2025年3月9日
御言葉
あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる。主は正しい人の動かされるのを決してゆるされない。(詩篇55篇22節)
■家庭礼拝のために■ (←左の文字をクリックすると、印刷用のPDFファイルを開くことができます)
主の祈り、使徒信条、聖書、奨励は、ページの下にございます。スクロールしてお読みください。
黙 祷
讃美歌 208
主の祈り
讃美歌 361
聖 書 詩篇55篇1節~23節(旧約聖書P.794)
讃美歌 430
奨 励 「荷を主にゆだねる」
讃美歌 432
頌 栄 24
主の祈り
天にまします我らの父よ、ねがわくはみ名をあがめさせたまえ。み国を来たらせたまえ。みこころの天になるごとく地にもなさせたまえ。我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ。我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ。国とちからと栄えとは限りなくなんじのものなればなり。 アーメン (1880年訳)
使徒信条
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に座したまへり、かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体のよみがへり、永遠の生命を信ず。アーメン
聖書 詩篇55篇1節~23節(口語訳)
聖歌隊の指揮者によって琴のしらべをもってうたわせたダビデのマスキールの歌
神よ、わたしの祈に耳を傾けてください。わたしの願いを避けて身を隠さないでください。
わたしにみこころをとめ、わたしに答えてください。
わたしは悩みによって弱りはて、
敵の声と、悪しき者のしえたげとによって
気が狂いそうです。彼らはわたしに悩みを臨ませ、
怒ってわたしを苦しめるからです。
わたしの心はわがうちにもだえ苦しみ、
死の恐れがわたしの上に落ちました。
恐れとおののきがわたしに臨み、
はなはだしい恐れがわたしをおおいました。
わたしは言います、
「どうか、はとのように翼をもちたいものだ。
そうすればわたしは飛び去って安きを得るであろう。
わたしは遠くのがれ去って、野に宿ろう。 〔セラ
わたしは急ぎ避難して、はやてとあらしをのがれよう」と。
主よ、彼らのはかりごとを打ち破ってください。
彼らの舌を混乱させてください。
わたしは町のうちに暴力と争いとを見るからです。
彼らは昼も夜も町の城壁の上を歩きめぐり、
町のうちには害悪と悩みとがあります。
また滅ぼす事が町のうちにあり、
しえたげと欺きとはその市場を
離れることがありません。
わたしをののしる者は敵ではありません。
もしそうであるならば忍ぶことができます。
わたしにむかって高ぶる者はあだではありません。
もしそうであるならば 身を隠して
彼を避けることができます。
しかしそれはあなたです、わたしと同じ者、
わたしの同僚、わたしの親しい友です。
われらはたがいに楽しく語らい、
つれだって神の宮に上りました。
どうぞ、死を彼らに臨ませ、
生きたままで陰府に下らせ、
恐れをもって彼らを墓に去らせてください。
しかしわたしが神に呼ばわれば、
主はわたしを救われます。
夕べに、あしたに、真昼にわたしが嘆きうめけば、
主はわたしの声を聞かれます。
たといわたしを攻める者が多くとも、
主はわたしがたたかう戦いから
わたしを安らかに救い出されます。
昔からみくらに座しておられる神は
聞いて彼らを悩まされるでしょう。 〔セラ
彼らはおきてを守らず、神を恐れないからです。
わたしの友はその親しき者に手を伸ばして、
その契約を破った。
その口は牛酪よりもなめらかだが、
その心には戦いがある。
その言葉は油よりもやわらかだが、
それは抜いたつるぎである。
あなたの荷を主にゆだねよ。
主はあなたをささえられる。
主は正しい人の動かされるのを決してゆるされない。
しかし主よ、あなたは彼らを
滅びの穴に投げ入れられます。
血を流す者と欺く者とは
おのが日の半ばも生きながらえることはできません。
しかしわたしはあなたに寄り頼みます。
奨励〔要約〕
詩篇が生まれた背景は、ダビデの心情や信仰を感じ取るために助けとなります。この詩篇は、ダビデに厳しい現実があり、心も弱り果てている様があります(1~5節)。しかも、国には、国民の一致も平和もなく、町の中には暴力、争い、害悪、悩みなどがあふれる状態でした(9~11節)。ダビデは、神様に選ばれ、喜ばれた人ですが、その生涯は逃亡、戦い、苦難、悩みの連続でした。この時は、ダビデと親しく信頼できる友の裏切りがあり(13~14節)、おきてや契約が破られ、ダビデの心を切り裂く言葉もありました(19~21節)。このような状況は、息子・アブサロム反逆の時期だと思います。アブサロムは外見の美しさとは異なり、妹を強姦した異母兄アムノンを殺し、王位を奪うために策略を立てる人でした。さらに、ダビデの議官アヒトペルが、アブサロム側についたのです。彼らは神様を恐れずに、次々と自らの欲望を優先させ、ダビデはエルサレムから追い出されました(Ⅱサムエル15~18章)。ダビデにとって、我が子の謀反、信頼していた友の裏切りは、立ち上がる力を失うほどに、重大きなものだったのです。厳しい現実を前にして、ダビデは思い煩い、悩み、苦しみ、重荷で身動きもできない状態となっていました。ダビデでさえ、神様の約束と導きを忘れるほど、苦悩し、嘆きつつ、何もかも捨てて逃げ出したい(6~8節)、災いの元凶にある者の滅びを願っています(15節)。私たちも信頼する人に裏切らたら、親しい人から悪口を浴びされたら、悪い感情が湧き出し、神様に信頼して祈りぬくことよりも、ダビデと同じような思いになってしまうのではないでしょうか。ダビデは八方塞がりの状態でしたが、信仰の目を天に向けて、救いを求めて祈りへと導かれました(16~18節)。神様は「何事も思い煩ってはならない。ただ事ごとに感謝をもって祈りと願いをささげ、あなたがた求めるところを神に申し上げるがよい」(ピリピ4:6)と求めておられるのです。ダビデは、身動きできない思い煩いも「あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる」と神様の教えを伝えたのです。「ゆだねる」には、ねらって投げるの意味があります。主に向く時に、実現するのです(マタイ11:28~30、Ⅰペテロ5:7)。
御言葉
あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる。主は正しい人の動かされるのを決してゆるされない。(詩篇55篇22節)
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主の祈り、使徒信条、聖書、奨励は、ページの下にございます。スクロールしてお読みください。
黙 祷
讃美歌 208
主の祈り
讃美歌 361
聖 書 詩篇55篇1節~23節(旧約聖書P.794)
讃美歌 430
奨 励 「荷を主にゆだねる」
讃美歌 432
頌 栄 24
主の祈り
天にまします我らの父よ、ねがわくはみ名をあがめさせたまえ。み国を来たらせたまえ。みこころの天になるごとく地にもなさせたまえ。我らの日用の糧を、今日も与えたまえ。我らに罪をおかす者を 我らがゆるすごとく、我らの罪をもゆるしたまえ。我らをこころみにあわせず、悪より救い出したまえ。国とちからと栄えとは限りなくなんじのものなればなり。 アーメン (1880年訳)
使徒信条
我は天地の造り主、全能の父なる神を信ず。我はその独り子、我らの主、イエス・キリストを信ず。主は聖霊によりてやどり、処女マリヤより生まれ、ポンテオ・ピラトのもとに苦しみを受け、十字架につけられ、死にて葬られ、陰府にくだり、三日目に死人のうちよりよみがへり、天に昇り、全能の父なる神の右に座したまへり、かしこより来たりて、生ける者と死ねる者とを審きたまはん。我は聖霊を信ず、聖なる公同の教会、聖徒の交はり、罪の赦し、身体のよみがへり、永遠の生命を信ず。アーメン
聖書 詩篇55篇1節~23節(口語訳)
聖歌隊の指揮者によって琴のしらべをもってうたわせたダビデのマスキールの歌
神よ、わたしの祈に耳を傾けてください。わたしの願いを避けて身を隠さないでください。
わたしにみこころをとめ、わたしに答えてください。
わたしは悩みによって弱りはて、
敵の声と、悪しき者のしえたげとによって
気が狂いそうです。彼らはわたしに悩みを臨ませ、
怒ってわたしを苦しめるからです。
わたしの心はわがうちにもだえ苦しみ、
死の恐れがわたしの上に落ちました。
恐れとおののきがわたしに臨み、
はなはだしい恐れがわたしをおおいました。
わたしは言います、
「どうか、はとのように翼をもちたいものだ。
そうすればわたしは飛び去って安きを得るであろう。
わたしは遠くのがれ去って、野に宿ろう。 〔セラ
わたしは急ぎ避難して、はやてとあらしをのがれよう」と。
主よ、彼らのはかりごとを打ち破ってください。
彼らの舌を混乱させてください。
わたしは町のうちに暴力と争いとを見るからです。
彼らは昼も夜も町の城壁の上を歩きめぐり、
町のうちには害悪と悩みとがあります。
また滅ぼす事が町のうちにあり、
しえたげと欺きとはその市場を
離れることがありません。
わたしをののしる者は敵ではありません。
もしそうであるならば忍ぶことができます。
わたしにむかって高ぶる者はあだではありません。
もしそうであるならば 身を隠して
彼を避けることができます。
しかしそれはあなたです、わたしと同じ者、
わたしの同僚、わたしの親しい友です。
われらはたがいに楽しく語らい、
つれだって神の宮に上りました。
どうぞ、死を彼らに臨ませ、
生きたままで陰府に下らせ、
恐れをもって彼らを墓に去らせてください。
しかしわたしが神に呼ばわれば、
主はわたしを救われます。
夕べに、あしたに、真昼にわたしが嘆きうめけば、
主はわたしの声を聞かれます。
たといわたしを攻める者が多くとも、
主はわたしがたたかう戦いから
わたしを安らかに救い出されます。
昔からみくらに座しておられる神は
聞いて彼らを悩まされるでしょう。 〔セラ
彼らはおきてを守らず、神を恐れないからです。
わたしの友はその親しき者に手を伸ばして、
その契約を破った。
その口は牛酪よりもなめらかだが、
その心には戦いがある。
その言葉は油よりもやわらかだが、
それは抜いたつるぎである。
あなたの荷を主にゆだねよ。
主はあなたをささえられる。
主は正しい人の動かされるのを決してゆるされない。
しかし主よ、あなたは彼らを
滅びの穴に投げ入れられます。
血を流す者と欺く者とは
おのが日の半ばも生きながらえることはできません。
しかしわたしはあなたに寄り頼みます。
奨励〔要約〕
詩篇が生まれた背景は、ダビデの心情や信仰を感じ取るために助けとなります。この詩篇は、ダビデに厳しい現実があり、心も弱り果てている様があります(1~5節)。しかも、国には、国民の一致も平和もなく、町の中には暴力、争い、害悪、悩みなどがあふれる状態でした(9~11節)。ダビデは、神様に選ばれ、喜ばれた人ですが、その生涯は逃亡、戦い、苦難、悩みの連続でした。この時は、ダビデと親しく信頼できる友の裏切りがあり(13~14節)、おきてや契約が破られ、ダビデの心を切り裂く言葉もありました(19~21節)。このような状況は、息子・アブサロム反逆の時期だと思います。アブサロムは外見の美しさとは異なり、妹を強姦した異母兄アムノンを殺し、王位を奪うために策略を立てる人でした。さらに、ダビデの議官アヒトペルが、アブサロム側についたのです。彼らは神様を恐れずに、次々と自らの欲望を優先させ、ダビデはエルサレムから追い出されました(Ⅱサムエル15~18章)。ダビデにとって、我が子の謀反、信頼していた友の裏切りは、立ち上がる力を失うほどに、重大きなものだったのです。厳しい現実を前にして、ダビデは思い煩い、悩み、苦しみ、重荷で身動きもできない状態となっていました。ダビデでさえ、神様の約束と導きを忘れるほど、苦悩し、嘆きつつ、何もかも捨てて逃げ出したい(6~8節)、災いの元凶にある者の滅びを願っています(15節)。私たちも信頼する人に裏切らたら、親しい人から悪口を浴びされたら、悪い感情が湧き出し、神様に信頼して祈りぬくことよりも、ダビデと同じような思いになってしまうのではないでしょうか。ダビデは八方塞がりの状態でしたが、信仰の目を天に向けて、救いを求めて祈りへと導かれました(16~18節)。神様は「何事も思い煩ってはならない。ただ事ごとに感謝をもって祈りと願いをささげ、あなたがた求めるところを神に申し上げるがよい」(ピリピ4:6)と求めておられるのです。ダビデは、身動きできない思い煩いも「あなたの荷を主にゆだねよ。主はあなたをささえられる」と神様の教えを伝えたのです。「ゆだねる」には、ねらって投げるの意味があります。主に向く時に、実現するのです(マタイ11:28~30、Ⅰペテロ5:7)。
讃美歌のメロディーは、google、Yahooなどで〔讃美歌21 ○○○〕(○○○は讃美歌番号)を入力すると、You Tube などで聞くことができます。