-再戦の決戦……-
(後編)




 前編のあらすじ。
 少し前、北大陸最強の冒険者チーム『炎水龍具』を倒して最強の名を欲した冒険者がいた。それは『ジャッカンクー』と名乗る女子二人組で、しかし炎水龍具に敗北。その二人は組織『北大陸最強の炎水龍具を倒して私たちが北大陸最強になりませう委員会』の刺客であり、今度は会長を連れて再戦を申し込むのだった。
 炎水龍具たちはその再戦に応じて、今一度ジャックとクールの強さを知ることになる。そして会長の実力。彼女の詠唱が始まった途端、ミレドは会長の冒険職の何かに気付く。詠唱をやめさせるように仲間に危機を伝え、エンが特攻を仕掛けるもののあえなく失敗。
 遂に、会長の魔方陣が完成してしまった――。


 光が、収まる。
「何が、起きたんだ」
 強い光を直視しないように眼を腕で庇っていたエンが、薄らと眼を明ける。
 その後は、呆然とするしかなかった。
 再戦を申し込んできたのは3人だったはずだ。ジャックと、クールと、会長。
 しかし今、会長の上空に、黒い羽を羽ばたかせ、『四人目』が存在していた。
「我が守護召喚魔人、悪魔ハギーミ=v
 会長が不敵の笑みを浮かべて、その四人目の名を語る。
 見た目が女性のそれに似ているせいか、禍禍しいというよりも妖艶な感じに近い。その存在感はかつて相対した魔王、ジャルートに匹敵するほどであった。
「なんだよ、あれ……」
「……結界召喚士(バリアサマナー)。『勇者』『大賢者』『剣神』に並ぶ、伝説の冒険職(レジェンドエクスプローラー)じゃ。まさか、その職の道を歩む者がおったとは……」
 ファイマはうっかり召喚の暇を与えてしまったことを後悔した。結界召喚士となると、その実力は師である武器仙人と同等に近いと考えて良いだろう。
「俺様も疑っちまった。すぐに気付いてりゃ、召喚は防げたんだけどな」
「これで、5対4です、ね……」
 数の上では有利だが、どうも有利には思えない。召喚士という職は厄介で、結界士もまた厄介だ。その厄介な職業が混ざり合い、更に高まっているのだ。厄介なことこの上ない。
「この戦い、厳しいですよ」
 自分も剣を持ちて戦いたいのは山々であったが、剣そのものが無いのであれば、後方からの魔法に専念するしかない。
「それでも、オレ達は勝つさ! 違う世界とはいえ、オレ達は英雄四戦士に勝ったんだ! こんな所で、負けられねぇ!!!」
 エンが火龍の斧を振り翳し、ハギーミに立ち向かう。
「私が相手です!」
 クールが立ち塞がり、ドラゴンクロウを繰り出す。
「! 我が声届きし焔の精霊! 紅蓮の塊となりて炎と成せぇ!」
 繰り出された爪を寸での所でかわし、同時に詠唱を終わらせる。斧を持っていない左手から炎が吹き荒れ、それが魔力の泡に封じ込まれたかのように球体になる。
「メラミ=I」
 これには予想できなかったのだろう、クールが両腕で身体を庇いながらメラミの火炎球を避けるたけ後ろに跳ぶ。その間にエンはハギーミの元へと再び走り始めた。
 しかし――。
「ジャック、クール! そろそろ行くわよ」
 会長が、片手を上げる。何かの合図だろう。何の合図かは解らないが……。
「ォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――――――!!!!=v
 エンがハギーミのもとへ辿りつく前に、それは聞こえてきた。
「なんだ、こりゃあ!? あ、頭が痛ぇぇぇ!!!」
 真っ先にミレドが耳を抑えながらその場に倒れる。
「怪音波か?!」
 ファイマの耳にも聞こえ始めて気付いた。ミレドは盗賊としての訓練を受けているので、この効果は絶大なのだろう。やがて、ファイマも、離れていたエードやルイナにも、怪音波の影響か、頭痛と吐き気、更に耳には言い知れない痛みが走り始める。
「ぐ、あ、ヵ、ぁぁぁあ!?」
 剣をその場に落し、両耳を塞いで膝をつく。敵を前にして無防備な姿を晒すことは剣士としての恥ではあるが、プライドよりも生存本能が勝ったようだ。今塞いでいる手を離せば、気絶所では済まないはずだ。
 気力を振り絞って頭を上げて眼を薄ら明ける。ジャックやクール、会長には何ら変哲もない。恐らく、召喚士としての力か結界士としての力だろう。この怪音波を、彼女等だけ遮断しているようだ。
「(エン!? エンは、どこじゃ)」
 ファイマの『力』を解放しようにも、今解放したら死の危険性がある。あれは万全な状態でなければ、解放しただけで身を滅ぼすほど危険なのだ。
 視界に映るは、ルイナとエード。違う、エンではない。しかしあの二人もこの怪音波に打ち負かされているようだ。
 視線を変え、映るはミレド。ルイナやエードよりも余ほど苦しそうである。
 また視界を巡らせ、映るはあの長い名前の組織三人組。悠然とした態度を取っているのが、悔しくもある。
 そして、その向こう。会長を通り越し、ハギーミに向おうとしてクールと戦い、何とか退けたものの間に合わなかったが、エンはそこに立っていた。
「(立って、おるじゃと?)」
 漆黒の瞳が見えるほど、ファイマの眼が大きく開けられる。そこには、この怪音波の中で立っているエンがいた。それも、何の通用もなかったかのように立っている。
「あれぇ? ファイマさんの様子が変ですよ」
 とジャックがおもしろそうに言う。
「何かに驚いているみたいですけどぉ……」
 とクールが不思議そうに言う。
「あら、何かしら?」
 と会長が期待を込めて言う。
 ファイマの視線の先へ、三人は振り返った。
「あら」
「まぁ」
「へぇ」
 誰がどの言葉を発したのか、エンは知らない。というよりも、喋ったという事実さえ知らないだろう。
「…………」
 自分は今、どのような呼吸をしているのだろうか。感覚で解るものの、何も聞こえない。
 だが、不思議そうに見つめる三人の目線が、何を問いただしているのかは理解できた。何故この怪音波の中、平然と立っているのかを。
「……『断聴』のフレアード・スラッシュ……」
 上手く発音できただろうか、などと考えながら、エンは言葉を発した。
 断聴。自らの聴覚を奪ったのだ。一時的とはいえ、何も聞こえない状態になる。本来は相手の、互いの指示を聞こえさせないための技ではあるのだが、危険を察知したエンはこの技を自分に向けて放ったのだ。
「なるほどねぇ。さすがは『龍具』使い。そして北大陸最強にまで上り詰めた人……」
「? 悪いが聞こえねぇんだ。お前等を、倒す!!」
 狙いはハギーミ。怪音波をどうにかすれば、仲間も復活するはずだ。
「4対1で、どうにかなると思って?!」
「行きますよぉ!」
「サヨナラ、エンさん。あなたの名前はジャックの心に、数秒だけ残しておきます!」
「ォォォォォォォォォォォォォォ――――――――――――――――――!!!!=v
 数の上では有利だったが、一気に不利に。だが、それだけで諦めるほどエンは軽い男ではなかった。
「行くぜ――」
「エンんんん!!!!」
 本気で四人に挑もうとしたエンだったが、聞こえないはずの耳であったが、何かを感じ取った。ふと見れば、ファイマがこちらを見ている。その眼は、何かを訴えているかのようだ。
「……? …………。! そうか!!」
 標的を変える。四人の間を通り越して、一気にファイマたちのもとへと走った。
「『断聴』の、フレアード・スラッシュ!!」
 ファイマとミレド、エードとルイナに、エンが自ら放った技を打ち込む。ダメージそのものは無く、聴覚を奪いとる技は功を成し、全員を怪音波から解放することができた。
「?」
 立ちあがれたのは、ファイマだけだった。あとの三人は耐え切れなかったのだろう、気絶している。これ以上、怪音波の影響を受けることはないであろうが、しばらく休ませないと危険である。つまり、戦闘不能……。
「…………」
「…………」
 エンとファイマの視線が合い、頷き合う。
 落してしまった剣をファイマは握りなおし、構えを取った。
「四対二になっちゃいましたよ」
 クールが何故かおもしろそうにいう。
「それじゃあ、そろそろ決着と行きましょう」
 会長が、不敵の笑みを浮かべながらにいう。そしてジャックが――
「そうですね。そして世界に1億人いるジャックファンに北大陸最強の名を知らしめましょう」
「あらジャック。またファンが増えたのね」
 まるで緊迫感のない会話ではあるが、それは内容だけで、隙はなかった。
 それでも、引くわけにはいかない。
「ぉぉおおお!!」
 火龍の斧を振り上げ、突進。まずは魔法で援護されては危険なジャックと会長を狙う。
 だが、会長には結界防御魔法のスカラルドがかけられていることは先程の攻撃で解っていたことだ。狙いは、ジャック。
「『瞬速』のフレアード・スラッシュ!」
 刹炎に劣るが、速さで勝負するならこれが一番扱いやすく、身体にかかる負担も少ない。瞬間的に連続斬りを行なう『瞬速』ではあったが、しかしその速度が急速に落ちた。
「これは?!」
 見れば、不意に魔方陣に入り込んでいたようだ。ハギーミを召喚した魔方陣とは別のものだ。この結界の力だろう、身体全体が鈍る。
「鈍足結界『ボミオルン』。その結界に入った敵の速度を奪う結界……」
 会長の言葉は聞こえない。だが、その効力は理解できた。
「チィッ!」
 すぐその魔方陣から離れようとするが、如何せん動きが遅い。その間にも、ジャックが魔法の詠唱を終わらせていた。
「バギクロス=I」
「『魔斬』のフレアード・スラッシュ!」
 魔法を斬り裂くF・Sはボミオルンの効果もあって放ち終わることができず、威力を半減させるだけの結果に終わった。強大な旋風に身が千切られそうになり、鮮血が舞いあがる。
「疾風突き=I」
 エンの『瞬速』や『刹炎』には劣るものの、クールが疾風の如く突きを繰り出す。それを防いだのは、ファイマの剣であった。
「ぐ、……かぁ!」
 一瞬の均衡状態。それを弾き飛ばし、すぐさま他の魔法や魔方陣に警戒する。
 そして、やはり、と確信した。
 疾風突きの技の特性として、その速さを得る代償に技の威力自体は激減するのだ。しかし、クールの疾風突きは攻撃力が下がるどころか、通常の何倍もの威力を秘めていた。いくらバイキルトの効果が持続されているとはいえ、攻撃力倍増結界の陣は見当たらない。となると、辿りつく答えは一つ。
「冒険者の紋章。それは一般人に戦うための力を与えてくれるもの。この紋章を右腕に刻み込むことで、ワシら人間は戦う力を得る。そして稀に冒険者の紋章が特殊能力を与えてくれると聞いたことがあるが、確かその一つに、あったのぉ……『下がらぬテンション』。常に通常の五倍ほどの能力を与えてくれる力……」
「フフ。正解よ、ジャックとクールはその特殊能力を持った冒険者の紋章(エムブレム)の持ち主。テンション能力が常に『スーパーハイテンション』であり、その効果は持続し続ける。まさに無敵。どう、思い知った? これが私達『北大陸最強の炎水龍具を倒して私たちが北大陸最強になりませう委員会』の力よ!」
 ファイマも音が聞こえていない状態にあるので会長の言葉は聞こえなかったが、口の動きや表情で何を言っているのかを少しだけ理解できた。どうやら、自分の憶測は正しいらしい。
「(ならば、ワシも同等の手段も使わせてもらう!)」
 ファイマが数歩下がり、何かをするつもりだと判断したエンが再び前に出る。
「……気合い溜め+気合い溜め+気合い溜め+気合い溜め+気合い溜め+気合い溜め+」
 剣を水平に構え、集中する。得意の我流連携技。
 気の渦が、ファイマを中心に渦巻く。
「……+気合い溜め=」
 その渦が収束し、爆発でもしたかのように吹き荒れた。
「『持続・超戦闘気分高揚(スーパーハイテンション)』!」
 噂でしか聞いたことがなかった、『下がらぬテンション』。それをもとに作り上げたこの技は、紋章が与えてくれるものを自発的に作用させる力を持っていた。
 『力』を使えるほどの余力はないが、これならば互角に闘えるはずだ。
「行くぞ!」
 先程までとは動きが違った。速さや力は先程の比ではない。
「やっとおもしろくなってきましたね。それくらいはやってくれなきゃ、10億人のジャックファンも悲しみますよ!」
 ジャックが天罰の杖を振り翳し、呪文を唱える。
「イオナズン=I」
 短い詠唱からは考えられない、イオ系統最強の魔法。
 しかし爆発の中心には誰もいなかった。
「あれ?」
「ジャック、上よ!」
 会長の呼びかけに、ジャックが上を向くと、そこには赤い髪の男が、エンがいた。だが、それだけ、あと一人は?
「きゃうっ!!」
 振り下ろされた斧をギリギリの所でかわした。クールが助けてくれるものと思っていたのだが、しかし手助けをしてくれなかった。見れば、ファイマの剣を防ぐのに精一杯のようである。
「ハギーミ!」
 会長が慌てて悪魔に呼び掛ける。
「ォォォォォォォォ―――――ン!!」
 怪音波が止んだ。『断聴』という手段がある限り、怪音波は無駄に近いと判断したのだ。
とはいえ『断聴』の効果がまだ続いているので、快音波が止んだことを知っているのは三人だけであった。
 怪音波を発することを止めたハギーミが今度は翼を連続で羽ばたかせる。そのから、真空の渦が発生した。
「お、見せなさいハギーミ。あなたの真空波≠!」
 唐突な真空の渦にエンが吹き飛ばされる。ファイマはクールと至近距離にいたため、無事であった。
「(まずは魔法でスカラルドを解除せねば、会長を封じることはできん。じゃが相手はマホカンタを使っておる……マホカンタの持続効果が切れるまでの持久戦となるか、それとも――)」
 クールを攻撃し、あるいは相手の攻撃を防ぎ躱し、再び攻撃に転じるということを繰り返していたファイマではあったが、己の考えが無謀であることを悟った。いくら同等の力を使っているとはいえ、こちらには限界がある。持久戦はもっとも厄介なことだ。特に魔法使いや結界士がいるとなると、不利な状況はますます不利になる。
「――――」
「え!?」
 クールが、ファイマとはあらぬ方向に頭を向ける。何が起きたのかは知らないが、好機であることにはかわりない。
「隙あり!」
 渾身の一撃を放とうとしたが、さすがにクールもすぐさまファイマに気付いてドラゴンクロウで防御する。しかし、無理な態勢から防御を取ったため、そのまま弾き飛ばされてしまった。
 ファイマはその後、背後を振り返った。クールが驚愕したものを。
 それは、金髪の騎士。それは、強大な魔力の奔流。
「グランド・クロス!!」
 いつの間にか正気を取り戻していたらしい。祈り込めた十字の強大な光が、轟音を立ててジャックと会長とハギーミに伸びた。
 マホカンタにも例外がある。精霊魔法でありながら特技に近いグランド・クロスは防ぐ事ができないのだ。
 グランド・クロスの爆発が、一瞬にして戦局を変えた。
 気がつけば、エンの使った『断聴』の効果は切れていた。
「ルイナ!」
 どこからともなく、エンの声が響き渡った。見れば、ルイナも立ちあがっている。
「凍てつく、波動=v
 援護魔法を消し去る波動がこの場を包む。これでスカラルドやバイキルトも消えたはずだ。凍てつく波動は魔法でないのでマホカンタも受付ないし、むしろマホカンタをも消してしまう。
「でも、これで終わるわけないでしょう。振りだしに戻っただけよ!」
 会長の言葉に、やや呆然としていたジャックとクールが再び戦う意志を取り戻す。
「いいや、これで終わりだ」
 ナイフが、会長の首に当てられる。
「いつの間に?!」
 ナイフは魔風銀ナイフ。それを持つは、ミレドである。
「いつの間にだぁ? 愚問だな。俺様はその『いつ』が解らねぇ闇の世界で生きてんだぜ」
 会長はこの三人の主格であることはわかっていた。こうして人質みたいにはなってしまったが、その効果はあったらしくジャックとクールが行動に戸惑う。
「フフ。でもね、ハギーミがいる限り、私たちには負けはないわ」
 凍てつく波動の効果でさえ、ハギーミを召喚した魔方陣は消えていなかった。召喚の効力も打ち消すはずの凍てつく波動でさえ消せないほどの力を持った悪魔。それを制御できている会長は、さすがといえるほどの実力を持っているのだろう。あの悪魔を倒す方法は、その召喚能力よりも、単純にもっと強い力をぶつけて消滅させればいい。
「……だったら、消してやるぜ。なぁ、エン!」
 そういえばエンの姿が先程から見えない。ルイナを呼んだときから、どこにもいないのだ。
「暗黒の闇よりいでし力在りし炎の精霊よ 我が魔力と汝の力を持ちて 破滅の道を開かん 我掲げるは炎の紋 我捧げるは焔の紋 我望むは破壊の紋 我守るは闇の紋――」
 声をたよりに探すと、いた。やや離れた場所で魔法の詠唱を唱えている。そして彼の周囲には四つの炎の塊があった。
「我放つは――」
 その四火球が一つに混ざり合う。
「あなたも巻き添えになるわよって…………あら?」
 ミレドがいない。そういえばファイマもこの場から離れていた。冷静にもう一度見てみると、この周囲、つまりあの魔法の影響範囲にはジャックとクールと会長とハギーミしか残っていなかった。
「あれ? どうなったんですか?」
「えっと、えぇっと〜〜?」
 ジャックとクールも、今頃に気付いたのかエン達がいないことに慌てている。
 その間に、ソレは放たれた。
「ビッグ・バン!!」
 轟音。爆発。破壊。
 ダークフレアこと魔王精霊ダルフィリクの力を借りる、最強の攻撃魔法。通常のビッグバンとは比較できないほどの威力を秘めた呪文。
 エンのビッグ・バンは、一帯を巻き込んでの大爆発と化した。


「やったか?」
 巻き添えをくらわないような位置で、エンは息をつきながら土煙がおさまるのを待った。
 やがて土煙も晴れて、ジャックやクールたちが最初にいた崖が見え始める。しかし、その崖が急に消えた。
「――アーハッハッハッハッハッハッハ!」
 あの三人の声が混ざり合ったかのような笑い声が響く。
「今日の所は負けを認めましょう! しかし、これで終わりではありませんよ! またいずれ、あなた達の前に現れ、真の決着をつけてみせます!!」
 言葉は聞こえずとも姿は見えず。
 戸惑っている間に、数秒、数分が流れ――。
「……逃げられた?」
 もう声も聞こえてこないし、気配もない。
「だが、ビッグ・バンの直撃を受けたのだろう? 無事であるはずがないだろう、ケン?」
「オレはエンだ……」
 名前を訂正させつつ、エンもそう思っていた。ビッグ・バンが直撃したとあらば、数分やそこらで逃げられるはずがない。ルーラやキメラの翼を使ったとしても、それなりの動作が見えるはずである。
「……いや、直前に消えちまいやがったぜ、あいつら」
 動体視力の良いミレドが、悔しそうに言う。彼の言葉を疑うわけではないが、もしそうなら彼女等はビッグ・バンを回避して姿を消したということになる。しかも、無傷の状態で、だ。
 相手が負けを認めたというのに、まるで勝った気がしない。勝負に勝って喧嘩に負ける、という言葉が似合うのかもしれない。それに、あの謎の委員会はこれからも『炎水龍具』のメンバーを追いかけまわすようなことを言っていた。
 決戦だったというのに、結局は決着がつかなかった……。


 これは余談である。
 あの最初の崖も、会長の召喚物であるということが予想された。どうりで見知らぬ崖が一晩で現れたものと思った。ついでにいうと、森の出口近辺にエンたちの道具も全て置いてあった。そして、どこかの街中でショッピングを楽しんでいる『あの三人組』を見かけた。それは、どうも闘いに身を投じるような人間ではなく、ただの女の子としか見れないような姿であったらしい。
 もしかしたらエンたちは、ただの幻を相手にしていたのかもしれなかった――。

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