百閘先生が想像した「あさかぜ」




(前記略)

さて、今度「あさかぜ号」が新型の客車に置き換わるそうだが、どうももう一つ掴み兼ねる所があり、余り偉そうな口は聞く義理ではないのだけれども、どんな物になるのか例の山系君に問うて見た。

「貴君、国鉄の内部で無駄に飯を食っているのだから、随分血色が良さそうでは無いか」
「はぁ、そうでも無いです」
「それはいかんでは無いか。労咳か腸チブスか知らぬが、養生を怠ってはならないよ」
「そんなんじゃありません。一寸風邪をひきまして」
「その『一寸風邪』が良くないのだ。それ万病の源と言うではないか。貴君が養生を怠れば忽ち腸チブスを併発するものだ」
「はぁ」
「そもそも貴君が風邪をそのままにして、国鉄で腸チブスが蔓延したら、天下国家に申し開きが立たないだろう」
「はぁ、風邪から腸チブスになりますか」
「大丈夫、君ならなれる」
「そうですか」
「貴君、あさかぜ号が新しくなるそうじゃないか」
「あ、先生も気になりますか」
「汽車でも船でも、何でも新しいものは良いからね。どんな列車に変わるのだろう、それを貴君に尋ねたくて来たのだ」
「はぁ」
「阿呆列車の積もりもそろそろ立たなくなって来たけれど、一つまた八代へ行って見たくもある」
「もうそろそろ」
「何だ。もうそろそろ」
「いえ、もうお積もりにしたらどうですか」
「うん、貴君がそう言うならそれでも構わないが、しかしあさかぜの新式には乗って見たいのだ」




「一等コムパアトもあるのだろう」
「はぁ、確か」
「まぁ、無ければ無いで二等寝台でも一向構わないが、あればあったでその方が良いに決まっている」
「青いんです」
「そうだ、貴君にわざわざ断られなくとも、二等切符は青いと明治時代から決まっている」
「はぁ、それもそうですが」
「何が青いのだ」
「車体の色が青いそうです」
「そうか、それはそれで良いだろうね。外板の色が青かろうが黄色かろうが、乗ってしまえば一緒だ」
「えぇ」
「他に何か貴君の方で掴んでいる事はあるかい」
「はぁ」
「何だ、外板が青くなっただけか」
「今の所は」
「国鉄で良くやっている、木造客車を壊して新しい車体を被せる、あの図式なのかな」
「えぇ、まぁそんなものでしょう」
「そうか」

山系君は風邪で参っていた所為もあるのであろうが、これではさっぱり要領を得ないので、たまたま上京していた見送亭夢岱君を訪れて事情を聞いて見た。漸く新型列車の様子が判って来た。大方こんな物なのだろう。
(以下略)



阿呆列車に掲載された以外にも、内田百閘は数多くの列車に関する随筆を著しているが、百閘先生の想像した20系「あさかぜ」の話(「波の枕」所載「汽車の行末」)で、山系君の適当な応えに先生がまた適当に新型列車の姿を想像して、大真面目に「それに乗っている自分」を想像して苦虫を噛み潰す様が傑作なのである。
20系化直前の「あさかぜ」と言えば、

オハニ36 ナハネ10 ナハネ10 ナハネ10 ナハ10 ナハフ10 マシ35 スロ53 マロネ40 マロネフ29

と言う編成であり、これを百閘先生の想像に従って図式化した「新型列車」の図が前掲のイラストである。

オハニ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハネ20 ナハ20 ナハフ21 オシ20 ナロ20 スロネ47 スロネフ28





旧式マロネフ29の車体を載せ変えただけのスロネフ28。古色蒼然とした3軸ボギーTR73を履いた20系客車と言うのもまた堂々と見えて良いと思う。
百閘さん、さぞや乗りたかったのだろうなぁ。