-再戦の決戦……-
(前編)




  落雷。
 そこは常に夜。
 そこは山の頂。
 そこは頂の館。
 そこは館の中。
 そこは長の場。
  落雷。

「……それで、戦いを中断して負けを認めたの?」
 そこに居座る人物の言葉と共に、またも落雷。背後にある窓の外から雷の光が一瞬だけ指し込み、この暗闇の中、その人物の顔を映し出した。
「はい……申し訳ありません」
 答えた者は、素直に事実を述べる。
「そう……。あの子は?」
 ゴロロ、と落雷の余韻か何かが耳に纏わりつく。同時に聞こえてきた問いかけに、答えようとしてどう答えたものかに悩む。
「えっと、その、なんというか、にゃぉ〜んって感じで……」
「?」
 答えた者の言葉を理解できずに、その者は首を傾げた。
「まぁ、いいわ。次は私も行く」
「……はい」
 また落雷。今度の光は、その者だけでなく、その者の前に佇む、クールをも闇から照らし出していた。


「あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……死ぬかと思った!」
 このルビスフィア世界に戻ってきての第一声である。
「危うく殺される所じゃったが、まさかロベル殿と闘うことになるとは思わんかったわい」
 エンの言葉に、ファイマが便乗する。
「でもよぉ、向こうで使えた魔法とか特技、こっちじゃ使えねぇみたいだぞ」
「装備もなくなっています」
 ミレドとエードが不満でもあるかのように、己の武器を振り回したり、調べたりしている。
「楽しかった、ですね」
「楽しかったか……?」
 最後のルイナの感想にエンは疑問を抱いたが、滅多にできない経験としては楽しかったと言えるかもしれない。だがそれでも、向こうの世界でロベルたち英雄四戦士との闘いや死魔将軍、ダルフィリクとの闘い、セアルディルドとの再戦は、楽しいものではなかった。
「こっちの世界では、あまり時間は経っておらぬようじゃな」
 ファイマの言葉で、エンは焚火を見た。確かに、消えかけている炎は最後に見た光景と酷似している。
「今日はもう眠ろうぜ。疲れちまったよ」
 横になったとたんに、エンは規則正しい寝息を始めた。どうやら、本当に疲れているらしい。確かに最終決戦は疲れないということはなかった。創造召喚憑依されたダルフィリク、召喚憑依された死魔将軍、世界精霊セアルディルド、その後には世界の勇者ロベルとも死力を尽くして闘ったのだ。肉体は違っても、心は同一だった。精神面でかなり疲労している。そのこともあってか、エン以外の全員も、深い眠りについていった。


 ――翌日。
「オイ全員起きろ! 道具(アイテム)が全部なくなってやがる!!」
 ミレドの言葉に叩き起こされたエンは、その言葉を理解するまで数秒を要した。
「道具がないのか、そーかそーか…………って、道具(アイテム)がないぃ?!?!」
 事の重大さをやっと理解したエンは、慌てて道具袋を見た。なくなっている。食材も、調理器具も、レシピのメモまでもがなくなっている。
「わ、私の剣が……」
 唯一の魔物殺(モンスターバスター)であるエードは、どうやら自慢の白金剣(プラチナソード)を失ってしまったらしい。鎧はなくなっていないようで、相変わらず光沢を放っている。
「調合薬が、全てなくなって、います」
 ルイナの道具も全てなくなっているらしい。あのルイナでさえ、道具がなくなっているという事実に、重大さは深まって行く一方である。
「ワシの、コレクションがぁぁぁ……」
 収集家としての心を師匠から受け継いでいるファイマは、滅多に見られぬ不思議な悔しがり方をしている。ここまで錯乱(?)しているファイマは珍しい、というか普段から想像できない姿をさらしていた。

「――フフ、フフフ、アーハッハッハッハハハ!!」
 明らかに女性の声での高笑いが、崖の上から聞こえた。ちなみに昨日まで森の中にいたのに崖が近くにあるのか疑問に思ったが、それは全員共通の疑問である。いきなり崖が現れていたのだから。
 そして女性の声ではあるが、ルイナではない。始めて聞く、聞き覚えのない声の人物。
「何奴!?」
 ファイマが武器を召喚して身構える。もしかしたらアイテムを奪った犯人かもしれない。というよりも、この場この状況での相場は、それしかないだろう。しかも『おなごに手をだすことはできぬ』と言っていたファイマが、女性の声に対して躊躇いなく武器を構えたことから、コレクター魂が騎士道精神を凌駕したらしい。恐るべし。
「何奴? 私を知らない? それもそうでしょうね」
 崖の上に立つその者は、眼鏡という視力向上の道具を身につけていた。そして、紺色の外套。
「だけど、この二人なら見たこともあるし、知ってもいるはずよね」
 その言葉と共に、その者の後ろから二つの影が崖から飛び降りる。『炎水龍具』ことエンたちの目の前に降り立ったのは、二人の黒髪女性。一人は黒いマントを風もなくバサバサとなびかせている小さな女。もう一人は隣の女よりも長身の女。
 二人の姿を見て、エンは嫌な思い出を思い出した。
「お前等は……」
「ジャックと、クール……『ジャッカンクー』!?」
 エンが言いかけたのを、ミレドが続けた。以前、サザンビークに立ち寄った時、エンから食材を盗み出したり、冒険の依頼をしてきたと思ったら実は炎水龍具を倒して北大陸最強の名を手に入れるための芝居だったとか、強かったが取引で負けを認めたとかの、あのジャッカンクーの二人組である。
「以前はよくも変な薬を渡してくれましたね! おかげでジャックは生死を3時間と5秒と+アルファくらい彷徨いましたよ!!」
「なんだよ、+アルファって……」
「この前の料理はおいしかったです。また作ってくださいね」
 ジャックに対するエンの言葉は無視して、クールが礼を言う。
「クール、お礼言っている場合じゃないよ!」
「あ、そうだったね」
 見たところ、ジャックがかなり必死になっている。どうやら、ルイナが渡した『背のビールA』という調合薬は失敗作か何かで、彼女にトラウマでも残したのだろう。
「待って下さい。あの崖の上の方は……?」
 エードの疑問に、周囲の空気が一瞬だけパタリと止まる。
「…………」
「…………」
 沈黙。
「……そしてあの方こそ!」
「我がボス!」
「繋げ方おかしいって!!」
 ジャックとクールが交互に言った言葉に、エンがツッコミをいれる。エンの言う通り明らかにおかしい。どうやら、必死のあまりに紹介を忘れていたらしい。
「ようやく出番のようね。……とう!」
 崖の上に立っていた人物が、崖から飛び降りる。紺色の外套をはためかせ、優雅に着地。
「私こそ、『北大陸最強の炎水龍具を倒して私たちが北大陸最強になりませう委員会会長』の通称・会長!」
「(長い!)」
「(長いのぉ)」
「(長いな)」
「(長ぇっ)」
「(長い……)」
 思考の順番はエン、ファイマ、エード、ミレド、ルイナである。
 彼等が長いと思ったのは当然、名前だ。
「てことは、ジャックとクールの『ジャッカンクー』は、そのぉ……なんだ、『大陸最強なんたら』ってやつの、刺客みたいなもんだったのか?」
「『北大陸最強の炎水龍具を倒して私たちが北大陸最強になりませう委員会』です」
 その台詞に慣れているのか、クールが淀みなく言い切る。
「そういうことね。さて、名前からしてわかるでしょう。私達の目的!」
 会長が高らかに宣言する。
「オレ達を倒して、北大陸最強の冒険者となる……」
「正解!」
 三人の誰ともつかない言葉とともに、ジャックとクールが武器を召還。以前と同じく、ジャックが天罰の杖、クールがドラゴンクロウである。
「またこれかよっ!」
 舌打ちながらも、防衛のためにエンも火龍の斧を召還。炎を模した、両刃の斧が具現化する。攻撃するか否かはともかく、武器や防具がなければ防衛することもできない。他のメンバーも、各々の武器を召還する。
「エードとルイナは援護! オレとファイマが前線に立つ。ミレドは応じていろいろやってくれ!」
「応っ!」
 エンの指示通りに動き、相手に備える。
 エードは剣がないので、援護に回るしかないのだ。咄嗟に下した判断で、正しいことではあるのだが、ふと思い出す。
「そういや、オレ達の道具がなくなっているのは……」
 身構えたままエンが問うと、会長が一歩踏み出して笑いながらに言う。
「それなら奪わせてもらったわ。以前みたいに、道具と引き換えに戦意喪失、なんてことになったら困るもの」
 以前、ジャックとクールに闘いを挑まれた時、エンの特製料理とルイナの調合薬を提供する代わりにエンたちの勝利ということになった。同じへまは踏まないということだろう。なかなかと抜け目が無い。
「この際じゃ! 相手が女子供であろうとワシは叩き斬るぞぉぁ!!」
 ファイマが普段は見れぬような憤怒の恐ろしい形相で叫ぶ。どうやら、コレクター魂が彼の精神を支配しているようだ。容赦無く、秘められた『力』とやらを解放しそうな勢いである。
「ファイマを前線に出したの、失敗だったんじゃねぇか?」
 ミレドがエンに聞くが、どう答えたものか、最良の配置だと思っていたのにも関わらず、ファイマの異常な異状態が思わぬ結果をもたらしたらしい。
「ん〜……やる気が出て、良いんじゃないか?」
「ありゃやる気っつーか殺る気だぜ、ったく……」
 否定できないようなことをいわれて、さすがにエンも言葉がつまる。
「さぁ、そろそろ始めましょう。決戦を!」
 いつまでも戦闘が開始されないことに苛立ったか、会長が高らかに宣言する。
 最強を決めるための、決戦開始の合図を……。


「バイキルト=v
 ジャックが高らかに筋力増強呪文を唱えると同時に、クールが前線に飛び出す。装備や以前の戦闘パターンから予測できていたことで、それにはファイマが応じた。
「火炎斬り+隼斬り=」
 ファイマの剣に、炎が宿る。
「双炎剣!」
 一瞬でニ連続の火炎斬り。しかし聞こえてきたのは高い金属音二つ。
「甘いですよ」
 クールのドラゴンクロウによって、ファイマの剣は防がれていた。
「こやつ……!?」
「ファイマ、下がれ!」
「!」
 エンの声を聞いて、ファイマは一度その場から離れる。ちょうど彼のいた場所に、旋風が巻き起こった。ジャックがバギマの呪文を唱えたのだ。しかしそのバギマは、バギクロス並に強大な威力を持っていた。
「大丈夫か?」
 エンの声がなければ直撃していただろう。ファイマは一息ついて、構えを正す。
「うむ。だが、あやつ……以前は冒険職を『魚』と言っておったが、間違い無く剣闘を極めし者(バトルマスター)じゃ」
「バトルマスター? 上級職じゃねぇか」
 戦士と武闘家の職を極めし存在。その者に新たに開かれる、戦いに身を投じる闘士。ありとあらゆる武器を使いこなす戦闘のスペシャリスト。
「ワシの双炎剣を防いだ技、戦士にしか扱えぬ『隼斬り』じゃったよ。そして、武闘家としての『爪』の武器。これだけ条件が揃えば……」
「なるほど。迂闊には手が出せないってことか」
 火龍の斧を構えたまま、エンはクールを睨み据える。確かに隙がないような身のこなしをしているようだ。真正面から攻めるには難しいものがあるだろう。
「けどよ、こっちには『龍具』があるんだ。負けるわけねぇ!」
 自らが迂闊には手を出せないと言い出したのだが、エンはそのままクールに立ち向かう。ファイマも同じく向おうとしたが、踏みとどまり、魔法を使う事にして、詠唱を始めた。
「今度はオレが相手だ! 行くぜ、『瞬速』の――!」
 火龍の斧の力を解放。隼斬りを上回る早さで、一瞬に数十も斬りつける『瞬速』。
「フレアード・スラッシュ!」
 それは刹那の瞬間。エンは連続でクールを斬りつけた、はずだった。
「!?」
 しかし手応えは無く、驚く間にジャックからの攻撃魔法のメラミが飛んでくる。
 それを慌ててかわそうとしたが、そうする必要はなかった。ルイナがヒャダルコで相殺したのだ。
「ケン! 貴様何をやっている!!」
「オレはエンだ!」
 戦闘中にも関わらず名前を間違えるエードに怒鳴り返しながら、少しでも間合いを取ろうと後ろにさがった。
「マヌーサ、かけられたのに気付かなかったのか」
 状況を判断するために待機状態にあるミレドの言葉に、エンはハッとする。どうやら、いつのまにか幻影呪文をかけられ、命中率が下がっていたようだ。
「ジャックの方は魔法使いの職のようじゃが、随分と高位の魔法使いのようじゃな。しかしこれは防ぎきれるか――?」
 詠唱が完了し、その魔法力が具現化したファイマの手に、周囲の大気が凝縮する。強制的に凝縮された大気は元に戻ろうとし、その際に巨大な爆発を巻き起こす。
「イオナズン=I」
 ファイマ得意のイオ系呪文、その最大の魔法を放ったのだ。
「クールが甘いと言ったけど、本当に甘いわね」
 その爆発の轟音の中で、凛と響くはあの会長の声。
「! しまっ――!」
 轟音。三人に向けて放ったはずのイオナズンが、炎水龍具を中心に巻き起こる。
魔法反射鏡(マホカンタ)。高位の魔法使いと解っていながら、予測できなかったんですか? 甘いですね。ストロベリーチョコレート133個くらい甘いですよ!」
 ジャックたちの目の前に、薄い光の壁が存在していた。マホカンタでファイマのイオナズンを弾き返したのだ。
 爆発の土煙が収まり、そこには全員が立っていた。
「そうよねぇ。いくらイオ系列最大の魔法とはいえ、イオナズン一発でサヨナラじゃ、北大陸最強の名が泣くわ」
 会長が、意味ありげに笑う。その笑いの意味も、存在も知らないが、返されたイオナズンがエンたちには痛手であったことに変わり無い。急いでルイナとエードが回復に専念するが、その間にもジャックとクールの攻撃は続いた。
 それを何とか防ぎ、あるいはかわす。何とかせねばならないが、何ともできない。それどころか、じわじわと追い詰められているようにさえ思えてきてしまう。
「ミレド! お前も前線で……」
「無茶言うんじゃねぇ。あの会長ってやつ、まだ何もしてねぇんだぞ! あいつが動くまで、俺様は動けねぇぜ」
 エンの頼みをミレドは聞かず、会長に専念した。未だに動かない会長。ジャックは高位魔法使い。クールはバトルマスター。ならば、会長は? 得体の知れないものほど、恐ろしいものはない。
「そう? それじゃあ、お望み通りに動いてあげるわ」
 ミレドの声が聞こえたのか、会長はクスクスと笑いながら、どこからともなく短剣(ショートソード)を取り出す。
「(ショートソード? 俺様と同じく盗賊の類か?)」
 動きのあった会長に警戒するため、ミレドは彼女を見る眼を一層厳しくした。
 その会長は、短剣を高く掲げる。まるで何かにそれを捧げるかのように。
「――我が声に応じる全ての精霊よ その力、我が身となりて、我が思いになぞらえて形を成せ! 無限の邂逅を解き放ち、戒めの鎖を断ち切り、終焉の奇跡を起こさん! 猛威を振う焔の緋よ、全てを閉じ込める氷結の使徒よ、流るる時の河を支配せし水聖の雫よ、悠久の楔に抗う烈風の(スイ)よ、荘厳かつ壮麗たる大地の煌きよ、龍の名を冠する覇電の斧よ、今ここに交わりて、我が呼び掛けにて姿を現せ――」
 長い詠唱、詠唱の内容はあらゆる精霊に話し掛けているようにも聞こえる。
「(合成魔法? 違う、ありゃぁ……)」
 自問した結果の自答は否定だった。ミレドも多少は魔法が使える身。魔力の流れを感じることができる。合成魔法ならば、もっと大掛かりな魔力が感じられるはずだが、もっと違う何かを感じる。攻撃や援護、回復魔法とは違う質の魔力の流れ……。
「まさか……。やべぇ! オイ、あいつの詠唱をやめさせろ!!」
 今からの行動では間に合わない、そう思って、ミレドは他の仲間に危機を知らせたが、遅かった。エンとファイマはジャッカンクーの相手で精一杯だったし、ルイナとエードは、今しがた全員の回復を終えたばかりだ。
 そして、会長の詠唱が完成した。
「具現せよ我を守護せしもの――」
 一瞬にして、会長の足元に光の線が踊る。
 その線は複雑な紋様を描き、やがて巨大な魔方陣を作り上げていく。まだ魔法は完成していないようだ。恐らく、この魔方陣の完成こそ、魔法の完成。
「させるかぁぁ!!」
 まだ何も起きていないが、ミレドの狼狽に、エンもそれが危険であるものと感じ取った。
「ルイナ!」
 エンの意思を感じ取ったのだろう、ルイナが水龍の鞭を振う。狙いは、ジャックとクールの二人。途中で急に枝分かれした水の鞭は、二人を薙ぎ払うまではいかないものの、隙を作る事はできた。
「『刹炎』のぉぉ――!」
 その瞬間にエンの姿が消えた。それはまさに刹那の瞬間。エンは火龍の斧の力により、エンはその場から会長のもとまで瞬間移動でもしたかのような速度で詰め寄った。
「フレアード・スラッシュ!!」
 肉眼で確認できる範囲としては一振りだけであったが、その間に十数回を斬りつけたことがわかったのは技を打った本人と、その技を受けた会長のみ。
「どうだ!」
 突進様に打った一撃だったので、会長の後ろを走り抜けたままの状態だった。それでも何とか背後を振り返り、会長の魔方陣が崩れたことを確認しようとしたが――。
「甘い、と言っているでしょう」
 何の通用もなかったかのように、会長が微笑を浮かべている。
 それを見たファイマが、一つの魔法を思い出す。
「結界魔法……物理遮断壁(スカラルド)!?」
 魔法に極端に弱いが、物理攻撃のほとんどを防御する防御結界の魔法。ファイマはかつて、エードの鎧にその魔法を組み込んだことがあった。彼自身がその魔法を使えるというわけではなく、その魔法を発動できる素材を使っただけではあったが、その効力は把握している。属性攻撃であったとしても、エンが打った『刹炎』のF・Sは物理攻撃である。ベギラマやヒャダルコなどの中級魔法で破壊できる結界ではあるのだが、物理に対しては極端に強い。
 つまり、エンの攻撃は虚しくも失敗に終わったという事だ。
 その失敗を嘲笑うかのように、魔方陣が完成して光を帯び、その光がこれでもかというほど強まった瞬間、それは現れた――。



後編へ続く……

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