2021年12月5日 メッセージ要旨
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                     主に信頼してゆだねたダビデ

                                            サムエル記第一 24章1~22節 
                                                                                                                                    
     
   あなたの道を主にゆだねよ。主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。                                 
                                           詩篇 37篇5節
 
 ダビデとその部下がサウル王から逃れて潜んでいた洞穴に、サウル王が用をたすために入って来ました(3節)。部下はダビデに、今日こそ、サウル王を撃つ機会として神がおあたえになった日と勧めます(4節)。
 しかし、ダビデはサウル王の上着の裾を切り取るだけにとどめ(4節)、主に油注がれた王に手をくだすことは、主に逆らうことだと、部下を説き伏せます(6節)。彼は力ずくで王位を奪い取ることはしませんでした。彼を王にする神の計画は、自分が手出ししなくても、みこころの時に、神ご自身の手で必ず成就することを信じ待つことができたのです。

 一方、サウル王は信じて待つことが出来なかつた人です。彼は、いけにえを献げるために来るサムエル(預言者)を待たなければならないのに、待ち切れず、兵たちが離れて散って行こうとするのを見て、自分でいけにえを献げてしまいます(13章)。サウル王は、みことばに従えば、神が彼の王国を確立してくださると信じてゆだねることができなかったのです。一切を神にゆだねたダビデとは対照的に、サウル王は、神によって退けられている王位を保持するために、ダビデを葬り去ろうとして、しつこく追跡したのでしす。

 しかし、その追跡が全く無意味で無駄であることがこの個所にしめされています。サウル王が3,000人の精鋭を率いて追跡したにもかかわらず(2節)、滑稽にも、サウル王が用を足すために入った洞穴の中で、無防備な彼に対してダビデとその部下の方が優位になったのです。ダビデを葬り去ろうとするサウル王の思いはならず、ダビデを守って王にしょうとする神の計画こそが実現するのです(箴言19章21節)。

 ダビデは切り取った上着の裾をサウル王に示して、彼に対する反逆心などはなく、まったく無実であることを弁明し(11節)、自分の命を狙うサウル王に対して。自分で復讐するのではなく、神のさばきにゆだねたのです(12節、15節、ローマ人への手紙12章19節)。

 キリストも、ののしらても、ののしり返さず、苦しめられても、脅すことをせず、正しくさばかれる御父にお任せになり、十字架の上で、私たちの罪をその身に負われたのです(ペテロの手紙第一2章23から24節)。

 ダビデの語ることばを聞いてサウル王が泣いたように、善をもって悪に打ち勝つ愛こそ、人の心を開く勝利の力なのです(16節、ローマ人への手紙12章20~21節)。

 3,000人率いるサウル王のダビデ追跡で始まったこの章は、ダビデが王となり、彼の手によって王国が確立することを知っていたというサウル王の宣言で締めくくられています(20節)。

 私たちもダビデのように、主に信頼して、主に委ねてまいりましょう。そうすれば、主はみこころを成し遂げてくださるのです(詩篇37篇5節)。