリカの出資で立派な道路が出来、そこをバスが走っている。そして地元の人は高い金を出してまでバスに乗る事を拒んだ。と言って用務は無くなった訳ではなく、買い物や荷物の出荷に不便を感じていた。
共同でトラックを買おうと言う者もいたが、自動車の運転が出来るのは、戦時中に医療兵として遥かエジプトまで連れて行かれた村の魔術師一人しかいない。彼ももう歳である上、この上ない怠け者であるので、大した期待は出来そうもない。

村人達は元来がアフリカの人々らしいポジティブな現実主義者である。些細な障害は障害とは思わない。結果、彼等はこの遺棄されて線路だけが残る鉄道を勝手に動かしているのだ。勿論誰も面倒ごとは大嫌いなので中央政府には無断である。余り大っぴらに出来ないから機関車も入れず、小さなトロッコで荷を運んでいる。

この鉄道は川岸の船着場から沼沢地を抜けてサバンナへと踊り出る。疎林と草原の間を一直線に、山懐の廃金山まで延びている。
主力機関車は「メリー・ポピンズ」と言う名前の29歳になるメスのカバである。彼女は地元の教会の司祭で小さな木工場の社長を兼任している酋長の、第三夫人の六番目の弟の嫁の実家で飼われていたカバで、頭が良く人の言う事を良く聞き分けるので重宝していると言う。水牛や馬は餌代が馬鹿にならないので、沼に浮かべておけば勝手に生活しているカバが一番経済的なのだ、菜っ葉服姿の酋長はそう言った。
問題点が無い訳ではない。彼女の自重に線路が耐え切れず、時折アメのように曲がってしまう事がある。それでもその場限りの修繕を行うと、後は平気で運転を再開すると言う。


彼女の生理的な問題で昼間の炎天下を歩かされるのが苦痛であるから、運転手に断り無く勝手に脱線して沼に入り込んで行く事がたまにある。こうなるとテコでも動かないからその日はそこで運転終了となってしまうのだ。こう言う事故が3回に1回は起こると言うから誠に暢気なものだ。