どうして僕は今、こんな場所にいるんだろう。入り込んで少ししてから、ずっとそんなことを考えている。


















 仕事帰りに、同僚数人に誘われたのがきっかけだった。この場合、誘いっていうのはほとんど断れるようなものじゃなくて。
 人間関係を円滑にするために、飲み会の誘いは断るなって、就職する前に親とか友人に散々言われて。
 だから結局、誘われれば行くしかなくて――それで僕は今、夕方という時間になって騒がしい居酒屋の中にいる。



 けれど、ついていったはいいものの、予想通りだったというか、やっぱり僕は居酒屋の雰囲気についていけなくて。
 同じテーブルの他の人間は顔を赤くしながら宴会ムードを楽しんでいるけれど、僕だけが孤立していた。
 目の前に、まったく口をつけていないコップ一杯のビールを置いたまま、溜息をひとつついた。






 こういう雰囲気は苦手なのだ、昔から。騒がしいのは耳障りだと感じてしまう人間だった。
 ひとりで居られるという選択肢があるなら、迷わずそれを選ぶような人間なのだ。僕は。























 それでも完全に孤立はしないように。
 声をかけられればなんとか相槌は打つし、自分から酒に口をつけることはないものの、他の人が求めると注ぎ役に回ったり。
 そうやって、なんとか繋がりを保ってはいたけれど、疎外感は否めない。結局、会話の中心に混ざることができないのだから。






 もっとも、こういう機会自体はもう、入社して数回目になる。
 だから、今は自分の役割もなんとか見出している。
 疎外感は否めないと言ったけれど、こういう雰囲気をいなす術をまったく持たないわけじゃない――



 要は、ただ機械のごとく、他の人の酒の注ぎ役をやっていればいいのだと。僕はそう割り切っていた。
























 それにしてもこの人たちはよく飲む。
 だから、ビールだとか焼酎だとかの注文が、このテーブルではひっきりなしに、しかも毎回威勢良く響いた。
 注いでいるだけでも結構大変だったりする。
 特にビールなんか、別にどうでもいいだろとか思いつつ、泡がギリギリであふれないような注ぎ加減をすっかり腕に染み付かせてしまった。



 疎外感と言えば、僕はもともとあまり酒が好きじゃないけれど、たとえ好きだったとしても、これじゃ飲んでる暇がないだろうなと思うこともある。
 僕は注ぐのが精一杯で、他の人は大声で喋りながらも、コップ1杯をあっというまに空にしてしまう。そして空にするなり、また僕に注いでくれと行ってくる。
 中毒起こさないのかと心配したことも、1度や2度のことじゃない。



 特に、このメンバーの中で一番飲酒ペースが凄まじいのは、意外と言っていいんだろうか、女性だった。
 4〜5人の集団の中ではリーダー的存在で、実際、僕は入社2年の平社員だけど、彼女は3年で主任職を務めている。
 普段の仕事振りも基本的に押しの強いスタイルだけど、こういう飲み会の場のほうが存分に発揮されている気がするのは、何か間違ってるんじゃないかと思う。



「相羽(あいば)くーん、もう一杯ー」



 またも豪放な口調でそう言って、彼女はコップをずいっと僕に押し付ける。
 あの、数秒前に注いだばっかりなんですけど……。



「森原(もりはら)さん、ちょっと……いくら明日休みだからって、激しすぎません?」



「うっさいなー。飲みたいんだからー。ほら、早くしろー!」



 真っ赤な顔で頬を膨らませて、またずずいっとコップを押し付けてくる。
 その仕草がちょっとかわいらしいかもと思いかけたが、そんなこと言ってる場合じゃないだろと首を振って、僕は言葉を続けた。



「そんなこと言われたって、飲みすぎると体に悪いですよ?」



「だーいじょーぶだーってー。あたしの体はあたしが一番わかってんだからー」



 すでに口調が怪しくなっている。
 しかも感じられるのは実際に大丈夫だって言うんじゃなくて、ただ単に、本当にお酒が欲しいだけ、みたいな感じがする。



 駄目だ、いくら上司でもこれを許したらいけない。






「駄目ですからっ。森原さんに何かあったら、僕たちが困るんですからっ」



「なーんで困るのよー。相羽くんにかんけーないでしょー」



「関係ありますからっ! ……ああもう、今日はこれ以上駄目ですからね!?」



「えー、けちー! ひっどいじゃん!?」



「ひどくて結構ですっ!」






 僕は引けなかった。森原さんも引いてくれなかった。
 結局それ以後、僕と森原さんは大舌戦を繰り広げる羽目になった。



 こういう時、不利なのは僕のほうで。
 というのも、僕はほとんど飲んでないから、酔っていたりもしなくて。
 一方森原さんはメンバーの中で一番の飲みっぷりで、完全に出来上がっているから、理屈が通用しなくて。












































「うー……気持ち悪いー」



「言わんこっちゃないですよ、もう……」






 解散したはいいものの、森原さんは自分で歩くことができないほど泥酔していて。
 他のメンバーも、森原さんほど潰れてはいないものの、酔いが回っていて。だから、任せられなくて。



 結局、僕が彼女を引き受けて、肩に担ぎながらタクシーを探していた。






「何が言わんこっちゃよー……相羽くんが頑固だったのが悪いんだわー」



「なんでそうなるんですか」



「あたしは飲みたかっただけなのに、相羽くんが飲ませてくれなかったからー」



「飲みすぎはよくないって言ってるじゃないですか」



「へーきだもんー。ていうか、叫んだから酔いが回ったんだわー……」



「責任転嫁はやめてください」






 話してて呆れが込み上げてくる。酔っ払いの理屈だなあ、としみじみ感じてしまう。
 だけど、こんな人でも僕の上司なのだ。放っておくわけにはいかないし――酒の席じゃ困った人だけど、普段は上司として見習っているから。



 と、真っ赤っ赤の森原さんの顔をぼんやりと眺めながらそんなことを考えていると。






「……ね、相羽くん」



「何ですか」












「あたしのこと、好き?」












「…………は?」



 脈絡もなく告げられた言葉に、一瞬頭の中が真っ白になった。
 数秒経ってからようやく何言ってんだこの人と思って、それからまた数秒後に、口説かれてんのか僕、などと自惚れじみてるかもしれないことを思って。
 でも、それを問いただすのもなぜかためらわれて。












「……好き、ですよ」












 なぜか、その言葉を返すこと自体には、僕はほとんどためらわなかった。
 なんだかんだ言っても、今のこの人のことは憎めないと思う。
 どころか、心の片隅で、この森原さんをかわいいと思ってる自分がいることを、全体としての僕は自覚していて。






 と。言葉が聞こえたのかどうなのかと確認するうちに、森原さんの両腕が僕の首に巻きついた。



「ありがとね」



 前後にふふふと笑い声を響かせながら、耳元でそんなことを言われた。



「な、ちょっ……!」



 言葉に照れたのか、言われ方に照れたのか、僕は急に顔全体が激しく火照るのを感じた。



「あはははは、相羽くんかわいー」



「っだー!! からかわないでくださいっ!!」



 森原さんの無邪気な声に、僕は悲鳴を返してしまった。


















 結局、そのやりとりを交わしていながら思うのは、僕は森原さんに対して当分このポジションにいるんだろうなあということだった。



 疲れるけど。ものすごく疲れるけど。たぶん、こういうのも悪くはない。






 飲み会は好きじゃないと言いながら、終わりごろにはかならずそんなことを思う僕がいた。



















お題バトル作品(掲載時修正あり)
テーマ:酒
お題:宴会 口説く 赤 中毒
参加者:哉桜ゆえさん 無我夢中さん 柊木冬さん 竹田こうと


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