日本(インチキ)風俗大系2


比良弟さまの事(週刊文潮1982年1月29日、連載記事「津々浦々・祭りを尋ねて」より)


―物事に説明を求めるの事は人間の性である。そして説明のつく物事は大抵色褪せている―

異形の者どもが深夜家々を廻り、子供を脅かして「良い子」に育てる行事、例えばそれは秋田県男鹿地方の「なまはげ」を筆頭に全国に分布している。
なまはげで言えば、赤く恐ろしい面を被り、髪振り乱して座敷に乱入するや、その家の子供を追い回し「じゃっくりぶちゃわで、ま食らでげるどぉ」等と大声を発する。子供は肝を潰して逃げ回り、泣きじゃくって「良い子になります!良い子になります!良い子になりますって言ってるのにぃ」と大騒ぎを演ずるのだ。
その起源は諸説ある。モンゴル兵の恐ろしさが起源であるとする「もっこ説」や、ラーマヤーナ物語に端を発する説(元々桃太郎からしてその起源はラーマヤーナであると言う説がある位だ)、地獄の鬼が這い出て来ると言う説等、そのどれを採っても面白く、どれも本当なのではないかとすら思えて来る。

さて、一風変った「なまはげ型行事」があると聞いて青森県に向かった。青森県三戸郡戸連高原一帯に伝えられる「比良弟さま」がそれである。
「ひらでさま」と読むが、地域によっては「箆弟さま」「沙羅兵衛さま」と呼ぶ地域もある。しかし行事自体はどこも変らない。
この行事は数年前、横堀正史の小説「仏谷」の映画化によって全国に知られる事になったが、観た人は殆どがこの行事は小説の為のフィクションであると独り合点したそうである。事実は違う。

鄙びたローカル線の駅で列車を降り、バスに乗換えて一時間。低い丘陵に囲まれた戸連村牛淵地区。ここでこの奇妙な行事を目にする事となった。
一帯に「比良弟さま」にはその村の年男がなる。無表情な白い面を被り、手には模造の大鎌を持つ。そして1月14日の深夜、二歳までの男の子が居る村の家々を一軒づつ廻るのだ。
該当する家では前もって子供と同じ大きさの藁人形を人数分作っておき、14日の夜は押入や納戸等、ちょっと目に付かない所に子供を隠しておく。
いよいよ「比良弟さま」が無言で座敷に踏み込むと、辺りの物をどかしたりはぐったりしながら子供を探す演技をする。そして頃合いを見計らって藁人形におくるみを着せた物を「比良弟さま」に手渡すと、「比良弟さま」は手にした模造の鎌で人形の首を掻き切る真似をする。その後大杯に酒が注がれ、それを飲み干した「比良弟さま」は次の家に赴く。大体はこう言う流れである。
押し込められた子供が「比良弟さま」が家にいる間泣き声を立てなかった場合、無病息災を授かるばかりか、将来は人々を救う立派な者になれると言う言い伝えがある。

牛淵字風吹の農業、斉藤次郎さん(36)が今年のこの地区の「比良弟さま」役に選ばれたと聞いたので早速お宅にお邪魔して取材した。
「この行事はここら辺一帯で行われていますが、大体いつ頃から始まったものでその由来は何か、実は私らも殆ど聞かされて来なかったんですよ。私の前には親爺がやり、その前には爺さんがやはりやったのでしょう。
そうそう、例の映画が流行ってから村への問い合わせが増えたと聞きますが、大抵は『あんな酷い行事は止めてしまえ』と言うものだったそうですね。でも止める訳には行きません。意味は判らなくても、理由は知らなくても、二千年も昔からやって来ている行事ですから。『行事の意味が判らない』。判らない、けれども決まりだから続ける。こうした考え方も、伝統の一つのあり方だと思うんですよ」
取材が終わった午後8時、斉藤さんは独特の衣装に着替えて、零下10度の戸外へと出掛けて行った。奥さんに聞くと、どの家でも酒が出されるので恐らく帰宅は深夜になるだろうと言う事であった。

最後に、斉藤さん宅を辞す時、応接間の書棚の中央に、恐ろしく古く立派な「新約聖書」がふと目に付いた事を記しておく。