2020年7月12日 メッセージ要旨
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                     良くしてくださる神

                                            詩篇 119編65~72節
                                                                                                                                   
     
  あなたはいつくしみ深く良くしてくださるお方です。
                        
                                   詩篇 119篇68節(抜粋)
 
 この詩人は、中傷を浴びせられ、偽りで塗り固められる苦しみにあいました(69節)。彼は、その逆境の中で良く考え、謙虚に自らを顧みたのではないでしょうか(伝道者の書7章14節)。その結果、苦しみにあう前には迷い出ていた彼が、神のみことばを守る人へと変えられました(67節)。苦しみが、彼をへりくだらせ、神に立ち返らせる配剤となったのです。

ですから、苦しみにあったことは、詩人にとって幸せだったのです。それにより、彼が神のおきてを学んだからです(71節)

反対に、何でも望み通りになると、人は高ぶりやすいものです。高ぶる人の心は脂肪のように鈍感です(70節)。自分を高くすることで、神をわきに置くので、霊的な識別力が鈍くなるのです。「自分は正しい」などと言って高ぶらず、へりくだって良い判断と知識を神に求めることで(66節)、霊的識別力が与えられるのです。

神はいつくしみ深く、良くしてくださるお方です(68節)。意味もなく私たちを苦しめ悩ませることはなさいません。私たちが苦しみにあうなら、それは神が私たちを愛する子として訓練しておられるのであって、私たちが神の子どもとされている証拠なのです(へブル人への手紙12章7~8節)

庭師は、美しい庭を造るために、草を取り、石を除き、硬い土を耕して手入れをします。そのように、神は、私たちを主の園のように祝福に満ちた人へと造り変えるため、喜ばしいものではなく、かえって苦しく思われる一つ一つのことによって、私たちに手入れをなさるのです(へブル人への手紙12章10~11節)

みことばによって神の語りかけを聞くことには、この世の財宝にまさるすばらしい恵みがあり、人の心を喜ばせるのです(70節.72節)

神は、バビロンに捕え移された民に将来と希望を与える計画を立てておられたように、苦しみにあう私たちにも将来と希望を与える計画を立てておられます(エレミヤ書29章11節)。神はどのようなときも良いお方であり、良いことを行われるお方なのです。私たちが苦しみにあうときも、それは変わりません。

どのような場合にも、神が良くしてくださっていることを信じて、最善にしてくださる神にゆだねて、歩んでまいりましょう。