2020年4月5日 メッセージ要旨
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                     主の支配に明け渡して

                                                   マタイの福音書 26章69~75節
     
   私はキリストとともに十字架につけられました。もはや私が生きているのではなく、キリスト  が私のうちに生きておられるのです。                         
                                       ガラテヤ人への手紙 2章19~20節(抜粋)
 
 イエス様が大祭司の家で裁判に掛けられたとき(57節以下)、ペテロはイエス様と一緒にいたことを尋ねられて、「そんな人は知らない」三度も否定し、(72,74節)とまで言ってしまいます。弟子であるペテロがイエス様を知らないはずはありません。

 しかし、ペテロはイエス様のことを本当の意味では知らなかったのです。イエス様がご自分の死と復活を預言されたとき、ペテロはイエス様をわきにお連れしていさめています(16章21~22節)。生まれながらの人間ペテロには、イエス様の十字架の死が救いとなることを知り得なかったのです(コリント人への手紙第一2章14節)。
 イエス様に対し、「あなたを知らないなどと決して申しません。」(33節)と言って過信していたペテロは、実際には、イエス様は知らないと言ってしまいます。彼は、キリストへの忠誠を尽くし得ない自分の弱さを思い知らされて、激しく泣いたのです(73節)。
 そのペテロが、聖霊に満たされると、迫害の中、大胆にキリストを証しする人へと変えられます(使徒の働き2章以下)。彼は御霊によって、キリストの十字架と復活の意味を知り、自分に働く神の力が偉大なものであることを知る者とされたのです。
 
 ペテロと同じように、私たちも、自分の
力では主をよく知ることも、証しすることもできません。御霊に満たされることで、主を深く知り、力強く証しする者とされるのです。そのためには、自分を御霊に明け渡さなければなりません。自分を捨て、心の王座を主に明け渡すことで、主に従って行くことができるのです(マタイの福音書16章24節)。

 キリストの御霊に支配され、キリストを証しする者とされるために、自分をキリストに明け渡してまいりましょう(ガラテヤ人への手紙2章19~20節)。