2020年4月26日 メッセージ要旨
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                     御霊と真理による礼拝

                                            ヨハネの福音書 4章1~26節
                                                                      丸山豊 牧師
     
    神は霊ですから、神を礼拝する人は、御霊と真理によって礼拝しなければなりません。                         
                                   ヨハネの福音書 4章24節
 
 紀元前722年、アッシリアに敗れたサマリアの住人は、植民による雑婚と偶像礼拝の蔓延で、混血民族となり主から離反してしまいます。ここに登場するサマリアの女性は、お昼時に人目を避けて、唯一信仰の拠り所である先祖ヤコブの井戸に毎日水を汲みに来ており、メシヤを待ち望んでおりました。

 主イエスは、知らない神を拝んでいる彼女の為にサマリアを通らねばなりませんでした。

 主イエスと出会った彼女が、町に帰って「来てみなさい」と人々に知らせますと、多くのサマリア人がイエスの許に来て、福音を信じました。そして後にピリポが伝道してサマリアは大リバイバルとなり、それを知った使徒ペテロとヨハネもサマリアを訪ねて、彼らはイエス・キリストの名の許に和解いたします(使徒の働き8章)

 私たちの生活にも…せねばならない事が多くありますが、それは、万物の霊長として創造された人間が創造主から離反したためで(創世記3)、神はご自分を求めさせるために、あらゆる民を造って地の全面に住まわせて、時代と住まいの境を定め(使徒の働き17章2627節)、彼らが滅びることなく、永遠のいのちを持つようにと、イエス・キリストを与えて、現在を恵みの時・救いの日として下さいました(コリント人への手紙第二6章1~2節)

 ところが新コロナウイルスの感染が今全世界に拡散し、福音宣教どころか聖日礼拝も休止せざるを得なくなってみますと、今までいかに私たちが、神の恵みを無駄に受けて来たかを思わせられます。

 この先、教会での聖日礼拝を休止せざるを得なくなったとしても、主によって、罪贖われ救われている私たちは、イエス・キリストを通して、いつでもどこでも、御霊と真理によって礼拝できます。

 ですから、新コロナウイルスの感染が終息した暁には、このサマリアの女性のように、今までにも増して多くの人々に福音をのべ伝えようではありませんか。